第五百八十五話 銀河の守護者(二)
「なにも恐れることはありませんよ、皆さん」
照彦は、自らの攻型魔法がガルムの群れを吹き飛ばしたのを確認しながら、幻魔たちが怒号を上げ、律像を展開する様を見た。
既に第十衛星拠点は、防型魔法による魔法壁が張り巡らされており、生半可な攻撃では傷つけることも困難な状態になっている。
その防型魔法とは、照彦が鍛え上げた導士たちによる合性魔法だ。
第十衛星拠点は、今、まさに難攻不落の要塞と化したといっても過言ではあるまい。
だから、というわけではないが、照彦は、周囲の新人導士たちに話しかけるのだ。
「確かに敵の数は多く、機械型なる新種の幻魔も混じっています。しかし、ここにはぼくがいます。ぼくが、皆さんを護る盾となり、敵を払う杖となるのですから、皆さんは思う存分、戦ってください。そして、存分に戦功を上げてください」
「はっ、はいっ!」
「ま、任せてください!」
「うおおおおお! やってやるぞおおお!」
先程までは、緊張と不安で押し潰されそうだった新人導士たちだったが、照彦の演説を聴いた瞬間、心を縛るあらゆる力から解放されたようだった。
照彦の実力を目の当たりにしたことも、関係しているだろう。
だからこそ彼は、開戦の火蓋を切る一撃を放ったのだ。
言葉よりも行動で示すことが重要な場面がある、ということを彼はよく知っていた。
『さすがは軍団長。人を乗せるのが上手い』
「それ、褒めてます?」
『褒めてますよ。わたしだって、軍団長に乗せられまくった挙げ句にこの有り様ですから』
「どういう意味なのでしょう?」
『ふふふ、秘密です』
亞里亞からの返答は要領を得ず、彼はきょとんとしたが、そうしている間にも第十拠点の導士たちが、次々と魔法を発動させていた。
既に幻魔の大軍勢との距離は、戦闘距離に入っている。
魔法士の戦闘距離は、魔法士によって多少の違いはあるものの、たいていの場合、かなりの長距離となる。
数十メートルどころではない。
数百メートル、あるいはその十倍以上の距離感で戦闘を行う魔法士だって存在するのだ。
照彦が、そうだった。
この戦いの口火を切った彼の光属性魔法は、超長距離射程の攻型魔法だ。数キロメートル先の対象を攻撃することだって可能だったし、直撃後の爆発によって広範囲の敵を巻き込むこともできた。
獣級幻魔の大群との距離は、それよりももっと近いため、照彦にとってはもはや目前といっても過言ではない有り様だったが、それくらいでなければ新人導士たちを戦闘に参加させるのは難しいと考えた末のことだ。
照彦は、他の拠点の軍団長のように、たったひとりであれだけの数の幻魔を斃そうなどとは考えなかった。
それは、確かにもっとも安全で確実な防衛手段だ。
なにせ、当該拠点における最高戦力が事に当たる上、星象現界を発動しているのだから、負けるわけがなかった。たとえ二千体であろうとも、獣級幻魔如きに負ける星将ではない。
油断さえしなければ、だが。
相手が、たかが最下級の霊級幻魔であっても、油断だけはしてはならない。
そんなことをすれば、たとえ星将であろうとも、命を落とすことだってありうるのだ。
もっとも、戦団の歴史上、そんな不様な死に方をした星将は一人としていないのだが。
「星将の皆さんはどうしてこうも我が強い方ばかりなのでしょうね?」
『それ、口に出さないほうが良いやつです』
「聞こえるように言ったんです」
『軍団長……』
「考えてもみてください。あれだけの数の獣級幻魔を相手に戦える状況なんて、そうそうあるものではありませんよ」
『それは……その通りですが』
亞里亞は、内心、冷や冷やしながら照彦の発言を聞いていた。
拠点間の通信には、当然、レイライン・ネットワークが使われている。
