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第六百三話 特異点(七)

「「マモン!」」

 たぶん、きっと、その言葉は、異口同音いくどうおんに発せられた。

 幸多こうた鏡磨きょうま、二人が同時に叫び、突如戦場に割り込んできたその少年をにらんだのだ。

 幼さを多分に残した少年だった。

 それこそ、どこにでもいるかのような雰囲気の少年であり、年の頃で言えば十代前半くらいだろう。愛理あいりと同年代で、背格好はほとんど変わらない。

 しかし、その翡翠ひすい色の髪にも赤黒い目にも、顔つきにも、声音にも、全て、幸多の中の記憶にあった。記憶と一致したのだ。

 そしてそれは、確信せざるを得ないほどの力を持っていた。

 たとえその全身を人間に擬態ぎたいしたのだとしても、隠しきれないものがあった――というよりは、全く以て隠していないというべきか。

 〈強欲〉のマモン、その容姿ようしの特徴に変化がないのだ。

 おそらく、隠す必要がないと考えてのことだったのだろう。

 この央都の監視社会において、大量の監視カメラが眼を光らせる世界において、マモンがどのようにしてその姿で行動してこられたのか、幸多には、全く想像も付かなかった。

 そんなことはどうでもよかったし、考えるだけ無駄でもあった。

 考えるべきは、人間に擬態したマモンが、気を失った愛理を抱き抱えていることだけだ。

 しかも、愛理は、血まみれだった。

 全身に大量の血を浴びて、だからだろう、彼女は気を失っているのだ。

 それだけでなにがあったのか、想像ができた。

 おそらく、愛理は、避難所でマモンと遭遇したのだ。そしてマモンは、避難所の市民を殺戮さつりくし、それによって気絶した愛理だけを地上に連れてきた。

 幸多は、鏡磨に向けていた意識をマモンに全て集中させ、その目を見開いていた。

 なにが、起きているというのか、

 なぜ、マモンがここにいて、なぜ、愛理を抱き抱えているのか。

 まるで大切な宝物でも見つけたかのような様子を見せるマモンは、幸多には信じがたい光景だったし、理解できないものだった。

 いや、マモンがここにいることそのものはなんの不思議もない。

 マモンは、事前に行動を起こすと宣言していた。

 それも、特異点を目当てとするような旨の発言をしており、そのために八人の囚人を連れ去ったかのようなことすらいっていた。

 マモンは、今回、禍御雷まがみかづちと大量の機械型幻魔マキナ・タイプを投入することによって、特異点と接触する機会を得ようとしていたのではないか。

 そのための大攻勢であり、大混乱であり、大災害であり、大被害なのではないか。

 天地が燃えている。

 出雲遊園地の様々な設備、アトラクションが倒壊し、地は割れ、空はけ、炎が燃え広がって、煙が渦を巻くように天を覆っている。その向こう側に広がるのは、虹色の結界であり、それがなんであるのか、幸多にはわからない。

 ただ、一つだけ、理解していることがある。

 導士たちは、死んだ。

 皆、殺された。

 幸多だけを残して、皆殺しにされてしまった。

「やあ、皆代みなしろ幸多。久しぶり。こうして直接顔を合わせるのは、二度目だっけ」

 マモンは、幸多に目を向けるなり、気軽な調子で行ってきたものだから、幸多は、握り締めた拳の中で血が噴き出してしまった。爪が手のひらに食い込み、皮膚を突き破ったのだ。だが、その痛みもすぐに消える。傷口がなにごともなかったかのように塞がる。

「それから、いまのぼくは東雲亞門あずもあもんだよ。あだ名はマモンだから、まあ、そう呼んでくれて良いけど」

 多少の拘りを見せながらも、一方で、どうとでもいいといわんばかりのマモンの反応は、幸多など眼中にないとでもいうかのようであり、実際、彼は、幸多よりも鏡磨にこそ意識を向けていた。

