第五百七十五話 大地舞姫(四)
戦団式魔導戦術は、魔法の本流ともいうべき伊佐那流魔導戦技を元にして、様々な改良や改善を施したものだ。
伊佐那流魔導戦技は、古い歴史を持つ。
それこそ、始祖魔導師・御昴直次の右腕であった伊佐那美咲が、原初の魔法士たちによって無数に生み出された魔法を纏め上げたのが、伊佐那流魔導戦技の始まりである。
魔法の始まりは、混沌そのもののようなものであり、故にこそ、秩序的、体系的に纏め上げられた伊佐那流魔導戦技が魔法の本流として伝わるのも道理だった。
始祖魔導師・御昴直次自体が、伊佐那流魔導戦技をこそ基礎とするべきであるという考えを持ち、魔法技術教導隊が教え広めたのも、伊佐那流魔導戦技だったのだ。
伊佐那流魔導戦技は、現在、広く流布されている魔法の源流そのものといっても過言ではない。
だからこその魔法の本流である。
そんな魔法の本流を独自に改良することを考えたのは、現在の魔法局長・鶴林テラだが、そこには副総長・伊佐那麒麟の意向も多分に含まれている。
伊佐那流魔導戦技は、魔法の本流にして源流、全ての魔法の原型とされるが、それだけに古くさい魔法ばかりだというのが、麒麟の意見であるらしく、人類復興を目指す戦団が戦っていくためには、より洗練された戦闘用魔法技術が必要だと考えたようだ。
そして、鶴林テラを始めとする戦団の魔法士たちが力を合わせて生み出したのが、戦団式魔導戦術である。
戦団式魔導戦術は、星央魔導院出身者ならば、誰もが体得しているものだ。
しかし、魔法士にはそれぞれ自分にあった戦い方というものがあり、その戦法に合わせて魔法を改良していくものだ。
大半の導士が、戦団式魔導戦術を基礎としながらも、独自の魔法を用いるのは、そのほうが戦いやすいからであり、自分の本領を発揮できるからにほかならない。
日流子が戦団式魔導戦術に拘っているのも、それだ。
彼女には、戦団式魔導戦術こそが肌に合った。
しっくりくるのだ。
遠方から飛来する魔法弾は、さながら雨の如くであり、火炎弾から氷塊弾、雷撃に空気弾など、様々な魔力体が殺到してくるが、一つとして彼女に触れられなかった。
莫大な魔素に満ちた大地は、央都の地面よりも扱いが難しいものの、日流子にとっては空を飛ぶよりも、波に乗るよりも容易く地面を滑走することができた。
超加速しつつも凄まじい角度で移動することで、幻魔の狙いを定めさせず、魔力体を華麗に回避していく。
追尾誘導式の魔法弾ですら、彼女に追いつけない。
魔法弾は、無制限に飛び続けるものではない。
魔法に込められた魔力が失われれば、霧散し、大気に溶けて消えるものだ。
故に、日流子が超高速で滑走し続ければ、追尾誘導式の攻撃魔法もやがて異界の大気の一部と成り果てるというわけであり、彼女の自由自在な軌道は、必ずしも無駄なものではなかった。
人丸真妃は、といえば、歩廊の上から日流子の単身突撃を見遣りながらも、部下たちに指示を送っていた。
日流子の事前の命令通り、部下たちには、拠点から出ないように厳命し、拠点に接近してきた幻魔だけを迎撃するように徹底する。
あの数の幻魔だ。
現在、第十一衛星拠点には、杖長は、真妃を含めた二名しかいない。
杖長は、軍団ごとに十名ずつ任命されるのが通例である。
当然、第五軍団にも十名の杖長がいるのだが、一つの軍団が二つの拠点を受け持つ関係上、全十名の杖長はそれぞれの拠点に半数ずつ、配置されている。
第五軍団の場合は、第十二衛星拠点に副長と五人の杖長が待機中であり、第十一衛星拠点の残り三名はといえば、巡回任務中なのだ。
このような事態が起こることが最初からわかっていたのであれば、それぞれの拠点に五人の杖長が勢揃いしていてもよいのだろうが、致し方のないことだ。
未来予測などできるわけもない。
ましてや、常に混沌とし、景色すら日々変化するこの魔界においては、一時間後の天気予報すら難しい。
杖長が勢揃いしてさえいれば、軍団長が出るまでもなく、二千体の獣級幻魔など容易く殲滅しきったのだが。
