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第五百八十三話 紅蓮の魔女(六)

 まことは、全周囲ぜんしゅうい幻魔げんまたちが一点にその意識を割く瞬間を目の当たりにした。

 もはや、真の存在など無に等しく、黙殺され、無視されていた。

 それもそのはずだ。

 真のすぐ真後ろで、超密度ちょうみつど魔素質量まそしつりょうが出現しようとしていたのだ。

 真は、ガルム・マキナの変貌へんぼうを見つめながら、その一体に意識と攻撃を集中させなければならず、故にこそ、多少の理不尽りふじんさを感じていた。

 この状況ならば、背後を振り返り、鑑賞かんしょうしていても問題ないのではないか。

 たとえ真がガルム・マキナの相手をせずとも、彼の師が全てを灰燼かいじんと帰してしまうことはわかりきっているからだ。

 だが、そんなことをすれば、後で火倶夜かぐやからとんでもない大目玉を食らうこと間違いなしだ。

 戦場では、戦いに全神経を集中させるべきであり、なにかを考えるのは戦いが終わってからにするべきだ――火倶夜は、常に真にそう言い聞かせてきた。

 そう、火倶夜は、いままさに戦いのことしか頭になかった。

 だから、星象現界せいしょうげんかいを発動したのだ。

 全身に満ちた魔素を魔力へと練成し、さらに超密度に凝縮ぎょうしゅくすることによって星神力せいしんりょくへの昇華しょうかを起こす。

 火倶夜と真の師弟を包囲する幻魔の群れは、いまだ千体を遥かに凌駕りょうがする数が健在であり、しかも、機械型幻魔マキナ・タイプは、火倶夜の猛攻に耐えかねたのか、大きく変貌していた。

 いわゆる、コード666という奴だ。

 人型魔動戦術機ひとがたまどうせんじゅつきイクサに搭載された変身機能は、機械型幻魔に引き継がれ、禍御雷まがみかづちにも受け継がれていたという話だが、それによって引き起こされるのは、凶悪無比な幻魔災害であることに疑いはない。

 ただでさえ凶悪な機械型がさらにその力を増大させるのだから、さっさと手を打つべきだった。

 でなければ、真への負担が大きすぎる。

 火倶夜は、この二ヶ月余りの間、弟子として育成してきた真には、魔法士としての才能を溢れるほどに感じていたし、だからこそ、この地獄のような戦場に師弟二人で挑むことにしたのだ。

 それそのものは間違いではないと胸を張って、いえる。

 火倶夜が今の自分になれたのは、それこそ、地獄そのものの戦場を経験し、死線を潜り抜けてきたからにほかならない。

 この死線は、真の将来にとっての大いなるかてとなるに違いない――そう確信し、彼女は、愛弟子まなでし一人を連れて飛び出してきたのだが、さすがに数が多すぎた。

 しかも、機械型幻魔が想定していた以上に強敵だった。

 少なくとも、天輪てんりんスキャンダルで戦った人型魔動戦術機とは比べものにならない。

 イクサがコード666を発動して、ようやく、通常形態の機械型幻魔に並ぶのではないかと思えるほどだった。

 そんな機械型がコード666を発動してしまった。

 となれば、真が苦戦するどころか、命の危機にすら直面するのではないか。

 無論、火倶夜が真を守りながらこの数の敵を殲滅せんめつすることは難しいことではない。

 火倶夜は、星将せいしょうだ。

 星光せいこう級の導士にして、戦闘部第十軍団長。

 戦団最高峰の魔法士であり、戦団最高火力。

 それが自分だ。

 この程度の幻魔など、取るに足らない相手なのだ。

 だからといって、油断は禁物だ。

 どのような幻魔が相手であっても、わずかな気の緩みが致命的な結果を招き兼ねない。

 火倶夜のような星将であっても、だ。

 だから、火倶夜は、全身全霊を込める。

 火倶夜の全身に星神力が満ち、紅蓮の炎の如き髪が揺らめけば、千草ちぐさ色の瞳の奥に〈星〉がきらめき、超高密度の律像りつぞうが展開する。

百弐式ひゃくにしき紅蓮単衣鳳凰飾ぐれんひとえほうおうかざり

 火倶夜が真言を唱えた瞬間、その全身から莫大な星神力が解き放たれると同時に、律像もまた全周囲へと拡散していった。

 さながら超新星爆発が起きたかのようだった。

 彼女に意識を集中させていた周囲の幻魔たちが一瞬気圧されたのは、その圧倒的としか言いようのない魔素質量にこそ、だろう。

 そして、星象現界が発動し、紅蓮の猛火が火倶夜の全身を包み込む。燃え盛る星神力の炎によって編み込まれていく絢爛豪華けんらんごうかたる衣こそが、火倶夜の星象現界である。

 朱雀院流魔導戦技(まどうせんぎ)百弐式紅蓮単衣鳳凰飾。

 長大な正式名称に相応しい武装顕現型ぶそうけんげんがたの星象現界は、まさに紅蓮の猛火を衣の如く身に纏うものであり、熱と光を帯びた装身具の数々がその全身を美々しく飾り立てている。