そして、レイライン・ネットワークは、ノルン・システムによって完璧に近く掌握されている。当然、二人の会話は、全て、女神たちに聞かれていると考えていい。
亞里亞が懸念するのは、丁寧な口調のわりにずけずけと持論を展開することに定評のある照彦が、戦団上層部への批判とも受け取られかねないことを言い出さないかということだ。
亞里亞が口を酸っぱくして彼の独り言を注意するのも、照彦の想わぬ独り言によって、周囲の人間との間に不和が生じる可能性を考慮してのことだ。
照彦が仲間想いだということは、亞里亞や杖長たちにはわかりきっていることだが、しかし、彼のことをよく知らない人達からすれば、どうだろう。
不快に思うだけならばまだしも、人格を疑われるようなことだってありうるのではないか。
もちろん、そんなことで星将にまで上り詰めた彼の実績が覆ることもなければ、星将の座から引きずり下ろされることもないのだろうが。
それでも、と、亞里亞は、考えてしまうのだ。
もし万が一にでも照彦が第十二軍団長でなくなるようなことがあれば、自分はどうすればいいのか、と。
彼を慕う杖長たちも、皆、同じ考えだった。
しかし、照彦には、そんな亞里亞たちの想いは伝わっていない。
照彦は、道理を説いているつもりだ。
「実戦ほど導士としての実力を高める方法はありませんし、実戦ほど糧になるものもありません。確かに、数はあまりに多く、あれらと正面衝突すれば、多少の損害では済まないでしょう。しかし、そんなものを恐れていては、いつまでたっても人類復興などできるわけがない、と、ぼくは想いますね。それになにより、皆さんに戦功を稼いでもらいたいですからね」
『軍団長がそこまで仰るのであれば、わたしからいうことはなにもありませんが……一つだけ、約束してください』
「はい、なんでしょう?」
『そうまでして我を通そうというのであれば、第十拠点の誰一人として失わないこと。それだけです』
「はい?」
照彦は、思わずきょとんとしながら、敵陣に次々と降り注ぐ魔法弾の数々を見ていた。
防護壁の歩廊から衛星拠点の四方八方へと放たれる魔法の数々が、獣級幻魔を一体、また一体と撃破していく。
大攻勢だ。
普通ならば誰がどの幻魔を撃破したのかなど、検証するのも簡単なことではないだろうが、魔法には残留魔素というものがある。
幻魔の死骸に残留した魔素を解析すれば、誰がもっとも致命傷となる攻撃を叩き込んだのか、すぐに判明するのだ。
もちろん、これだけの数の幻魔の死骸を解析するには、多少の時間を要するだろうし、すぐさま戦功が反映されることもないだろうが。
『軍団長?』
「いえ、当たり前のことをいうものですから、少々面食らいまして。もちろん、皆さんのことは、ぼくが守り抜いて見せますよ」
照彦は、亞里亞に対しそう断言すると、新人を含めた第十二軍団の導士たちが懸命に戦っている様を見回した。
第十拠点を囲う防護壁の各所から攻型魔法が放たれ、四方から襲来する幻魔の群れを迎え撃っている。
当然、幻魔側からの攻撃も、凄まじいものである。
特に機械型幻魔の攻勢たるや、筆舌に尽くしがたいといっても過言ではあるまい。
ガルム・マキナが頭上に巨大な火球を発生させれば、無数の熱光線を拠点に向かって発射して見せ、フェンリル・マキナが直線上の地面を凍結させれば、そこから物凄まじい吹雪を巻き起こした。
アンズー・マキナの雷撃の嵐も、ケットシー・マキナの水球の雨霰も、カラドリウス・マキナの猛毒の霧も、全てが致命的な攻撃であり、直撃を受ければただでは済まないものばかりだった。
第十衛星拠点を護る合性魔法の防壁に亀裂が走ったのも、必然といってよかっただろう。
それほどまでの猛攻だったのだ。
だから、照彦は、部下たちの健闘を讃えながら、みずからは魔力を星神力へと昇華し始めたのである。