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第六百八話 特異点(十二)

「お兄ちゃん、大丈夫だよね?」

「うん、大丈夫。どんなことがあったって、戦団が負けるわけないよ」

 マモンは、愛理あいりの不安に押し潰されそうな表情を見つめながら、彼女の心配を拭い去るように告げた。

 現在、地上では禍御雷まがみかづちを移植し、生体改造を受けた天燎鏡磨てんりょうきょうま機甲型きこうがたとともに暴れ回っているのだが、それもじきに終わるはずだ。

 天燎鏡磨だけではない。

 禍御雷を移植された七人の改造人間・魔人まじんたちは、その役目を遂行するために殺されなければならない。

 導士に殺されるため、戦場で死ぬためにこそ、彼らは存在し、その存在をまっとうするために、いままさに戦っているのだ。

 そこまで考えて、彼は、はっとした。

 意識が、揺らぐ。

 違和感があった。

 いや、既視感といったほうが正しい。

 一度、彼女とこのような会話をしたことがあるような気がするのだ。

 砂部いさべ愛理から不安を取り除くためというよりは、当然の道理を説く言葉の数々は、無意識に、彼の口から零れ出ていた。

「戦団の導士は、地上の守護者だよ。たとえ相手がどんなに凶悪な幻魔だって、必ずたおしてくれる。必ず。絶対に」

「そうだよね、うん、きっとそう」

 愛理が、その銀色の瞳の奥に渦巻いていた不安をわずかに和らげたのは、東雲亞門あずもあもんと名乗った少年のその言葉を聞いたからにほかならない。

 避難所の一角。

 避難所内には大勢の一般市民が肩を寄せ合い、地上の騒乱が一刻も早く終わることを願っている。愛理のように不安を抱くもの、心配するものもいれば、戦団を信じるもの、事態がすぐに終息すると思っているものもいるだろう。

 そうした様々な考えが口々に話され、広い避難所のそこかしこで様々な会話が展開している。

 この光景にも見覚えがあった。

 既視感。

 それも、圧倒的な――。

 マモンは、愛理に視線を戻した。彼の隣の席に座り、飲み物の容器を両手で抱え込むようにしている少女は、それでも皆代幸多みなしろこうたのことが心配でならないようだ。

 彼が死ぬことなど万にひとつもあり得ないのだが、そんな事情が愛理に理解できるわけもない。

(これは……)

 マモンは、そうした己の思考すらも、一度経験しているような感覚に襲われて、吐き気すら覚えた。違和感が急速に拡大していて、彼の意識の中で混沌を広げていく。

 そして、確信する。

(やっぱり、そうだったんだ)

 マモンは、愛理を見つめる。

 砂部愛理は、容器を手元に置くと、携帯端末を取り出した。携帯端末が起動すると、表示板に皆代幸多の顔写真が映し出される。それを見るだけで、彼女は、多少なりとも安心するようだった。

 この一連の流れすらも、既に経験している。

 そして、これから起こることも徐々に理解できていく。

 なぜか。

 全て、一度経験しているからだ。

「皆代幸多だっけ?」

(……砂部愛理は、時空を司る存在)

