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第五百九十一話 雷神、光神、月女神(三)

 獣級幻魔じゅうきゅうげんまの大軍勢は、第七衛星拠点の南西分に突如として出現したのだという。

 普通、そんなことがあるはずもない。

 どれだけ空白地帯が異常事態にまみれているとはいえ、一夜にして景色が激変するとはいえ、突如としてダンジョンが出現するような異界であるとはいえ、だ。

 なにもない場所に幻魔の大軍が出現したという事態は、記録になかった。

 前例のない異常事態だ。

 そしてそれらがどういうわけか第七衛星拠点へと一直線に向かってきているということもまた、異様なように感じられた。

 衛星拠点は、擬似霊石ぎじれいせき結界によってまもられている。

 擬似霊石結界は、央都おうと四市を覆う霊石結界を擬似的、技術的に再現したものであり、範囲こそ霊石結界に比べて狭いものの、機能としては全く見劣りしないものだという。

 つまり、なにかしらの意志が介在しない限り、幻魔の攻撃対象にはなりえないということであり、結界外から幻魔が侵入してくる可能性も極めて低いということだ。

 だからといって完全無欠に安全というわけではなく、常に警戒しなければならないのだが、とはいえ、結界の存在は大きい。

 結界があるからこそ、衛星拠点で安逸あんいつむさぼることだってできるのだから。

 そんな衛星拠点の安穏あんのんたる日常が、緊急警報によって一変することもないではない。

 が、今回ほどの事態に直面したことは、過去、例がなかった。

「なんちゅー数やねん。いくらなんでも多過ぎやろ」

「五千体ですから」

「うちのたいちょーなら四千体まではらくしょーっす!」

「せやな!」

香織かおり……味泥杖長みどろじょうちょう……」

「なんや? ほんまのことやろ?」

「あの戦いは、おれひとりの力じゃないですよ」

「いいや、きみひとりの力やな」

 朝彦あさひこは、統魔とうまの発言を謙遜けんそんとは受け取らなかったし、彼が事実そのように認識しているのだと理解したものの、その認識こそが間違いだと言いたかった。

 大空洞での死闘のことだ。

 朝彦たちが四千体にも及ぶ幻魔の大群との激闘に勝利し、誰一人欠けることなく無事生還することができたのは、まぎれもなく、統魔の星象現界せいしょうげんかいがあればこそだ。

 統魔の規格外の星象現界があったからこそどうにかなったのであって、それがなければ、全滅していたとしてもなにひとつおかしくない。

 それほどまでの事態だった。

 もちろん、統魔の言いたいこともわからないではない。

 自分一人では戦い抜けなかったかもしれない、と、彼は思っているのだろうし、それも一部事実であるのかもしれない。

 しかし、朝彦には、とてもそうは思えなかった。

 あのときの統魔ならば、四千体の幻魔を殲滅せんめつし尽くしたのではないか。

 そんなことを言い合っている間にも、拠点南西の荒野を激走してきた獣級幻魔の大軍勢が、その圧倒的としか言いようのない陣容を見せつけてきた。

 起伏に富んだ地形を黙殺する幻魔たちの動きは、破壊的であり、俊敏だ。まさに怒涛であり、洪水となって大地を飲み込み、地形そのものを蹂躙じゅうりんしていくかのようだった。

 地上にはガルムやフェンリル、ケットシーなどが大量にいて、空中にはカラドリウスやアンズー、ヴィゾーヴニルなどが数多あまたといる。

 五千体もの幻魔の群れ。

 それらが身勝手に動き回っている様子が見えないのは、なにかしら強い意志が働いているからだろうし、だからこそ、この第七衛星拠点に向かってきているに違いない。

「他の衛星拠点も同様の事態に直面しているようだ」

「同様の事態?」

 統魔が思わず鸚鵡おうむ返しになってしまったのは、いつのまにか師匠がすぐ後ろに立っていたからだ。

「うわ」

「き、麒麟寺きりんじ軍団長?」

「なんだ?」

 麒麟寺蒼秀(そうしゅう)は、統魔の部下たちの反応が不思議でならなかった。

 これほどの緊急事態ともなれば、星将せいしょう自ら動くのは当然のことだろう。

 五千体である。

 いくらその大半が下位獣級幻魔とはいえ、上位獣級幻魔も数多く含まれていたし、機械型幻魔マキナ・タイプも混じっているとなれば、生半可な戦力では、手酷い結果に終わるだろう。

