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第五百八十一話 紅蓮の魔女(四)

 爆炎が渦を巻き、幻魔げんまの群れが四方八方に吹き飛ばされていく様は、壮観そうかんというほかなかった。

 圧倒的な魔素質量まそしつりょうから繰り出される火属性攻型魔法ひぞくせいこうけいまほうの数々を目の当たりにすれば、誰もがそう想うだろうと確信する。

(師匠こそが戦団最強の矛だ)

 まことは、自身の攻型魔法が複数の下位獣級幻魔を焼き払い、七支霊刀しちしれいとう熱光線ねつこうせんの乱射によってガルム・マキナを制圧し続けている中にあっても、想わず、師の戦いぶりを見ようとしてしまうのだ。

 朱雀院火倶夜すざくいんかぐやは、圧倒的だった。

 二千体もの獣級幻魔、機械型幻魔マキナ・タイプの大軍勢の真っ只中にあって、集中砲火を浴びているのは、当然ながら、火倶夜である。

 獣級以下の幻魔は、多くの場合、本能に従って行動する生き物だ。

 妖級以上の幻魔ともなれば、人間と同等かそれ以上の知能を有しているがために、本能以上に理性が働くことが多く、状況に応じて戦い方を変えることも少なくない。

 しかし、この場にいる幻魔は、獣級幻魔ばかりである。

 機械型幻魔は、能力そのものとしては獣級を遥かに陵駕りょうがしていたし、知能もそれなりに高いことは、その戦い方を見ていればわかるものだが、しかし、所詮は獣級を元に改造を施した存在に過ぎない。

 幻魔の本能には抗えないのか、大半が、火倶夜の存在にその意識を奪われているようだった。

 火倶夜の全身に満ちた膨大ぼうだい極まる魔力が、幻魔たちを引き寄せている。

 故に、火倶夜は凄まじいまでの集中砲火に曝されていて、真への攻撃というのは、真が攻撃した幻魔が反撃として行うものが大半だった。

 あるいは、火倶夜への攻撃の流れ弾か。

 真として困るのは、流れ弾のほうである。

 自身への攻撃というのは対応もしやすいものだが、流れ弾は、意識の死角から飛び込んでくることもあって、彼が今現在、多少の手傷を負っているのはそのためだった。

 相対する幻魔から攻撃を受けたことは、一切、ない。

 火倶夜の圧倒的な戦いぶりを間近で見たいという欲求に抗いながら戦っているにもかかわらず、だ。

 圧倒的。

 火倶夜を現すのに、それ以上相応しい言葉はないだろう。

 そして、戦団最高火力という言葉もまた、彼女にこそ、相応しい。

 真は、元来、伊佐那麒麟いざなきりんの大ファンだったということもあり、戦闘部十二軍団長の中では伊佐那美由理(みゆり)贔屓ひいきしていた。

 美由理が麒麟にとっての愛娘であり、麒麟の薫陶くんとうを受けて育った魔法士であるという事実が、真の中ではなによりも重要な事実だったし、美由理自身の魔法士としての実力の高さも無関係ではない。

 麒麟の薫陶を受けた導士といえば、戦団に所属する導士の大半がそういっても過言ではないのだが、しかし、直接の指導を受けられるのは、家族、親族になるだろう。

 十代の頃、養子として伊佐那家の一員となった美由理が、戦闘部導士の中で、誰よりも深く、麒麟の教えを受けていると想うのは、部外者の一般市民の視点ならば当然のことだった。

 火倶夜が麒麟に師事していたという事実が明らかになっていたとしても、だ。

 火倶夜は、伊佐那家に次ぐ魔法の名門である朱雀院家の人間である。

 朱雀院家の人間は、大抵、火属性の魔法を得意として生まれる。

 得意属性が親から子へと遺伝し、受け継がれていくというのは、魔法科学によって明らかになっている事実だが、朱雀院家の場合は、特にその特性が色濃く受け継がれていることで有名だ。

 また、朱雀院家は、伊佐那家の分家である。

 伊佐那家の祖にして偉大なる魔法士・伊佐那美咲(みさき)の五人の子供たちが、伊佐那本家と四つの分家を受け継いでいった。

 そういう意味においては、火倶夜と麒麟の繋がりは、麒麟と美由理のそれよりも深いところにあるのだが、しかし、火倶夜は火属性であり、実の母である火留多かるたや祖母・火流羅かるらに魔法を学び、育ったことでも知られている。