無論、杖長二名でも、必ずしも難しいことではない。
星象現界が使えるのであれば、なおさらだ。
しかし、万が一の事態に備えておきたいというのが、日流子の意見であり、真妃たちもそれに従った。
いままさに日流子を包囲しようという二千体の獣級幻魔が、戦力を釣り出すための囮である可能性など、万にひとつもあり得ないと想うのだが、考えすぎとも言いきれない。
情報は力だ、と、日流子は言った。
かつて、数千体の幻魔を囮として使った鬼級幻魔が存在したことが、リリス文書に記されている。
数千体の幻魔を代価として払うだけの価値が、鬼級幻魔の領土拡大にあるのだとすれば、二千体の獣級幻魔の命程度など、安いものだろう。
真妃は、幻魔の群れの真っ只中を滑走して駆け抜けていく日流子の勇ましさに惚れ直しながらも、部下たちがヤタガラスの中継映像に見取れないように注意を飛ばさなければならなかった。
日流子は、この第五軍団内でもアイドル的な人気を誇っているし、軍団員の誰もが彼女のファンクラブ会員だったりする。
そういう意味では、第六軍団の新野辺九乃一ファンクラブと双璧を成しているのだが、不名誉な双璧だと、日流子が日夜苦悩していることは、真妃たちには知る由もない。
ちなみに、第十一軍団にも獅子王万里彩親衛隊なるものが存在しているが、九乃一ファンクラブと日流子ファンクラブとは、その趣旨や存在意義が大きく異なるものであるため、比較対象にはならなかった。
そうしている間にも、日流子は、幻魔の群れの中に入り込むことに成功していた。それはつまり、幻魔に包囲されているのと似ているが、若干、違う。
包囲とは、計画的に行わなければ意味がない。
二千体もの幻魔が、地上と空中に充ち満ちている群れの真っ只中だ。空白などほとんどなく、日流子が通り抜けられる空間がわずかばかりにあっただけだ。
そうなれば、幻魔たちが思う存分暴れ回るというのは、難しい。
いかに本能のみで戦っているとはいえ、何者かの命令、指示によって軍隊を構成している幻魔たちには、ある程度の仲間意識のようなものがあるはずだった。
だからこそ、日流子とは、敵陣の真っ只中にただ一人で突っ込んでいったのであり、その目論見通りの結果となった。
一瞬、魔法の嵐が止み、極至近距離の幻魔以外の大多数の幻魔が、日流子と距離を取るべく後退したのだ。
その間、日流子の攻型魔法は、完成している。
「四百漆式・地滅球」
真言の発声とともに発動した魔法は、まず、日流子を中心とした広範囲の地面に強大な魔力を行き渡らせた。すると、大地が激しく鳴動したかと思えば、大量の土砂が舞い上がり、多数の獣級幻魔を飲み込んでいく。
そして、日流子の頭上で球状に圧縮されると、内部に取り込まれた多数の幻魔ごと爆散した。さらには、飛散する土砂自体が強力な攻撃となり、カラドリウスやアンズーといった飛行型の幻魔を地上に叩き落とす。
獣級幻魔が吼@ほ:え猛る中、大量の水が頭上から降り注いできたものだから、日流子は、わずかに視線を上げた。瀑布の如く降り注いできたのは、リヴァイアサンの攻型魔法だ。
上位獣級幻魔の中でも特に巨躯を誇るリヴァイアサンだが、その海蛇のような巨躯には、機械で出来たもう一つの首が生えていて、その禍々しい頭部には無数の目が赤黒く輝いていた。
「なるほど、まさに機械型ね」
日流子は、初めて目の当たりにした機械型幻魔を見上げながら、全身がずぶ濡れになるのも気にしなかった。導衣はすぐに乾くし、下着だって同じことだ。肉体が破壊されることさえなければ、なんの問題もない。
では、リヴァイアサン・マキナがなんのために大量の水を投げかけてきたのか。
日流子は、大海蛇の周囲を見遣り、即座に理解した。
無数のアンズー・マキナが、背に負った発電器のような機構から莫大な量の電光を発していたのだ。
水属性魔法によって雷属性魔法の威力が増すのは、魔法力学の基本だ。
水属性魔法によって、地属性魔法が弱体化するのが。魔法の基礎理論であるように。
リヴァイアサン・マキナが吼え、アンズー・マキナたちが凄まじいまでの雷撃を放った。