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第六百九話 特異点(十三)

 時空を司る魔法。

 マモンは、愛理あいり特有の魔法をそう認識していた。

 空間魔法と総称される魔法は、数多とある。

 ある空間から別の空間へと一瞬で移動する魔法は、空間転移魔法などと呼ばれ、昔から重宝されていた。

 とはいえ、空間転移魔法は、極めて高度な魔法であり、並大抵の魔法士には使えない代物だった。しかも、魔法技量が高ければいいというだけではなく、なんらかの才能が必要であるとされた。

 いわゆる第三因子サード・ファクターが必要なのではないか、といわれるくらいには、空間魔法の使い手は希少であり、貴重だった。

 戦団においては転送士とも呼ばれる空間魔法の使い手だが、総勢二万人を数える導士の中に転送士の数は極めて少ないという。

 空間魔法の使い手というだけで厚遇される事実があるほどだ。

 それほどまでに希少な空間魔法の使い手だが、さらに稀有なのが時間に干渉する魔法の使い手である。

 時間魔法の使い手は、記録上、存在していないのだ。

 ただ一人、伊佐那美由理いざなみゆり星象現界せいしょうげんかい月黄泉つくよみだけは、時間に干渉することができるというのだが、その情報は戦団上層部および戦団魔法局が秘匿ひとくしている。

 戦団の中でもほんの一握りの導士だけが知っているという。

 マモンは、独自のネットワークによってその秘密を知っていたため、時間を司る魔法が存在する事実を認識していた。

 だから、愛理が起こした現象を時間魔法、いや、時空魔法と認識したのだ。

 マモンは、アーヴァンクの目を通して、全てを見ていた。アーヴァンクの砲撃によって死んだはずの人間たちが、なぜか、生きていた。生き返ったとか復活しただとか、そのようなことではなかった。

 アーヴァンクの砲撃すらまだ発射されていない状態に戻ったのだ。

 時間を回帰させたとしか考えようがなかった。

 時が戻り、再びアーヴァンクが砲撃を行うと、今度はどこからともなく出現した巨大な物体が射線を塞ぎ、アーヴァンクそのものに致命傷が叩き込まれた。

 それは、皆代幸多みなしろこうたが救援に駆けつけたからだ。

 そして、皆代幸多だからこそ間に合ったのだろう、と、マモンは考える。

 皆代幸多は、伊佐那美由理の星象現界・月黄泉による時間静止の影響を受けない唯一無二の存在だからだ。

 故に、砂部愛理の時間転移の影響すら受けなかったのではないか。

 だから、間に合った。

 でなければ、永遠に同じ時間が繰り返されていたはずだ。

(いや……)

 マモンは、席を立ち、周囲を見回す。

 避難者たちは、地上の混乱が早く収まらないものか、避難警報が鳴り止まないものかと、口々に言い合い、そうすることで慰め合っている。

(無限に繰り返されることはない)

 マモンの脳裏のうりにアーヴァンクが絶命する瞬間が浮かんで、消えた。

 皆代幸多ならば、いつか必ずあの場に辿り着き、砂部愛理たちを救って見せたのではないか。

 彼は、特異点だ。

 時間魔法の影響を受けない、唯一無二の存在。

 マモンですら、時空転移に飲まれ、ここにいる。

 そんなマモンがなぜ、時空転移を認識できたのかといえば、やはり、悪魔だからに違いない。

 サタンによって生まれ変わった鬼級幻魔。

 故に、半端者はんぱもの

 どくん、と、心音が聞こえた気がした。それが自分のものなのか、それとも、地上から響いてきたものなのか、もはやわからない。

 記憶が混線している。

 おそらく、時空転移が起こったのは、一度や二度ではない。

 もっと多くの回数の時間転移が起こっていて、だからこそ、マモンの頭の中は混乱し続けているのだ。

「どうしたの?」

 愛理が、マモンの様子を不思議がったのも無理はなかった。

 マモンが、殺意を込めて、その背中から触手を伸ばしたのはそのときだった。



「駄目だ――」

 幸多は、何度、叫んだだろう。

 何度、声を張り上げただろう。

 何度も、何度も、それこそ、喉が張り裂けるほどに叫び、血反吐ちへどを吐きながらも声を出し続けた。

「駄目なんだ――!」

 けれども、どれだけ懸命《kねんめい》に叫んでも、起きてしまった出来事を変えることはできない。

 天燎鏡磨てんりょうきょうまは、雷光を掴み取って復活し、星象現界せいしょうげんかいを発動してしまった。

 天満大自在天神てんまんだいじざいてんじんの禍々《まがまが》しくも圧倒的な力は、相変わらずの破壊力を見せつけ、二人の杖長じょうちょう南雲火水なぐもひすい矢井田風土やいだかざとを殺してしまった。

