第五百七十一話 剣王(三)
『ここで! なんの脈絡もなく! いきなり星象現界を発動するのは! いったい! どういうことなんだあ! まるで後先を考えていないようにしか見えないぞ! 星将!』
まるでネットテレビでよく放映されている幻闘の実況のような台詞を通信機越しに吐いてきたものだから、陽真は、なんともいえない憮然とした顔をせざるを得なかった。
陽真は、柄だけが露出した両手剣を頭上に掲げたままだ。その頭上には、巨大な岩塊がある。岩塊どころか、小さな山が一つ、柄の先に生えているような、そんな物体に見えた。少なくとも、刀剣などには見えまい。
だが、そこに渦巻く星神力は本物だったし、魔素質量も、思わず幻魔たちが動揺を見せるほどのものだった。
膨大な魔素質量を見れば本能的に襲いかかる程度の知能しか持ち合わせていない獣級幻魔たちも、その絶大な力に畏れを抱いたかのように頭を垂れてしまうものらしい。しかし、本能が弱まることはない。むしろ高まり、赤黒い眼を爛々《らんらん》と輝かせつつ、こちらの出方を窺っていた。
「脈絡も理由もあるだろ」
ぼそりとひとりつぶやいた陽真は、巨大な岩塊を軽々と掲げたまま、大地を踏み出した。一歩、前へ。それだけで前方の獣級幻魔との距離は、皆無となる。
いや、そこまで肉迫する必要はないし、陽真の足は、幻魔の群れの遥か前方で止まっていた。地に突き刺した足に力が籠もるのは、星象現界に対しては、常に全身全霊で挑まなければならないからだ。
でなければ、せっかく昇華した星神力があっという間に霧散して、星象現界そのものが維持できなくなる。
とはいえ、星将たるもの、圧倒的大群とはいえ、獣級幻魔との戦闘で意識を乱され、星象現界が解除されてしまうような状況に陥るわけもない。
そんなものは、星将ではない。
星将として、認められるはずもない。
彼は、両手で握り締めた星装を振り下ろすと、巨大な岩塊を前方の幻魔の群れに叩きつけた。超特大の岩塊は、そのまま、超特大の星神力の塊でもある。
その一撃は、大地を粉砕し、爆発的な粉煙で彼の視界を覆い尽くした。
それは星神力で紡ぎ上げた攻型魔法に等しく、何十体もの幻魔がただの一撃で跡形もなく消し飛んだのが、陽真にはわかった。
しかも、岩塊剣は、数多の幻魔を巻き込みながら地面に沈み込むと、周囲の大地にもその星神力を波紋を走らせるようにして行き渡らせ、局地的な天変地異を引き起こしたのだ。
大地が割れ、岩盤が隆起したかと思えば、鋭利な刃となった鉱物の結晶が、岩塊剣の範囲外にいた幻魔たちを攻撃し、その強固な魔晶体を打ち砕いていく。
『凄い! 凄すぎる! たった一撃で二百体以上の獣級幻魔が塵となりました!』
乗りに乗る夏実の実況が聞こえてくるものだから、陽真は、通信機を切りたい衝動に駆られたが、次々と飛来する攻撃魔法から逃れることを優先した。飛び退き、剣を振るう。すると、軌道上の幻魔が、岩塊の直撃を受けて、粉々になっていった。
『さすがは我らが星将播磨陽真の星象現界! エクスカリバーとは名ばかりの特大ハンマーですが、その威力は折り紙付きの保証書付きです! 血統書はついていませんが!』
「一言、余計だな」
『それにしても、だっさい!』
「一言どころじゃなかったか」
陽真は、着地とともに背後に向き直りながら、エクスカリバーを振り下ろした。再びの一撃。大地を抉り、地形を激変させながら、無数の金属の刃を地中から噴出させる。
『あれがアーサー王の聖剣エクスカリバーなのでしょうか! ただの鈍器です! でっかいでっかいただの鈍器! どんどんどん、鈍器っ!』
「テンションおかしくないかな?」
『申し遅れました! 実況はこのわたし、第三軍団副長、宗佐夏実が軍団長執務室からお送りしております!』
「おい!」
陽真は、夏実の実況から耳を離すことができなくなったという事実に慄然としながらも、幻魔たちが、怖じ気づくどころか、俄然やる気になっているのを見ていた。
星象現界の威力に恐れをなして逃げ去るような幻魔は、そうはいない。
闘争本能こそが、幻魔を支配している。