「東雲亞門……」

 幸多は、マモンの言葉を反芻はんすうするようにつぶやき、続けて、召喚言語を唱えた。

突魔とつま

 転身機てんしんきが作動し、白式武器はくしきぶき・突魔が転送されてくる間、幸多の脳裏のうりよぎったのは、天輪てんりんスキャンダルの光景だった。

 東雲貞子あずもていこと名乗った悪魔アスモデウスによって引き起こされた大惨事の最終盤、膨大な魔力が天に昇り、イクサの残骸が吸い込まれていく光景。

 その果てに誕生したのが、マモンだ。

 いや、マモンの原型というべき鬼級幻魔か。

 それは、誕生こそしたものの、なんらかの力を発揮することもなく、サタンに飲まれ、いまのマモンの姿へと生まれ変わった。

 生まれ変わったのだ。

 それが幸多の認識だった。

 最初に見たマモンの姿と闇の世界で目の当たりにしたマモンの姿の違いは、そうとしか説明のつかないものだった。

 似てはいる。

 だが、青年とも大人ともつかない姿形だったはずのマモンが、幸多よりも年下の少年の姿になったのだから、なにかしら大きな変化があったのは間違いなかった。

 それが鬼級幻魔が〈七悪〉に成るということなのか、どうか。

 幸多には、そこまで断定できるわけもなかったが、しかし、いま、その目には、マモンとほとんど変わらない少年の姿が映っていた。

 人間そのものの姿に擬態してはいるが、マモンであることを隠そうともしていないのは、そうする必要がなかったからだ。

 この天地に満ちた膨大な魔素と、大雷の結界が、彼の自由な行動を許していたのだ。

 そんなマモンは、幸多の動向になど目もくれず、鏡磨を見ていた。鏡磨の全身を覆う琥珀こはく色の雷光と、金属質の装甲を見て、目を細める。

星象現界せいしょうげんかいって奴かな?」

 だとしても、理解が追い着かない。

 なぜ、天燎てんりょう鏡磨は星象現界を発動しているのか。

 戦団の導士に殺されることが役目であるはずの実験動物が、どうして、いまもなお生きていて、逆に導士たちを皆殺しにしてしまっているのか。

 どうして、皆代幸多に殺されていないのか。

 どうして、皆代幸多は、あれほどまでにボロボロなのか。

 満身創痍まんしんそういで、息も絶え絶えといった様子は、皆代幸多らしからぬ姿としか思えなかった。

「まあ、百歩譲って、ぼくの命令を無視して暴れ回るのは良いんだけどさ。せめて、ぼくがここに来るまでに幸多くんに殺されていなよ。面倒じゃないか」

「はっ……!」

 鏡磨は、マモンの発言を受けて、鼻で笑った。全身に満ちた星神力せいしんりょくがそうさせるのかもしれないし、星象現界の万能性が、彼を絶対者の如く振る舞わせるのだとしても、なんら不思議ではなかった。

 星象現界は、圧倒的な力だ。

 ただでさえ万能に近い魔法を、さらに極めたものだけが至ることの出来る境地なのだ。

 鏡磨が調子に乗ったのだとしても、誰にも責められはしなかっただろう。

 なにせ、彼は死んでいたのだ。

 どういうわけか死を超克ちょうこくした彼は、それによって星象現界に目覚めたのかもしれない。

 死は、大量の魔力を生む。

 膨大極まる死の魔力を星神力へと昇華し、星象現界を発動するに至ったのではないか。

「なんとでもいうがいい。地をうのは貴様で、天にるのはこのわたしだ! マモン!」

「うん?」

 マモンは、鏡磨の宣戦布告を聞いて、小首を傾げながらわずかに動いた。足元を幸多が投擲した槍が通過していく。マモンは幸多を一瞥し、彼がさらに武器を召喚する様を見たが、黙殺した。

 それよりも、鏡磨だ。

 鏡磨の全身から溢れる星神力は、莫大だった。それこそ、周囲の空間を歪めるほどの強大な力がそこにあり、その全てがマモンに向けられているのがわかる。

 鏡磨には、マモンの命令が届いていないのだ。

 鏡磨は、どうやってなのか、支配を脱却したようだった。

 それが、マモンにはわからない。

 疑問には、かいが必要が。

 だから、マモンは、鏡磨にこそ、興味を持った。

 もう一つの巨大な疑問は、後から調べればいい。

 いまは、目の前の小さな疑問を解剖するべきだった。


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