第五百九十三話 雷神、光神、月女神(五)
五千体もの幻魔が同時に発動した魔法のうち、大半が攻撃魔法だった。
半数以上の三千体が、攻撃に回ったようだ。
大攻勢という言葉すら生温い猛攻は、しかし、統魔たちには一切届かなかった。
「八雷神」
「万神殿」
「月女神」
蒼秀が星象現界を発動するのとほとんど同時に、統魔とルナの二人も星象現界を発動して見せたからだ。
三人の全身に満ちていた星神力が爆発的な勢いで膨れ上がり、複雑極まりない多層構造の律像とともに世界に溶けていく。
想像を具現する技術が、魔法だ。
そして、星象現界は、魔法の極致である。
星象現界には、頭の中で思い描いた想像で世界の法理をも書き換える力があるのではないか、とまでいわれている。
魔法を超えた魔法――それが星象現界であり、字は、三者三様の星象現界の発動を目の当たりにして、全身が電流を浴びたように震えるのを認めた。全身、総毛立つような感覚があった。
星象現界には、三種の形式がある。
蒼秀の星象現界・八雷神は、武装顕現型と言われる形式であり、その形式名通り、星神力を武装のように身に纏うものだ。
全身に雷光の装束を纏う蒼秀の姿は、まさに雷神そのものであり、前方から殺到する魔法攻撃の大半を左手を軽く振り上げるだけで消し飛ばした。手の先に出現した巨大な雷球が、数多の魔法弾を飲み込み、消滅させたのだ。
蒼秀が得意とする雷属性魔法・土雷だ。
八雷神は、蒼秀が独自に編み出した八種の魔法を身に纏っているのと同じだという。故に、ただ左腕を振るだけで土雷が発動するし、掲げた右手からは鳴雷という名の雷光弾が発射された。
鳴雷は、一瞬にして遥か前方の飛行型幻魔の群れに直撃すると、電撃を撒き散らしながら爆発した。複数の幻魔が断末魔を上げる。
さすがは星将としか言いようがなければ、非の打ち所のない戦いぶりだ。
だが、字を幻魔の猛攻から護ってくれたのは、蒼秀だけではない。
統魔も、ルナも、星象現界を発動しているのだ。
特にルナは、統魔から離れると、字を庇うように動いてくれていた。武装顕現型の星象現界によって全身を白銀の装束に身を包み、三日月のような光背を負うルナの姿は、まさに月の女神を想起させるものだった。
だから、月女神と名付けたのだが、そこに自分の名前を組み込むのは彼女らしいというべきか、なんというべきか。
そこも、統魔曰く香織の影響ということになるらしいのだが。
一方、統魔は、己の星象現界を万神殿と名付けている。
統魔の星象現界は、三種統合型という稀有としか言いようのない代物であり、魔法史上初の快挙といっても過言ではないらしい。
星象現界そのものが最近になって発明された魔法技術なのだから、新たな発見があったとしてもおかしくないのだが、しかし、星象現界の原理を考えれば考えるほど、統魔のそれは、規格外というほかなかった。
星象現界とは、星の象を世界に現す、と書く。
星とは、魔法士ならば誰もが持つ魔法の元型のことだといい、それは通常、一人に一つだとされている。
だから、三種の星象現界を同時併用して見せた統魔は、極めて例外であり、特別なのだ。
魔法局が、一刻も早く徹底的に調べさせて欲しいと懇願してくるほどだった。
そんな統魔だが、自身の星象現界に万神殿と名付けたのは、考えに考えた末のことである。
武装顕現型、空間展開型、化身具象型という三形式を複合的に発動する星象現界だ。
どれを以て根本とするかについては、彼自身大いに悩んだ。
まるで神殿のような星域と、十二の神々の如き星霊たち、そして統魔自身が身に纏う星装の神々しさを総合して、万神殿と命名することになったのは、皆代小隊の皆で様々な案を出し合った結果だ。
香織などは、統魔スペシャルだの、統魔デラックスだの、統魔エクストリームだのと、彼の名前をつけたがったが、そう考えると、ルナが星象現界に自分の名前を堂々と取り入れたのが香織の影響と考えるのは自然かもしれない。
