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第五十八話 絶望的

 控え室に戻った天燎てんりょう高校対抗戦部の面々は、それぞれに汗を拭い、あるいは着替えを済ませたりした。

 叢雲むらくも高校との試合は、凄まじい熱量であり、想像を絶する密度といってよかった。

 これまでの三試合とは、比較にならない。

 皆、想定外の消耗を強いられていた。

 試合に負けるのは仕方がないとしても、これ以上の失点は防がなければならず、そのために全力を費やした。幻闘げんとうのために余力を残さなければならないが、しかし、失点が増大しては意味がない。

 幻闘でどれだけの点数を稼げるのか、未知数なのだ。幻闘での逆転劇に期待しすぎた結果、大量失点した挙げ句、追いつけなくなっては意味がない。

 本末転倒も甚だしい。

 それ故、圭悟けいごは戦術を切り替え、陣形を組み替えた。

 それが功を奏した、といっていいだろう。

 天燎高校は敗北したが、一失点で終えることができた。全四試合で一失点は上々といっていい。得点は十二点だ。

「想像以上の強敵だったな、叢雲」

 圭悟は、いまだ汗が吹き出ている上半身を拭いながら、大きく息を吐いた。まさか、自分たちまで守備に回らなければならないほどの相手だとは、想定外どころの騒ぎではなかった。

「だからいったんだよ、叢雲は要注意だって」

 らんが控え室内に脱ぎ捨てられた競技用運動服を拾い集めながら、いう。

 各学校に割り当てられた控え室は、学校ごとに一室だ。そして更衣室も兼ねているのだが、控え室内にはしっかりとした間仕切りがあり、着替えなどの際に心配する必要はなかった。

 幸多こうたたち男子と、法子ほうこたち女子は、間仕切りに隔てられた状態で着替えているのだ。

「そうだね、蘭くんのいうとおりだったよ。草薙真くさなぎまこと。彼は凄かった」

 幸多は、実感を込めて、いった。

 叢雲戦の後半三十分、幸多は、草薙真に張り付き続けた。それが自分に与えられた役目なのだと把握し、実行に移したのだ。

 飛行魔法や移動魔法を自在に操り、広大な戦場を縦横無尽に駆け回る草薙真を追い続けるのは、さしもの幸多も骨が折れた。とはいえ、彼に星球せいきゅうを渡すわけにはいかなかった。それは、叢雲にとって得点する最大の好機を与えることになる。

 天燎から一点でも多く奪い取ろうというのが、叢雲の、草薙真の考えである以上、その得点源たる彼を抑え続けるのが、最低限、天燎の勝ち筋といえた。

 得点できなければ試合には負けるのだが、対抗戦の優勝を決めるのは総合得点である。

 閃球せんきゅうの一試合を落としたところで、大勢に影響はない。

 ただし、大敗を喫すれば、話は別だ。

 第一試合目に手にした大量得点による優位性が失われかねない。だからこそ、圭悟は後半戦に逆転を狙うのではなく、護りを固めるように指示したのだ。

 天燎高校の練度では、攻撃に力を割けば、守備に綻びが生まれるのは明白だ。そこをつけ込まれれば、大量失点する可能性があったのだ。

 圭悟の采配は、現状、天燎高校が取れる最良の選択だったのではないか、などと、幸多は思っていた。

 そして、その最良の選択に多少なりとも貢献できたのではないか、と、彼は自負する。

 叢雲高校が一点しか取れなかったのは、後半戦、幸多が草薙真に張り付いていたことも大きいはずだ。

「おう、皆代。おまえやっぱすげえよ」

 圭悟は、手放しで幸多を褒め称える。試合終了後、控え室に戻ってくる間もずっとそうだった。圭悟の目には、幸多の活躍は、光り輝いて見えていたし、天燎高校の希望そのものといっても過言ではなかった。

