第五百八十七話 銀河の守護者(四)
銀河守護神《G・ガーディアン》は、全長数十メートルの巨人だ。
数十メートルというのは、その身長自体を照彦の意志で由に変更することができるからだ。
身長の最高記録は、五十メートルである。それ以上は星神力《せいしんろyく》が持たなかったし、仮に実現できたとしても、戦闘行動を取る前に霧散してしまうのではないかと思えた。
銀河守護神は、見ての通り化身具象型の星象現界なのだが、銀河守護神が規格外といわれるのは、やはり、その巨大さにこそあるだろう。
銀河守護神の白金色の光を帯びた巨躯は、超高密度の星神力の塊である。
よく見れば、全身に薄い装甲を纏い、その胸部に宝玉が輝いているのがわかる。見開かれた双眸は、常に光を発しており、その光の強さは、全身の光度よりも強烈だ。
故に、銀河守護神が、大怪獣たるベヘモスを睨んでいるようにも見えた。
『軍団長、さ、さすがです……!』
「本番は、これからですよ」
『は、はい……!』
情報官の声が上擦って聞こえたのは、窮地を脱した興奮だけでなく、銀河守護神を直接目の当たりにすることが出来たことへの歓喜が入り交じっていたからだ。
銀河守護神を実戦で用いることというのは、ほとんどない。
あまりにも巨大すぎて、央都防衛には全く向かないし、かといって衛星任務においても、星将自らが出向き星象現界を使う場面というのは、あまりにも限られている。
第九軍団がダンジョン・大空洞で直面したような事態でも起きなければ、星将に出番はない。
周囲の〈殻〉から大軍勢が攻め込んでくるような状況でもあれば、活躍の機会もあるのだろうが。
(それが、これですか)
照彦は、多少、苦い顔をしながらも、ベヘモスの重く強烈な咆哮を聞いた。大地を揺らすほどの大音量は、それだけで強力無比な魔法であり、周囲の獣級幻魔を吹き飛ばしながら衛星拠点を攻撃してきていた。
凄まじい破壊音が鳴り響き、合性魔法による魔法壁に巨大な亀裂が走ると、立て続けに殺到する魔法攻撃の数々が、次々と結界に直撃し、致命的な一撃を叩き込んでいく。
そして、魔法壁が崩壊すると、第十衛星拠点が丸裸となった。
幻魔の大軍勢の一斉攻撃は、止まない。
しかし、照彦は、全く動じなかったし、拠点内の他の導士たちも一切動揺していなかった。
誰もが光の巨人を仰ぎ見ていて、その圧倒的な神秘性を前にしてあらゆる不安から解放されていたのだ。
星将が星象現界を発動したという時点で、勝利はこちらのものだ、という感覚が戦団の導士たちにはある。
少なくとも、鬼級幻魔が相手でなければ、負ける理由がないのだ。
あの超特大の機械型ベヘモスを前にしても、無数の幻魔の猛攻がいままさに自分たちに殺到しているのだとしても、一切、身の危険を感じなかった。
そして、その感覚は、全く以て正しかった。
銀河守護者は、拠点の中に立っている。その巨大さ故に、ただ立っているだけで足下や周囲に多少なりとも損害をもたらしてしまうのが、照彦の星象現界の弱点であり、欠点であり、難点だ。
使いどころが限られている。
たとえば、ダンジョン内で鬼級幻魔と遭遇することがあったとしても、咄嗟には使えないだろう。
事実、狭い空間での戦闘には完全に不向きだったし、このような開けた空間でこそ銀河守護者は本領を発揮するのだ。
四方八方から殺到する魔法攻撃の数々に対し、銀河守護者は、わずかに構え、光を発した。神秘的な白金色の光は、一瞬にして衛星拠点を包み込んでしまうと、全周囲からの攻撃の全てを跳ね返して見せた。
受け止めたのではない。
跳ね返したのだ。
「零式光衣《Z・ローブ》」
照彦は、銀河守護者が用いた魔法をつぶやくと、視線を巡らせた。
彼の目線は、いま、銀河守護者と完璧に一致している。
つまり、遥か眼下に広大な魔界を見渡しているのであり、無数の幻魔が蠢き、あるいはのたうち回っている様を見ているのだ。
