第五十九話 幕間
『対抗戦第二種目・閃球の全十試合が終了しました! 残すところ第三種目・幻闘のみとなりますが、現在の所、いかがでしょうか?』
『閃球の総評をさせて頂きますと、いずれの学校も、決勝大会に進出しただけあって素晴らしい戦いぶりでした。いずれも劣らぬ強者ばかりだったといっていいでしょう。特に素晴らしい活躍をしたのは、叢雲高校の草薙真闘手、天燎高校の黒木法子闘手ですね。二人とも、学生とは思えないほどの実力の持ち主で、すぐにでもスカウトしたい気持ちで一杯です』
『央都リーグにおいて三度の最優秀選手に選ばれた小暮さんがいうのですから、確かなのでしょう! さて、総合得点ですが、二日目開始時点では一位だった天燎高校が二位に後退、二位だった叢雲高校が一位に躍進という形になりました。これはいかがでしょう?』
『天燎高校の作戦が徒となった形、といえるかもしれません』
「だからわたしはいったのだよ。引き分けに持ち込むだけの試合など、なにひとつ面白くないとね」
天燎鏡磨は、酷くつまらなそうにネットテレビから流れてくる音声に耳を傾けていた。
競技場は、最終種目のための準備が粛々と進められている。
競技場全体を使って展開されていた閃球の戦場が綺麗さっぱり撤去され、観客席のどこからでもはっきりと見えるような、この上なく巨大な幻板が空中に投影される。
時刻は、午後五時を大きく通り過ぎている。空は赤々と燃えており、太陽は競技場の開放された天井から覗き見ることができなくなっている。夕闇が目前に迫っているのだが、観客席は相変わらずの熱気に満ちていて、帰ろうとするものは一人としていなかった。
央都市民の対抗戦に対する熱量の凄まじさたるや、鏡磨は、昨日今日の二日間で思い知る気分だった。
「結果、出し抜かれているではないか」
「まだ終わっていませんよ」
「わかっている。が、八点差だぞ。追い抜けるのか?」
「最終競技である幻闘は総合得点への影響が極めて大きく、その結果で対抗戦の優勝が決まったという事例が多々あるようですので……」
「ふむ……ならば、我が天燎高校の優秀な生徒たちを信じるとしよう」
鏡磨は、川上元長の説明を聞いて、納得することにした。
総合得点においては、現在、天燎高校は八点差で二位につけている。この点差を覆せるというのであれば、それを信じる以外に方法はない。
なにせ、鏡磨に出来ることなどなにもないのだ。
理事長だからといって、対抗戦部の部員たちに発破をかけるなど、言語道断も甚だしい、と彼は考えている。そんなことをしても、なんの意味もない。緊張させるだけのことだ。
「どうあれ、つまらない試合にはなるまい」
対抗戦のいろはもわからない鏡磨だったが、それだけは確信していた。
最終戦となる幻闘とやらで得点を稼がなければ鳴らない以上、引き分けに持ち込むような戦い方は出来ないはずだ。
そうとなれば、黒木法子の活躍も見られることだろう。
鏡磨は、天燎高校対抗戦部の中で、彼女の名前は覚えることができた。
初日の大活躍は、鮮烈極まりなかった。
そして、もう一人、彼が覚えている生徒がいる。
皆代幸多だ。
対抗戦決勝大会最終種目・幻闘の準備が速やかに行われていく中、戦団上層部一同は、これまでの競技の総評を行っていた。
幻闘は、これまでの種目とは異なり、競技場で直接行う競技ではなく、幻想空間上で行う真剣勝負であるため、幻想空間上の映像を映し出すための特大幻板が、場内を埋め尽くすように無数に展開されている。
観客席のどこからでも観戦できるように配慮されているだけでなく、幻想空間に構築された戦場の様々な場所、角度からの映像も見られるようになっているのだ。これにより、応援している高校だけを注目して応援することも可能となっている。
幻闘は、全身全霊の真剣勝負であり、そのためには相手を傷つけ、倒し、殺すことさえ可能な、破壊的な魔法の行使すらも許されていた。
全てが現実空間ではなく、幻想空間で行われるからこそ可能な競技だ。
もし幻闘と同じことを現実空間で行えば、負傷者が出るどころの騒ぎではない。死者が出て当然の結果になるだろう。
だからこそ、幻想空間で行う。
そして、対抗戦の三種競技に幻闘が含まれている理由も、まさにそこにある。
魔法を用いた全力の戦い、命のやり取りにこそ、魔法士としての技量、才能、実力が遺憾なく発揮されるからだ。
対抗戦は、戦団の人材発掘及び確保を目的として企画され、開催されるようになった競技大会だ。
対抗戦に三種競技として選ばれた魔法競技には、それぞれ明確な理由があった。