「まじでな」

「あんなの、どうやって張り付くんだって感じ」

「うんうん、凄すぎだよね」

「皆褒めすぎだってば」

 幸多は、なんだか照れくさくなって、笑い飛ばした。ここまで褒められることは、そうあることではない。

「皆がきみを賞賛しているのは、きみの働きがあればこその結果だからだ。素直に受け取りたまえ」

 間仕切りの向こう側から、法子がいった。

「は、はい!」

 幸多は、法子の言葉に大急ぎで頷いた。法子には反論するつもりもなかった。そもそも照れ隠しに過ぎないのだが、とはいえ、賞賛を真っ直ぐ受け取るのも大事だと思い直す。

 試合は負けたが、天燎高校対抗戦部の雰囲気は、最高と言っても良かった。


「次は、天神てんじん対星桜せいおうか」

 控え室内の幻板げんばんに大写しにされた戦場では、既に天神高校と星桜高校の選手たちが布陣しようとしているところだった。

 全員の着替えが終わり、間仕切りを取り払ったことによって、控え室が広く感じられた。

 全員が全員、思い思いの場所、格好で寛いでいる。

 幸多は、相変わらず法子と雷智の指圧師に専念していたが、幻板に流れる映像を見てもいた。

「どっちが勝ってもいいけど、大量得点だけは止めて欲しいところだけど……」

「星桜の連中、剛剣陣ごうけんじんか」

 亨梧の言葉通り、星桜高校の陣形は、剛剣陣と呼ばれるものだった。前衛に四人を並べる、超攻撃型の陣形である。後衛一人ということで守備は手薄になり、失点する可能性も高くなるため、諸刃もろはの刃ともいわれる。

 得点が欲しい場面でこそ用いられる陣形といっていい。

「星桜はいまのところいいところ一つもないからな。ここらへんで勝利のひとつくらい欲しいだろうさ」

「御影戦は惜しいところだったが」

 惜しいだけで勝てなければ意味がない、というのが、現状、星桜高校が置かれている状況だった。

 その点、天燎高校とは大きく違う。

 天燎高校には、総合得点的に見て、余裕があった。まず第一競技の競星けいせいで一位を取り、五点を得た。つぎに御影戦で大量得点を得たことで、総合得点に大きな上乗せをしている。

 これが、叢雲高校に負けても構わないという考えに繋がったのだ。

 しかし、星桜高校には、そんな余裕などあろうはずもない。競星は失格、閃球は三試合中二試合で敗れ、一試合を引き分けている。引き分けの勝ち点一だけが、星桜高校の総合得点なのだ。

 これでは、幻闘で大逆転劇を狙うにも、少々心許ない。

 天神との試合で一点でも多く奪い取り、試合に勝って、総合得点を積み上げたい、というのが星桜高校の考えているところだろう。

 もっとも、それは天神も似たようなものだ。御影との試合に勝ってこそいるものの、総合得点は低く、幻闘での逆転優勝に希望を繋ぐのであれば、是が非でも、ここで勝利したいところだろう。

 その天神高校は、前衛三人後衛二人といういつもの攻撃型陣形である。この陣形は、利剣陣とも呼ばれる。

 星桜と天神の試合は、まさに一進一退の攻防だった。

 前半戦、最初に得点したのは、星桜である。菖蒲坂隆司あやめざかりゅうじが星球を星門に叩き込み、会場を大いに沸かせた。

 すると、すぐさま天神の前衛、月島羅日つきしまらび水野瑠衣みずのるい、火村健司《

ひむらけんじ》らとともに星桜陣地を駆け抜け、連携によって星桜を翻弄、得点を決めた。

 両校一歩も譲らぬ激戦は、素晴らしい盛り上がりを見せた。

 前半戦を終えて、三対三の同点。

 後半戦に入ると、星桜はさらなる猛攻を仕掛けた。星球を奪っては果敢に攻め立て、立て続けに得点を重ねた。

 星桜、五点。

 一方の天神は、そこから一点をもぎ取るので精一杯だった。

 時間一杯となり、星桜が勝利した。

 が、戦場を後にする星桜の選手たちの表情には、勝利の喜びに浸っている様子はなかった。

「常勝校……なんだけどね」

「強いは強いが、叢雲ほどじゃあなかったし、順当だろ」

「そうだな。妥当な結果で面白くもなんともない」

「辛辣ねえ」

 法子の寸評には、雷智を始め、部員たちは苦笑するほかなかった。

 閃球二日目の第四試合が終わり、残すところ一試合となった。

「最後は、叢雲と御影の試合……か」

 運営員によって再度整備されていく戦場を眺めながら、圭悟がつぶやいた。

 閃球の試合は激しい魔法のぶつかり合いとなり、そのたびに戦場は大きく傷む。それ故、試合と試合の間には、整備が必要となるのだ。整備と入っても、修復が必要な箇所の立方体を消去し、魔具を用いて新たな立方体を作るだけのことではあるが。