のたうち回っているのは、先程、ベヘモスに踏み潰された幻魔たちだ。大半が生き残っているのは、さすがは魔晶体というべきだろう。
幻魔が死ぬには、魔晶核を破壊される以外にはなかったし、魔晶核を破壊するには魔晶体を突破しなければならない。
魔晶体は、物理的な衝撃には極めて強い。
いくら何倍にも膨れ上がった超特大質量とはいえ、その重量だけで魔晶体を破壊できるわけもなかったということだ。
それでも多少なりとも負傷している幻魔がいるのは、魔晶体同士ならば、ある程度の打撃が通るということなのだろうが。
幻魔は、超高密度、超高濃度の魔力の結晶である。魔晶体と呼ばれるように、その肉体には常に膨大な魔力が流れているのだ。
つまり、ただの打撃が、魔法攻撃と同等のものだとしても不思議ではない。
そして、ベヘモスがその巨躯を持ち上げたのは、踏み潰した幻魔たちを開放するためなどではなく、銀河守護者と戦うためだということは、その砲塔にも似た全ての突起物が、銀河守護者に向けられたことからもわかった。
一方の銀河守護者は、といえば、照彦の意識との同調によって制御されていることもあり、ベヘモスだけではなく、全ての幻魔を一瞥していた。
未だ、獣級幻魔が下位から上位まで多数、健在だ。
数多くの幻魔が彼の部下たちによって撃破されているはずなのだが、それでも大量に生き残っている。
中でも注意するべきは、ベヘモスを筆頭とする機械型幻魔だろう。
いずれもが、ベヘモスに触発されたかのようにコード666を発動し、漆黒の装甲に全身を覆われていた。全身に走る紅い光線は、血管のようであり、機構を流れる魔力のようでもある。
赤黒い光を放つ目は、幻魔に共通するものだが、機械型のそれは、より禍々しく、異形感が漂っている。
異形もまた、全ての幻魔の共通点ではあるが。
そんな怪物の群れを見回して、最後にベヘモスを見遣る。
他の怪物たちと一線を画する巨躯を誇るのが、大怪獣ベヘモスだ。
元来、ベヘモスとリヴァイアサンという上位獣級幻魔だけが、超特大質量などと呼ばれ、特別扱いされているのは、最初にその存在が認識されたときから、他の幻魔とは比較にならないほど巨大だったからだ。
しかも、その巨体に相応しいだけの魔素質量を持っていたものだから、妖級並の強敵と認定されるのも当然だっただろう。
一部では、ベヘモスとリヴァイアサンは、妖級に分類するべきではないか、という声すらあったという。
この戦場には、リヴァイアサンもいるのだが、超特大ベヘモスと比べると、大人と子供の差くらいはあった。
そんな大怪獣に対し、照彦は、光の巨人そのものとなって立ち向かった。拠点に大損害をもたらすほどの跳躍によって戦場へと飛び込めば、それだけで多数の獣級幻魔が瀕死の重傷を負うか、絶命する。
無数の断末魔が、死の大地に響き渡った。
そして、その瞬間、拠点への攻勢は止んだ。
星神力の塊が、一足飛びに移動したからだ。
照彦が銀河守護者となって飛び出したのには、そういう理由もあった。
幻魔の習性、本能は、余程強力な命令がない限り、揺るがない。
より大きな魔素質量にこそ、幻魔はその意識を割いてしまう。
だからこそ、照彦は、銀河守護者となって戦場に突貫し、獣級幻魔を踏み潰しつつ、真っ先にリヴァイアサンの巨躯に右手を叩きつけたのだ。
「輝刃交差《X・スラッシュ》」
眩く輝く右手は、それそのものが光の刃となり、リヴァイアサンの巨躯に×字型の斬撃を刻み、魔晶体をばらばらにした。さらに止めの光線と叩き込み、魔晶核を粉砕して絶命させる。
光線は、周囲の幻魔をも巻き込み、多数の幻魔が同時に蒸発した。
ベヘモスが、吼えた。
その巨躯から生えた突起物からどす黒い魔力が噴き出したかと想うと、砲弾の雨が光の巨人に襲いかかった。
やはり、あの突起物は、砲塔だったのだ。