万神殿は、三種統合型の星象現界だが、統魔は、まだ完璧には使いこなせておらず、つい最近までは、星装、星域、星霊のいずれか一種しか発動できなかった。
彼が日夜猛特訓を行っているのは、一刻も早く星象現界を使いこなせるようになりたいからであり、そうならなければならないと考えているからだろう。
力には、責任が伴う。
しかも、煌光級という立場もある。
昨年戦団に入ったばかりの若手導士だというのに、輝光級以下の導士たちの手本にならなければならないのだ。
となれば、特訓あるのみだ、と、統魔が考えるのも当然だったし、血の滲むような訓練の日々が訪れるのも必然だった。そしてそれら猛特訓が実を結びつつあるのか、彼は、いま黄金色の装束を纏い、光の輪を背負いつつ、女神めいた星霊を付き従えていた。
そして、武装した女神が掲げた盾が、巨大な魔法壁を形成し、蒼秀が撃ち漏らした魔法弾の尽くを受け流して見せた。
統魔には、武装女神以外にも全部で十二体の星霊がいるのだが、いずれもが神話に登場する神そのもののような神々しさと力を持っていた。
だから、万神殿なのだ。
十二の神を祀る神殿こそが、統魔の星象現界であり、統魔は、その神殿の祭司か神官とでもいうべき存在なのだ。
そして万神殿の神官は、幻魔との戦闘をも問題なくこなすのだから、恐ろしい。
字は、そんな三者三様の星象現界を目の当たりにして、感動とも興奮ともつかない感覚の中にいた。
五千体の幻魔を相手にしようというのにも関わらず、一切の不安もなければ、恐怖もない。負ける心配もなければ、傷ひとつつけられることもないのではないかとさえ思えた。
三人の姿が、それを雄弁に物語っている。
「悪くない」
蒼秀は、統魔の星象現界に対してそう言い残すと、雷光そのものとなって前方へと飛んでいった。まさに稲光だ。
一瞬にして幻魔の群れの真っ只中へと到達した蒼秀が、無数の幻魔を次々と叩き落として行く様には、圧倒されるしかない。
「良かったね、統魔」
「なにが?」
「ししょーに褒められたんだよ? 嬉しくないの?」
ルナは、統魔の顔を覗き込んだ。彼のきょとんとした表情は、どこかあどけない。罪穢れを知らない無垢な少年の顔そのもののようだった。
この地獄のような戦場には、似つかわしくない。
「そりゃあ、まあ……嬉しいけど」
「けど?」
「そういう場合じゃないだろ」
統魔は、ルナに向けていた困ったような表情を一変させ、遥か眼下の幻魔の群れを見遣った。
空中の幻魔は、蒼秀に任せればいい。
蒼秀ならば、あっという間に殲滅してくれるに違いなかったし、なにも心配する必要がない。鬼級幻魔でも出てこなければ、蒼秀が負ける要素などどこにもないのだから、考えるだけ無駄なことだ。
ならば、どうするか。
五千体の幻魔は、地上と空中に分かれて軍勢を展開しており、それぞれが二千体以上もの大軍勢である。
普通、たった三人で戦うような数ではない。
いくら獣級幻魔とはいっても、だ。
しかし、蒼秀が部下たちに下した指示といえば、待機命令であり、拠点に接近してきた幻魔を迎撃することだった。
つまり、この戦場には、蒼秀を含めた四人しかいないということであり、統魔は、この三人で地上の幻魔を殲滅しなければならなかった。
少なくとも、蒼秀が飛行型を殲滅するまでは、だ。
「行くぞ……っと、その前に、だ」
「はい?」
字は、統魔が目線を寄越してきたものだから、きょとんとした。
すると、先程まで統魔たちを護っていた星霊が字に近寄ってくるなり、有無を言わさず一体化してしまった。
それがどういうことなのかについては、字も既に熟知している。
何度となく統魔の訓練に付き合ってきたのだ。初めての体験ではなかったし、慣れたものだった。
統魔は、自身の星霊を星装として他者に貸し与えるという能力も持っていた。
それもまた、彼が規格外の規格外たる所以だ。