 実際、火倶夜が用いる魔法の流派は、朱雀院流と呼ばれる火属性に特化した流派なのだ。

 故に、火倶夜よりも麒麟を贔屓にしてしまっていたのが、過去の真である。

 しかし、いまとなっては、とんだ間違いだったと想わざるを得ない。

 真は、火倶夜もまた、幼い頃から麒麟に魔法を学んでいたという事実を彼女の弟子となって初めて知り、彼女がどれだけ麒麟を慕い、その薫陶こそを胸に刻み、導士として数多の戦場を潜り抜けてきたのかを知った。

 火倶夜によって麒麟という魔法士の解像度が上がったことは、真にとっても予期せぬ出来事だったし、彼女から麒麟についてなにか語られる度に、内心興奮したものだったが、それ以上に己の師匠について、考えを改めさせられたものだった。

 火倶夜が戦闘部十二軍団長でも突出した魔法技量の持ち主であることは、師弟の契りを交わす以前から知っていたし、央都市民の多くが認識している事実だろう。

 光都事変こうとじへんの英雄、五星杖ごせいじょうの一人であり、戦団を代表する魔法士でもあるのだから、当然と言えば当然かもしれない。

 中でも火倶夜は、攻型魔法の破壊力に長けているとされた。

 事実、火倶夜の攻型魔法は、絶大な破壊力を誇っていたし、単純極まりない火属性魔法が機械型幻魔を一撃で半壊させる有り様を見れば、彼女を破壊者と呼びたくなる導士たちの気持ちもわからないではない。

(破壊者……)

 真は、目の前の獣級幻魔との戦いに集中しながらも、背後に向き直り、師匠の戦いぶりをじっくり観察したい衝動に駆られていた。

 できるならば、火倶夜と共に戦うのではなく、火倶夜と幻魔の戦いを観戦したかったというのが、いまの彼の率直な感想だった。

 本音である。

 師弟なのだ。

 このような状況は、今後、いくらでも生まれ得るだろう。

 ならば、師の教えを頭と体と心、そして魂に叩き込んでいる今こそ、火倶夜の戦いぶりをその目に焼き付けておくべきなのではないか。

 無論、この戦闘は、超小型戦場撮影機ヤタガラスによって撮影されており、後で見直せばいいのだが、心情的には、そういう問題ではなかった。

 ようやく火倶夜の魔法技量の凄まじさを知り、彼女の大ファンになったという状況で、その破壊者の如き圧倒的な戦闘を生で観戦できないのは、あまりにも勿体ないのではないか、と、想ってしまう。

 せっかく火倶夜のすぐ側にいるというのに、そちらに目を向けることが許されないのだ。

 そんなことをすれば、真を敵視している幻魔の攻撃を受けることになるだろうし、火倶夜に叱責されること間違いない。

 いくら最強の星将がいるからといって、そちらに意識を割けば、当然、己の命を危険に曝すことになる。

 それは、火倶夜の教えに反することだ。

 だからこそ、真は、一刻も早くこの戦闘を終わらせたいと想うようになっていたし、拠点に戻り、この戦いの記録映像を見たいとも考えていた。

 またしても、爆炎が舞い上がった。

らちが開かないわね」

「そうですか?」

 不意に火倶夜が漏らした一言に対し、真は疑念を抱かざるを得なかった。

 相手は、二千体もの獣級幻魔、機械型幻魔の混成軍だ。

 戦力としては圧倒的だったし、そんなものが央都の真っ只中に放り込まれれば、それこそ、央都史上最悪の大規模幻魔災害として、多数の犠牲者を生むことになるに違いない。

 それほどの数の幻魔を相手に、しかし、火倶夜は圧倒し続けている。

 真とは違って掠り傷ひとつなかったし、一瞬横目に見たその凜然とした横顔には、余裕すら感じられた。このまま、二千体の幻魔の大半を殲滅しそうな勢いがある。

 なのに、火倶夜は言うのだ。

「仕方がないわね、星象現界せいしょうげんかい、使うしかないか」

「ええ?」

 真は、なにが仕方がないのか、と、問いたかったが、そんな場合ではなかった。

 眼前では、七支霊刀がガルム・マキナの巨躯に壊滅的な痛撃を与え、その本領を発揮させようとしていたからだ。

 コード666を発動したのだ。

 それは、周囲の機械型幻魔の大半に見られる反応でもあった。


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