第五百九十四話 雷神、光神、月女神(六)
統魔は、戦女神の星霊を星装として身に纏った字を見て、一人頷いた。その姿が彼女らしさからかけ離れていることを認識しつつも、安堵も覚える。
統魔の星霊を身に纏うことによって、字は星象現界を発動したのと同等の力を得ている。
つまり、眼下の幻魔の大群の真っ只中に放り込んだとしても、なんの心配もいらないだけの力を得たと言っても過言ではないということだ。
実際、字は星装からだけでなく自身の体の内側から溢れ出す膨大な魔力を実感しているようだった。
星霊の星装化など聞いたことなければ見たこともない話だ、とは、魔法局の局員たちの発言である。
統魔が規格外なのは、三種統合型の星象現界を使えるだけでなく、星霊を星装として他者に貸し与えることができるという点にもあった。
しかも、最大十二体の星霊を同時に呼び出すことができ、それら全てを星装に変化させられるのだから、とてつもないことだった。
星装を付与されたものは、星象現界を発動したのと同等の力を発揮することが可能となり、戦力の大幅な向上を見込めるのだ。
空間展開型の星象現界の中には、星域内の味方に多大な力を与えるものもあるが、しかし、それはそういう星象現界であって、複数有る星象現界の能力のひとつに過ぎない統魔のそれとは大いに違うだろう。
だから、統魔は、星象現界の習熟に時間を割いた。任務の有無に関わらず、毎日のように訓練所に駆け込み、幻想空間で星象現界を酷使し続けてきたのだ。
この規格外の星象現界を使いこなすことができれば、戦団の戦力そのものが増大すること間違いなかったし、幻魔を滅ぼし、人類復興の大願を果たすための力となれるだろう。
そしてなにより、統魔自身の悲願を果たせるかもしれない。
「やるか。師匠も行っちゃったしな」
「うん、やろう! お腹空いたし!」
「はい、やりましょう」
統魔は、背に負った光輪を前方に移動させながら、眼下に向けて腕を伸ばした。十二本の光条の一つが欠けた光輪は、それでも神々しい光を放っていて、まるで神話の世界に紛れ込んだのではないか、と、見ているものを錯覚させてしまう。
が、統魔は、ヤタガラスのカメラの向こう側で、この戦いを見守っているものたちのことなど気にすることなく、地上の幻魔に向かって先制攻撃を仕掛けた。
手の先に移動した光輪の中心に集まった星神力が、莫大な閃光を生じさせたかと想えば、次の瞬間には一条の光芒となって幻魔の群れの真っ只中へと突き進んでいった。
統魔は、光芒が多数の幻魔が蠢く大地に突き刺さった様を見ると、そのまま光輪ごと腕を動かした。光芒が多数の幻魔を飲み込みながら移動し、大地を抉り、灼いていく。
そのときには、ルナも動いている。
彼女もまた、背後の三日月を前方に移動させると、左手で掴み取った。すると、三日月はさながら弓のように形を変え、ルナの右手に収斂した星神力が矢を形成した。
三日月の弓に月光の矢を番えたルナは、しかし、地上ではなく、天に向かって弓を掲げた。矢を放つ。神秘的な光は、瞬く間に遙か高空へと至り、爆散した。すると、無数の光の矢が雨のように降り注ぎ、地上の幻魔たちを次々と射貫いていった。
「名付けて! 月の涙!」
ルナが大声を上げる中、字は、一人、地上に舞い降りていた。
字は、皆代小隊全員参加の幻想訓練にはほとんど毎回参加していたし、何度となく統魔の星霊を身に纏った経験がある。
幻想空間上に再現されたそれは、現実世界での体験とほとんど変わらない。いや、むしろ、現実世界のほうが遥かに重みがあり、力が増しているような感覚さえもあった。
統魔が出し惜しみをしていないからなのか、どうか。