 殲滅することそのものは、決して難しいことではない。

 しかし、そのために部下たちに大量の血を流させるようなことがあっては、軍団長の名折なおれだ。

「あ、いや……相変わらず格好いいですね!」

「そうか」

 蒼秀は、香織の返答を受けて、統魔に目を向けた。弟子は、本荘ほんじょうルナを抱き抱えるようにしているのだが、それはある意味いつも通りといってもよかった。本荘ルナは、いつも統魔に甘えている。

 そして統魔は、そんな彼女を甘やかしている。

 それは、いい。

 それでルナが戦団の味方をしていてくれるのであれば、いくらでも甘やかしてやれば良いし、好きにさせてやればいい。

 ルナの正体がなんであれ、統魔のためという理由で戦団に力を貸してくれるのであれば、なにもいうことはなかった。

 ルナは、人間ではない。

 人間ならば絶命するような致命傷を受けても死ななかったし、手足が吹き飛ばされても瞬く間に復元して見せた。その生命力、再生力は、並の幻魔以上といっても過言ではなかったし、戦闘力もまた、並の魔法士とは比較にならないものだ。

 なにせ、星象現界をも発現して見せている。

 そんな彼女が敵に回ることのないようにこそ注意するべきであり、そのためならば統魔たち皆代みなしろ小隊が彼女を甘やかすことくらい、なんの問題もない。

 もっとも、統魔たちがそのような意図で彼女を甘やかしているわけではないということもまた、蒼秀は理解しているのだが。

 統魔が、蒼秀の視線に別の意図を感じたのか、頭を下げてきた。

「部下が失礼を」

「いつものことだろう」

「それもそうですが」

 統魔は、蒼秀の返事に苦笑しつつ、師匠の目が幻魔の大群に向けられるのを見て、視線を追った。

「下位獣級幻魔が三千、上位が千五百、機械型が五百だそうだ」

「うへえ……見てるだけでお腹いっぱいな気分」

「そして、この数は、ここだけだ」

「はい?」

「ほかの拠点は、二千体の幻魔と戦闘中だということだ」

 いうが早いか、蒼秀が歩廊ほろうから飛び出したものだから、統魔は、慌てて追いかけた。ルナを抱えたまま飛行魔法を唱え、雷光となって戦場へと向かう師の後を追う。

 統魔には、蒼秀の目を見ただけで、彼がなにを考え、何をしようとしているのか、はっきりとわかっていた。

 だから、後を追いかけたというわけだが、同時に、開戦の火蓋ひぶたが切って落とされていた。

 歩廊上に展開していた第九軍団の導士たちが、一斉に攻型魔法を行使したのだ。

 火球や氷塊、雷撃や光線など、様々な攻型魔法が、獣級幻魔の包囲網へと向かっていく。

 幻魔の大群も黙って見ているわけもない。

 大軍勢の前面に巨大な氷壁が出現すると、殺到した魔法攻撃の数々を受け止めてしまった。

 氷属性といえば、フェンリルの得意属性だ。魔法壁を展開したのが、フェンリルかフェンリル・マキナかは、わからないが。

 いずれにせよ、反応が早い。

「本部は、この襲撃をマモンと関連付けている」

「マモンと?」

禍御雷まがみかづち自体がマモンと関連している以上、それに伴う幻魔災害は全てマモンと関係していると見ていい。そして、マモンの目的は」

 蒼秀は、併走する弟子に目を向け、彼が抱き抱えたままの少女を見た。

 ルナは、朱の混じった黒髪を靡かせながら、前方を見遣っている。その横顔には一切の不安や動揺は見当たらず、戦士の顔つきといっても過言ではないだろう。

「マモンの目的は、特異点だ」

「はい」

 それは、統魔も理解していた。

 マモン自らそう宣言したのであり、だからこそ戦団は、特異点と名指しされた二人の導士を徹底的な監視下に置いた。

 いつ何時なんどき、マモンが行動を起こすのか、皆目見当も付かなかったからだ。

「わたしがいるから、なのかな?」

「なにが?」

「ここだけ幻魔の数が多いの」

「どうだろうな」

 蒼秀は、安易な明言は避けた。

 可能性としては考えられなくもないが、ほかにもいくつかの可能性が彼の脳裏のうりに過っていたからだ。

 そして、その可能性こそが、彼を滾らせている。

 怒り。

 この胸の内を焦がすような怒りが、蒼秀をして、最前線へと突き動かしていたのだ。

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