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第六百一話 特異点(五)

 最初に疑問を持ったのは、いつだったのだろう。

 マモンは、静かに考える。

 翡翠ひすい色の髪を熱風になびかせ、赤黒い瞳で地獄のような戦場を見渡しながら、思考を巡らせるのだ。

 場所は、央都出雲市大社山おうといずもしたいしゃさん出雲遊園地。

 戦団が央都政庁とともに作り上げた市民の憩いの場の一つであり、この時期、もっとも人出の多い場所だとして知られている。

 八月。

 央都では夏休みという時期であり、市民の中でも学生たちにとっては一ヶ月間の休暇期間なのだという。

 だからこそ、こうした場には、人出が多いらしい。

 そのような知識は、書物などで得た。

 闇の世界ハデスの〈強欲〉の間は、彼の書庫でもある。

 マモンは、〈強欲〉を司る。

 そして、彼にとっての欲望は、多くの場合、知識に向けられた。知識欲こそが、彼の原動力といっても過言ではなかったのだ。

 なんにでも疑問を持った。

 疑問が浮かべば、知りたくなった。

 疑問の答えを知るためにはどうすればいいのかと、アスモデウスに聞けば、本でも読めば良いのではないか、といわれた。

 機械を触るよりも、書物を漁るほうがいかにも悪魔らしい、というのがアスモデウスの回答の理由なのだろう。

 それも、いまならばわかる。

 アスモデウスは、結局は、悪魔に過ぎない。

 機械が嫌いで、だから、自分のことも愛してくれてなどいないのだ。

 マモンは、そんな風に結論づけた。

 幸いにも、マモンは、アスモデウスに自分が愛されているかどうかなんてどうでもいいと思えた。実際、どうでもいいことだ。

 疑問の答えを知ること以上に大事なことは、彼にはなかったからだ。

 彼にとってかいを追求することこそが全てであり、それ以外の全てがどうでも良かった。

 サタンからの命令すらも――。

 だから、だ。

 彼は、書庫に集めた書物だけでは得られない情報を集めるために機械を作り、ネットワークを構築した。彼のネットワークは、レイライン・ネットワークへ介入し、膨大な量の情報が彼の意識に流れ込んできた。