競星は、騎手は飛行魔法の技量を、乗手は魔法への対応力を確かめるため。
閃球は、個人の技量のみならず、集団戦での適応力、対応力を確認することができる。
そして、幻闘。
魔法の行使に関するあらゆる制限を撤廃した幻闘ならば、魔法士としての実力を最大限に発揮することができ、その能力、技量を存分に見ることが出来たるということから、対抗戦の種目に選ばれている。
「幻闘は、特に魔法の技量を見ることに重きを置いている。魔法士としての能力、技術力、総合力、それが幻闘において重要だからだ。である以上、彼の活躍は期待できないな」
「そうねえ……」
上庄諱の導き出した結論を否定する言葉を、伊佐那麒麟は持たなかった。
皆代幸多のことだ。
彼は、競星においても、閃球においても、想定外の活躍を見せた。
特に閃球では、誰もが注目していた叢雲高校の草薙真に張り付き続けるという、あまりにも常識離れした働きをしている。それによって天燎は一点差の敗北に持ち込めたのだから、あの一戦における皆代幸多の価値は極めて大きかったといえるかもしれない。
そんな皆代幸多に注目しているのは、麒麟が愛娘である美由理から少しばかり話を聞いたからだ。
美由理は、それこそ、その日に起きたことを報告するようにいってきただけなのだが、麒麟にとっては驚くべきことだった。
美由理は、あまり自分のことを話したがらない。それどころか、自分と関わった他人のことも、積極的に話そうとはしないところがあった。
昔はそうではなかった。
特に学生時代は、日岡イリア、妻鹿愛という二人の大親友については、麒麟があったこともなかった時期からその性格がすっかりとわかりきるくらいに話してくれたものだった。
美由理が話さなくなったのは、光都事変の後からだ。
あれ以来、美由理は、口数が減った。
それもこれも星将としての自覚ある振る舞いを心がけているから、なのだろうが。
そんな美由理からぽつりと漏れた少年の名は、麒麟にとって極めて強烈な印象として残り続けていた。
故に、決勝大会が始まってからというもの、皆代幸多に注目していたのだが、諱のいうとおり、幻闘での活躍は期待できまい。
「いったでしょう。優勝するのは叢雲だと」
城ノ宮明臣が、勝ち誇るでもなく、ただ当然の、当たり前の結論を述べるように、いった。情報局副局長である彼にしてみれば、膨大な情報を精査した結果であって、自分自身が考え抜いて導き出した結論などではない、ということだろう。
そしてそれは、決勝大会を見続けているものたちにとっては、大方の予想かもしれない。
それだけ、叢雲高校の草薙真は、圧倒的だ。
対抗できる魔法士がいるとすれば、天燎高校の黒木法子くらいだった。
「天燎にも頑張って欲しいところだがな」
それは、諱の本音でもあるのだろう。
叢雲高校が圧勝するのは、それはそれで素晴らしいことだが、人材を発掘したい戦団にとっては、それ以外の高校にも、奮起してもらいたいのだ。
それでこそ、対抗戦の存在価値があるというものだ。
会場では、幻闘の準備が終わろうとしていた。
競技場内に設置された投影機が、会場の空中に超巨大幻板を作り出している。幻板には現在の総合得点とそれに基づく順位表が表示されており、その得点差がどうにも分厚い壁に想えてならなかった。
「たかが八点差よ! 八点差!」
長沢珠恵が、一人気炎を吐いている。
閃球最終戦における叢雲高校の大量得点によって、状況は大きく変化した。
そもそも叢雲高校は、閃球を全勝で終えており、その時点で勝ち点八を獲得している。そこに特別点が加わり、大量の加点となったわけだ。
一点差で一位に立っていた天燎高校は、八点差の二位に転落してしまっている。これは、立て続けの引き分けと、叢雲高校戦での敗戦が響いた結果だ。
しかし、叢雲高校との戦いでは、幸多は十二分に活躍していたし、これ以上ないほどの働きを見せていた。その点では、なにもいうことはない。
「そうよね、たかが八点、よね」
「うむ。対抗戦の幻闘なら追い抜けないものではないぞ」
「一人でも多く生き残ってくれれば、勝ち目は十分にありますね」
望実と伊津火、浅子がそれぞれに希望を込めて、いう。
奏恵も、両手を握り締めて、ただ祈るしかなかった。
幻闘のルール上、逆転劇は十分にあり得た。それこそ、最下位の高校が一位になる可能性さえあるのが、幻闘だった。ただし、これだけの点差を覆そうというのであれば、最下位の高校が優勝するのは極めて困難だろう。
天燎には、十分にその可能性があった。
八点差。
これを覆すには、幻闘で撃破点と生存点を稼げばいい。
それだけが唯一の勝ち筋なのだ。