 そうした作業が毎試合ごとに行われるため、必然的に大会そのものの時間が長引くこととなった。

 四試合を終え、決勝大会二日目の開始時刻から七時間以上が経過している。当然、正午ごろには昼休みということもあって、長めの休憩時間も挟まれている。

 時刻は、午後四時を回ろうとしている頃合いだった。

 日は傾きかけており、開放された天井から覗く競技場の上空は、そろそろ赤みを帯び始めようとしている。青ざめた空ともお別れの時間が近い。

 全種目が終わる頃には、夜になっていることだろう。

 決勝大会二日目とは、そういうものだった。

「……どうなるかな」

 不安そうな顔をしたのは、蘭だ。

「御影は雑魚、っていったのは、どこのだれだっけ?」

「えーと……」

 蘭が圭悟から目を逸らす。

「実際、雑魚だったな」

 とは、法子。御影を蹂躙じゅうりんした本人がいうのだから、間違いないし、異論も反論も許されない。

「その雑魚が、あの叢雲に善戦できると思うか?」

 圭悟の疑問に対し、だれもが難しい顔をして、回答を保留した。

 御影とも叢雲とも戦った天燎高校一同には、その力量差がはっきりと手に取るようにわかっていた。

 叢雲を大人とすれば、御影は子供といっていい。確かに個々の能力では、御影も悪くはない。だが、それは連携精度を度外視した場合の話だ。

 閃球は個人競技ではない。

 団体競技なのだ。

 ただ一人だけが奮闘すればいいというわけではないのだ。

 それは、先の試合を鑑みればわかることだ。

 叢雲は、草薙真個人の能力だけで成り立っているようなところがあった。守備に関しては、他の部員たちの能力が発揮され、連携もしっかりと取れていたが、攻撃面では、草薙真に頼りきりだった。

 結果、天燎の守備を突き崩すことができなくなり、得点を重ねることができなかった。

 突出した個人だけでは、団体戦を圧勝することなど、そうあることではない――が。

「……なんだよそれ」

「十点とは卑怯な」

「十二点とって先輩がいえたことじゃあないでしょ」

「しかし、だな」

 法子が言い訳を考えている間にも、幻板に映し出された閃球の戦場が、運営員によって分解されていく。それぞれが手にした魔具へと収まり、回収されていく様は、奇術のようであり、奇跡のようであり、やはり魔法そのものだ。

 第二種目閃球の全試合が、今まさに終わったからだ。

 そして叢雲対星桜の試合は、叢雲の圧勝で幕を閉じた。

 それこそ、一日目第一試合の再現とでもいうかのような一方的な展開だった。

 しかし、天燎対御影の試合とは大きく異なったのは、会場の盛り上がり方だろう。

 当初こそ、草薙真が得点するたびに大歓声が上がったものだったが、試合が一方的になり、御影が精彩を欠くようになってからは、歓声は小さくなっていった。

 叢雲が今大会における強豪校というのも大きいだろう。

 万年最下位の弱小高校と見下されていた天燎とは、端から立ち位置が違うのだ。観客の見方も、当然大きく異なる。

 とはいえ、叢雲を応援している人達もいて、そういった人達の歓声は、草薙真が活躍するたびに大きく、強く、激しくなった。

 叢雲の応援者にとっては、草薙真はまさに英雄めいた存在に見えたことだろう。

 叢雲の大勝利にもっとも貢献したのは、草薙真なのだ。

 それは紛れもない事実だった。

「なんつうか、やべえな」

 圭悟が、絶望的な顔をして、告げた。

 幻板に映し出された現在の総合得点が更新されたのだ。

 最下位は御影の二点、天神と星桜が三点で並び、天燎の総合得点は十四点の二位だった。

 一位は、叢雲の二十二点である。

 その差は、八点。

 絶望的とは言えないはずだが、幸多たちは、草薙真にしてやられたような気分にならざるを得なかった。

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