 そうすると、マモンは、これまで得られなかった幸福感を覚えることが出来た。

 知識欲が満たされていく快感。

 それだけでも満足だったが、次第に物足りなくなっていった。

 使命もあった。

 サタンから与えられた使命。

 果たすべき自分の役割。

 同時に、それがなにを意味するのか、疑問に思った。

 特異点とは、なんなのか。

 そんなおりだった。

半端者はんぱものなんだとよ」

 いつものように空間を切り裂いて彼の書斎に入り込んでくると、バアル・ゼブルは、当然のように長椅子に寝そべりながら、そんなことをいってきた。

 おもむろに、無造作に、不躾ぶしつけに。

 それが彼だ。

 バアル・ゼブルという悪魔なのだ。

「半端者?」

 マモンは、きょとんと、彼を振り返った。

 書斎の一角には、マモンが作り上げた機械が山のように積み上がっていて、そこには悪魔たちは近寄ろうとしなかった。

 幻魔は、機械を嫌う。

 悪魔であっても、その点は変わらない。

 ならばなぜ、マモンは機械が平気なのかといえば、出自が出自だから、らしい。

 大量の機械を取り込んで作り上げられたのが、マモンだというのだ。

 本当にそんなことができるのかという疑問については、解消された。

 獣級幻魔を改造し、機械との共存共生を可能とすることに成功したからだ。

 機甲型きこうがたと命名した幻魔たちは、マモンだけの戦力となった。

 ほかの悪魔たちが機甲型を使いたがらないのだから、当然の結果だろう。

「どういう意味?」

「そのまんまの意味だよ」

 長椅子に寝そべった灰色の悪魔は、どこからともなく取り出した袋菓子を開けて、自分の口の中に放り込んでいく。

 知識欲が原動力のマモンに対し、バアル・ゼブルは、食欲こそが力の源だった。常に腹を空かせていて、暇さえあればなにかを食べているのが彼なのだ。

 それも、人間が作った菓子類や料理ばかりを食べているのが、マモンには疑問であり、答えを求めて問い質したことがある。

 バアル・ゼブルいわく、腹さえ満たせればなんでもいい、という話だったが、美味うまいともいっていた。

 要するに、腹にさえ入れば、なんでも美味いということのようだが。

 マモンには理解の出来ない理屈だが、それはバアル・ゼブルにしても同じことだろう。

 バアル・ゼブルには、マモンが平然と機械を使っている様が奇異に映って仕方がないに違いない。

 悪魔によって趣味趣向が違うというだけの話だろう、と、マモンは結論づけることにした。それ以上追求したところで、明確な解が得られるとは思えなかったと言うこともある。

 しかし、バアル・ゼブルが不用意に言い放ってきた言葉には、引っかかりを覚えざるを得なかった。

「半端者……」

「おれ様とおまえのことを、そう呼んでやがった」

「だれが……?」

「アザゼルの野郎とアスモデウスが、だ」

「嘘だ」

 即座にそう言い返してしまったのは、わずかにもアスモデウスに期待していたからかもしれない。

 アスモデウスは、〈色欲〉を司る。しかし、アスモデウスの〈色欲〉というのは、どうやら性的欲求のことではないらしい。

 愛に近い。

 けれども、愛とは次元の異なるものでもあるという。

 アスモデウスの回答は、いつだって要領を得ない。

 はぐらかされているのはわかっていても、マモンには、それ以上の追求は出来なかった。

 アスモデウスは、マモンにとって母親同然の存在だったからだ。

 だから、期待したのだ。

 アスモデウスが、自分を愛してくれているということを。

 だが、どうやらそうではないらしい、ということが、バアル・ゼブルのもたらした情報によってわかってきた。わかってしまった。

「半端者……」

 マモンは、何度か、その言葉を反芻はんすうするようにつぶやいた。けれども、飲み下すことはできなかった。

 言葉の意味がわからなかった。

 なにをもって半端というのか、なにが半端なのか、なぜ、自分とバアル・ゼブルだけがそういわれるのか。

 なにもわからない。

「おれ様たちは、どうやら、〈七悪〉に相応しくない半端者らしいぜ」

「相応しくない?」

 マモンには、バアル・ゼブルが盗み聞きしたのであろう言葉の意味がまるでわからなかった。

 バアル・ゼブルにせよ、自分にせよ、生まれて間もない存在だ。

 まだなにも成し遂げていなければ、始まってすらいないのだ。

 これからだ。

 これから、始まるというところなのだ。

 それなのに、半端者と切り捨てるというのか。

「ぼくが?」

「おいおい、おれ様はいいのかよ」

「バアルはどうでもいいけど」

「おい」

「ぼくが……〈七悪〉に相応しくない……」

「……ったく、おまえは本当、自分勝手な奴だな」

「きみにいわれたくないけど」

 自分勝手に余計な情報をもたらした挙げ句、頭の中に混乱を振り撒いた悪魔がよくもいえたものだ、と、マモンは、バアル・ゼブルを睨み付けた。

「んだよ」

「なんでもないよ」

「……本当に?」

「ん……」

 マモンは、バアル・ゼブルの四つの目に見つめられ、どういう顔をすればいいのか、わからなくなってしまった。空間を引き裂く彼の〈魔眼〉は、マモンの肉体を突き抜けて、心の奥底まで見抜いているのではないか。

 頭の中は、混乱している。

 こんな感覚は、生まれて初めてだった。

 生まれてからずっと、疑問だらけだったし、その解を探すことに全力を注いできたのだが、その際に混乱が生じるということはなかった。

 答え探しは、〈強欲〉を満たす手段だったし、〈強欲〉が満たされれば、マモンの力は増すからだ。

 それが全てだった。

 けれども、今回の疑問は、〈強欲〉を満たすどころか、自分自身の存在について考え込まなければならなくなってしまったのだ。

 半端者。

 バアル・ゼブルが聞いたという言葉が、脳内を反響し、席巻し続ける。

 半端者。

 自分は一体何者で、どうしてここにいるのだろう。

 半端者。

 マモンは、機械を見て、そこに映し出していた実験の経過を見つめた。

 生体兵器・禍御雷まがみかづちの原型である。


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