字にはそこまでのことはわからないが、一つ言えることがあるとすれば、戦女神の星装は、近接戦闘用だということだ。
統魔が己の星象現界を極めるために繰り返されてきた幻想訓練の中で、彼は、何度となく隊員たちに星霊を星装化して貸し与えた。
当然、字も様々な星装を身に纏い、その圧倒的な力に興奮すら覚えたものだったが、戦女神の星装を付与されるのは今回が初めてだった。
ただし、その基本的な戦い方は知っている。
長大な剣と巨大な盾を手にし、甲冑に身を包んだ女神の如き星霊は、星装化しても、ほとんど変わらなかった。字の全身を包み込む甲冑は、重量感こそほとんど感じられないものの、その星神力の密度たるや、物凄まじいものであり、五感が刺激された。
感覚が肥大し、鋭敏化しているのが、わかる。
地上に降り立った字は、周囲の獣級幻魔が一斉に咆哮を発するのを聞いたものの、身震いすら感じなかった。
上空からの攻撃によって多数の幻魔が滅ぼされるか致命傷を負う中で、字には、大量の攻撃魔法が飛んできている。ガルムの火球、フェンリルの氷塊、ケットシーの水球、カーシーの風弾、アーヴァンクの水撃――魔法による一斉攻撃は、しかし、大盾を構えることでやり過ごす。
戦女神の大盾は、軽く構えるだけで魔法壁を展開し、ある程度の魔法攻撃など一切通用しなかった。魔法が直撃したという感覚すら、字には感じられない。
だから、字は、そのまま前進するのだ。
魔法壁を前面に展開したまま前進すると、それだけでとんでもない圧力となったが、幻魔たちは、攻撃を諦めない。苛烈としか言いようのない大攻勢の真っ只中へと、字は、ただ一人切り込んでいく。
とはいえ、孤独ではない。
上空には統魔とルナがいて、二人は、攻撃の手を緩めていなかった。
地上の幻魔の数が、加速度的に減っているのは、二人の星象現界が圧倒的な力を以て、幻魔を蹂躙しているからにほかならない。
そして、字もその戦列に加わるのだ。
(らしくはありませんが)
胸中、そのようなことをつぶやきながら、字は、盾をずらし、前方へと大剣を突き出した。すると、戦女神の剣が光を放ち、強烈な波動となって前方の獣級幻魔たちを吹き飛ばした。直撃を受けたガルムなどは、その魔晶体を粉々に打ち砕かれている。
字の想像以上の破壊力だった。
しかし、そこで驚きの余り手を止めている場合ではない。
幻魔は、四方八方から襲いかかってきている。
幻魔は、膨大な魔力を生かした魔法攻撃だけでなく、魔晶体の堅牢さを生かした近接戦闘も、得意とする。魔力を帯びた攻撃の数々は、直撃を受ければ、ただでは済まない。
ならば、直撃を受けなければいいだけのことだ。
字は、大盾を足下の地面に突き立てると、その魔法壁を全周囲に展開した。大盾の魔法壁は、前方広範囲に展開することも出来れば、狭い範囲ながらも空間を構築することも可能なのだ。
そうした使い方は、これまでの訓練の中で他の隊員たちが見せてくれている。
だからこそ、字は、戦女神の星装をある程度使いこなせているのだ。
そして、だからこそ、統魔は、字に戦女神を貸し与えたのではないか。
戦女神ならば、最前線で戦うことができる。
字らしからぬ、しかし、字もいつかは経験しなければならない戦い方。
字は、吼え、大剣を振り回した。
字に殺到し、大盾の結界に阻まれる獣級幻魔の尽くを剣で突き刺し、切り裂き、薙ぎ払って吹き飛ばしていく。
大剣が閃くたびに波動が奔り、幻魔の魔晶体を粉砕していく様は、圧倒的としか言い様がない。
まさに戦女神が地上に降臨したかのような戦いぶりは、字らしからぬものではあったが、頼もしくもあった。
理不尽ですら、ある。