 二人だけではない。

 鏡磨の高笑いが響き渡る中、導士たちが次々と殺されていく。

 それを止められない。

 止めようがない。

 幸多には、どうすることもできない。

 身をもって知っているのだ。

 いまこの状態の天燎鏡磨には、す術もないという事実を思い知ってしまった。

 体が動いても、立ち向かおうとしても、無駄だとわかってしまう。

 鏡磨の攻撃手段、戦闘方法はわかっているというのに、避けられるというのに、幸多には、どうしようもない。

 鏡磨の攻撃が幸多への致命傷にならないのと同じように、幸多の攻撃もまた、鏡磨への決定打にならない。

「先程から叫んでばかりだが……随分と諦めが早いんじゃないか? 皆代幸多」

「こんなことをしていたって、なんにもならないんだ」

「……かなわない相手に説教か? それとも、説得かね」

「そんなことが通じる相手じゃないことくらい知っている!」

「ならば、諦めたまえよ」

 鏡磨が、呆れ果てたように左腕をかざす。鳴雷なるいかずちに似た雷撃がはしり、幸多は、飛び退いてかわした。雷光の帯が鞭のようにしなりながら追いかけてくるが、これには斬魔ざんまでもって対応する。

 切っ先で受け止め、弾く。

 そのままさらに跳躍して、鏡磨との距離を埋めようとすれば、相手は右手を掲げてきた。土雷つちいかずち。巨大な雷球が眼前に膨れ上がったが、これも飛んで回避して見せた。

 雷撃が嵐のように降り注ぎ、破壊が遊園地全体を包み込んでいく。

 なにもかもが徹底的に打ち壊されていく光景もまた、一度視たものだ。

(一度? 本当に?)

 幸多は、自分の記憶に自信が持てなくなっていた。記憶が混線している。いくつもの情景が入り乱れていて、なにが正しくて、なにが妄想なのかわからない。

 この既視感に満ちた戦いは、本当に体験した出来事なのか。

 脳が誤認しているだけではないのか。

 時間が巻き戻されることなど、ありえるのか。

 時間に干渉する魔法は、確かに存在する。

 幸多の師、伊佐那美由理の星象現界がそれだ。

 星象現界・月黄泉は、時間を静止するという、神の権能けんのうにも等しい魔法だ。故に消耗も激しく、一度使うとしばらく魔法を使うこともままならなくなるらしいのだが、そんな欠点が欠点とは思えないくらいに圧倒的なのはいうまでもない。

 時間に干渉する魔法は、魔法史が始まって以来、その存在が確認されていなかった。

 美由理が星象現界を発現するそのときまで。

 故に、魔法学においては、時間に干渉することはできないと定義されていたのだし、魔法が万能たりえない論拠の一つとされていた。

 だが、美由理が星象現界とはいえ、時間に干渉して見せたのだ。そうである以上、月黄泉と同様に、時間になんらかの影響を及ぼす魔法が存在したとしてもおかしくはない。

 時間が巻き戻されたのだとしても、なんら不思議ではない。

 この世は、魔法に満ちている。

 魔法は万能に近く、全能に等しい。

 時間さえも支配し、運命さえも変転させてしまいかねない。

 だが、同じことを繰り返すだけならば、時間転移になんの意味があるというのか。

 どれだけ繰り返されても、天燎鏡磨が復活し、星象現界で暴れ回るのであれば、なんの意味もない。

 杖長たちが死に、導士たちが死に、幸多も瀕死の重傷を負う。

 そのことの繰り返しに、一体、なんの意味があるというのか。

 やがて、マモンが地上に現れたのもまた、何度目なのだろう。

 幸多は、混乱し続ける頭の中で、愛理を抱えた悪魔が、天燎鏡磨を一蹴する様を見ていた。

 鏡磨は、マモンに一矢報いようとしたが、結局、為す術もなく殺されてしまう。

 その光景すらも既視感だらけだった。

「やあ、皆代幸多。これで何度目かな?」

「何度目……」

「きみは、認識しているんだろう? 永遠に繰り返される〈時のおり〉に閉じ込められていることをさ」

 さも当然のようにマモンはいい、抱き抱えた少女を一瞥いちべつした。そして、再び幸多に視線を戻す。赤黒い輝きを帯びた目は、いつになく禍々しい。

「なんたって、きみは特異点だものね」


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