 マモンは、口では愛理に話しかけながら、頭の中では別のことを考えていた。

「うん、わたしにとっては魔法使いだよ」

「きみの、魔法使い……」

 マモンは、愛理の言葉を反芻はんすうしながら、彼女の目を見ていた。稀有としかいいようのない白銀の虹彩は、わずかに光を帯びている。

 既に彼女の全身に莫大な魔素質量が渦巻いていることは、理解していた。

 それは、彼女とこの地下で出逢であったときから、ずっとそうだったのだ。

 愛理は、超高密度の魔素質量体である。

 戦団に所属するあらゆる導士と比較にならないほどの魔素質量を持ちながら、その事実が認識されなかったのは、なぜなのか。

「だって、お兄ちゃんは、絶対にわたしを助けてくれるから」

「だから、魔法使い?」

「うん。みんなは、お兄ちゃんが魔法を使えないから不能者とか無能者とかいうけど、わたしには、そんなことどうでもいいんだ。お兄ちゃんはお兄ちゃんだもん」

「魔法が使えなくても構わない、か」

 マモンは、愛理との会話を上の空で繰り返しながら、この会話が何度目なのかと考えた。

 愛理は、特異点だ。

 それもマモンが発見し、マモンだけが認識する第三の特異点。

 いや、大特異点とでもいうべき存在だった。

 サタンは、皆代幸多を特異点として認証した。故に悪魔に触れ得ざるものとしたのであり、〈七悪しちあく〉は、彼に関わってはならないとされた。

 つぎに現れた特異点、本荘ほんじょうルナについても、同様の判定が下されている。

 特異点には、関わってはならない。

 では、砂部愛理は、どうか。

 彼だけがその特異性を発見し、認識する彼女には、サタンからの禁令きんれいは出ていない。

 ならば、なにをしたって構わないはずだ。

 彼女が持つその大いなる力への疑問を解決するため、徹底的に調べ尽くしても、なんの問題もないはずだ。

 だから、マモンはここにいる。

 今回の大騒動を引き起こし、ここで、愛理と出逢って見せた。

 全ては、大特異点の秘密を解明するために。

 この小さな疑問の大きなかいを得るために。

 マモンが彼女の力を認識したのは、機械事変と戦団が命名した大規模幻魔災害の折である。

 花火大会に彩りを添えるべく、作りたての機甲型を大量に送り届けたマモンは、戦団の組織力、戦力の前には、あの程度の数ではどうにもならないのだと理解していたし、殲滅されるものとして見ていた。

 機甲型には、なんの期待もしていなかったのだ。

 けれども、一体の機甲型が、予期せぬ映像を捉えたものだから、マモンは、機械事変を引き起こして大正解だったと思ったものだ。

 戦闘の最中、機甲型アーヴァンクが一体、超高密度の魔素質量を検知した。それは地下の避難所から発せられた波動であり、故にアーヴァンクは、避難所へと突き進み、彼女を発見したのだ。

 砂部愛理である。

 それだけならば、ただの稀有な事象に過ぎなかっただろう。

 砂部愛理が、特別膨大な魔力を練成し、内包していただけのことだ。

 彼女は、自身の魔法を制御することができないという。それが無意識の魔力の練成と関係しているのだろうし、その莫大な魔力は、常人には気づけないのだ。

 あまりにも差がありすぎるからだ。

 たとえば、星神力せいしんりょく

 戦団魔法技術の最秘奥さいひおうたる星象現界せいしょうげんかいの発動に必要不可欠な境地であるそれは、普通の魔法士には認識できないといわれている。

 ある程度実力がなければ、それが魔力の極致きょくちであるということがわからないらしい。

 マモンには、想像すら出来ない状況だが、事実としてそう語られているのだから仕方がない。

 そして、実際に愛理の莫大な魔力が、その場にいた他の避難者の誰一人として気づかれていないのだから、星神力に気づけない魔法士がいたとしてもおかしくはないと思えるようになった。

 さて、アーヴァンクである。

 機甲型アーヴァンクは、避難所に到達するなり、すぐさま攻撃を行っている。幻魔にとって大好物である超高密度の魔素質量が目の前にあって、手を出さない理由がなかったし、市民には攻撃してはいけないなどという命令を下してもいなかったのだから、当然の結果だ。

 そして、アーヴァンクの砲撃が砂部愛理を狙ったのも、必然だ。愛理を殺すことで、その肉体に満ちた魔力を解放しようとしたのだ。

 だが、アーヴァンクの思い通りにはいかなかった。

 砲撃は、愛理を除く、避難者たちを殺戮したのである。

 そのとき、なにが起きたのか、マモンはアーヴァンクの目を通して見ていたから、理解していた。

 愛理は、無意識に自分を護るための魔法壁を張り巡らせたのだ。

 すると、アーヴァンクの砲撃は、魔法壁によって弾かれ、彼女の周囲にいた人々を傷つけ、殺戮した。大量の血が噴き出し、大量の死が満ち溢れた。

 愛理は、絶叫した。

 そして、魔法が発動したのだ。


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