 鳳凰飾の名の通り、想像上の鳳凰を連想させるような星装でもあり、炎の翼のような光背からは長い尾羽が伸びていた。

 荘厳さと威圧感を兼ね備えた姿は、何度見ても惚れ惚れするくらいに美しく、圧倒的だ。

 真は、一瞬だけ星象現界発動の瞬間を見ようとして、そのまま火倶夜に見惚れ続けていた。

 天から舞い降りた女神のような姿だった。

 しかも、ただの女神ではない。

 地上に蔓延つのる幻魔という厄災を討ち滅ぼすために降臨した戦女神である。

 常に燃え盛っている炎の衣は、触れるだけで幻魔を調伏しそうに思えたし、実際、その通りに違いなかった。

「さて、ここからが本番よ」

 火倶夜は、現実世界で星装せいそうを纏う感覚を久々に味わいながら、告げた。

 周囲の幻魔たちも態勢を立て直していたし、機械型幻魔などは、変貌を終えている。

 一部が機械的な装甲に覆われていた程度だったのが、今や、全身が漆黒の装甲に覆われ、赤い光跡を体中に走らせている。赤黒い眼光は、より鋭く、凶悪なものとなり、魔素質量も爆発的に増大しているのが感覚として理解できる。

 だが。

漆式しちしき灼鳳舞しゃくほうぶ

 火倶夜が真言を発した瞬間、背後に浮かぶ光背の翼が大きく広がり、全周囲に向かって火炎を撒き散らした。

 通常ならば、ただの火属性の全周囲攻撃だが、星象現界中である。

 ばら撒かれた炎は、星神力によって紡がれた炎であり、それらは、火倶夜と真の周囲の幻魔だけを飲み込み、爆炎となって膨れ上がった。

 下位獣級幻魔など、わずかに触れただけで致命傷となり、憎悪に満ちた叫びを上げたが、それは生き残ったわずかばかりであり、まともに直撃を受けた幻魔の大半は一瞬にして灼き尽くされて灰と化した。

 真は、火倶夜の星象現界の相変わらずの破壊力に言葉を失うほかなかったが、とはいえ、意識を自分の的に向けるべきだと考え直した。

 見惚れている場合ではない。

 ここは戦場だ。

 どのような状況であっても、そんな瞬間などありえないのだ。

 戦いが終わるまでは、敵に意識を集中し続けるべきであり、真は、七支霊刀しちしれいとうを手元に呼び戻すと、ガルム・マキナの背部から伸びてきた炎の触手を切り裂いた。

 その間にも、火倶夜の猛攻は、苛烈さを増す一方である。

 星装を纏った火倶夜が歩けば、それだけで星神力の炎が広がり、周囲の幻魔を灼き焦がしていく。

 魔法に属性があるように、幻魔にも属性がある。

 ガルムは、全身から炎を噴き出した見た目からわかるとおり、火属性を得意とする、故に、本来ならば火属性の魔法攻撃などほとんど通用しない。

 実際、真の七支霊刀も、ガルムやガルム・マキナ相手には、真価を発揮しなかった。しかし、ガルム系以外の幻魔には、その火力を存分に発揮し、数多のカラドリウスを撃ち落とし、アーヴァンクやケットシーを蹴散らしている。

 属性相性とは、そういうものだ。

 だが、火倶夜はといえば、わずかに手で触れるだけでガルム・マキナの装甲を融解させて見せると、ガルム・マキナの炎の触手や、火球が発射する無数の熱光線をも、星装の炎で灼き尽くした。

 炎を灼く炎。

 それこそ、火倶夜の星象現界・紅蓮単衣鳳凰飾の能力の一端なのだ。

 火倶夜は、鳳凰の尾羽でもってガルム・マキナの巨躯を雁字搦めにすると、そのまま全身を灼き尽くして見せた。

 さらに翼を羽撃はばたかせると、羽根が舞い散った。

 輝く炎の羽根は、一枚一枚が超密度の星神力の塊であり、火倶夜に殺到した無数の魔法を自動的に迎撃し、凄まじい爆発を連鎖的に引き起こした。

 爆発に次ぐ爆発は、周囲の幻魔たちをも飲み込み、あっという間に百体以上の幻魔が消し飛んでいく。

 真は、そんな火倶夜の戦いぶりを一目見たいと想いながらも、目の前のガルム・マキナと戦っていた。

 決して相性の良い相手ではない。が、相性が悪い相手でもない。

 属性の関係からこちらの攻撃が通用しにくいということは、相手の攻撃もまた、こちらに通用しにくいということでもあるからだ。

 またしても爆発が起きた。

 今度は、火倶夜がフェンリル・マキナを蹴り飛ばしたことによって起きた爆発であり、機械型幻魔の巨躯が粉微塵になって吹き飛びながら、さらなる爆発をばら撒いていく様は、圧巻というほかなかった。

 火倶夜が星象現界を発動したことによって、戦況は一変した。

 地獄は、火倶夜と真にとってのものではなく、幻魔たちにとってのものとなったのだ。

 火具夜が紅蓮の魔女と恐れられる所以が、そこにある。


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