『第一衛星拠点の防衛がため、星象現界を発動したは、我らが軍団長にして星将、播磨陽真! 対するは、獣級幻魔の上位から下位まで多数取り揃え、選り取り見取り、選び放題、掴み放題の状態でござい!』
「きみのキャラって掴みにくいよな」
『なにやらわけのわからないことをぼそぼそとつぶやいておりますが、わたしには全く効果がない! 残念!』
「うーん……きみ、軍団長執務室でなにをしているのかな?」
『実況ですが』
「それだけかい?」
『はい』
「そうかい」
陽真は、徐々に言葉数が少なくなっていったことによって大体の事情を察したものの、だからといってなにをいうでもなく、エクスカリバーを振り上げ、その力で大地を隆起させた。
周囲の大地がその形を大きく変え、迫り来る幻魔の群れを足止めし、あるいは、幻魔の攻撃魔法の数々を防ぎ止める。
陽真の得意属性は、地。
大地を司る魔法士である。故に地形を利用した戦法を得意とするが、そのような戦法が異界でも通用するのは、極一部の導士くらいのものだろう。
異界の大地は、央都の大地とは大きく異なるものだ。魔素こそ膨大極まりなく充ち満ちているが、あらゆる生物が死滅しているがため、央都の大地を同じように操ろうとしてもできるものではないのだ。
しかし、彼の星神力は、この死せる異界の大地にも存分に効果を発揮した。
そして、岩塊剣は、上位獣級幻魔のケルベロスやリヴァイアサンを一撃の下に葬り去った。
すると、どす黒い巨躯を誇る幻魔たちが、陽真の視界に突っ込んできた。通常の二倍以上の巨躯を誇るガルムやフェンリルたち。そのいずれもが特徴的な魔晶体を漆黒の装甲に覆われていて、紅い光跡を走らせている。
コード666を発動した機械型幻魔。
「あれが件の機械型か」
『おおっと! ここで機械型の登場だ! 今までどこに隠れていたんだああ!?』
「そのテンション、きみの彼女たちは喜んでくれているのかい?」
『そりゃあもううひゃうひゃと笑ってくれていますよ! 第三軍団全員が、ですが!』
「ああ、そういうことか」
陽真は、もはや怒る気にもなれなかった。
夏実がなにをしているのかといえば、ヤタガラスが撮影し、中継している陽真の戦いぶりを軍団員たちに見せているのだ。
導士の階級にかかわらず、星将の実戦を見ることは、それだけで立派な勉強になる。特に星象現界を直接発動し、戦う光景など、そう見られるものではないのだ。
陽真は、第三軍団の部下たちが彼の戦いぶりに目を輝かせている光景を想像しつつも、それが夏実の実況によってぶち壊されているのではないかと危惧もした。
夏実が実況の真似事を始めたのは、ただ見守っているだけではつまらないからに違いない。そして、夏実が贔屓にしている導士たちを楽しませたいからだ。
そんな理由で道化を演じられるというところは、夏実のいいところなのか、どうか。
陽真は、ガルム・マキナが咆哮とともに巨大な火球を生み出し、フェンリル・マキナが三つの首それぞれで異なる魔法を発動する様を認めつつも、軽くエクスカリバーを振り抜いた。
岩塊剣の一閃は、機械型の群れを一瞬にして跡形もなく消し飛ばし、さらに広範囲に破壊の余波を伝えていく。
強大な震動に大地が波立ち、幻魔たちを飲み込んでいったのだ。
『さすがは軍団長の星象現界! あの数の幻魔を瞬く間に一掃していくうう!』
「普通だな」
夏実の実況にも慣れ始めたころには、戦いの趨勢は決まっていた。
いや、端から決まっていた、というべきだろう。
陽真が星象現界を発動すると決めた瞬間、この場に押し寄せた獣級幻魔には、死しかなかった。
幻魔滅殺の四字は、最初から完成されていたのだ。
『しかあああしっ! ダサいっっ! 締まらないっっっ!』
夏実がそのように評したのは、陽真の星象現界が岩塊を振り回すようなものだったからにほかならないし、その様を見て、カッコイイと思う導士がどれだけいるかといえば、一人としていないのではないかと思えたからに違いない。
陽真も、その点だけは、同意するほかなかった。
「仕方がないだろ。これは、エクスカリバーなんだから」
陽真には、一応言い訳もあったが、そのことを説明するのも馬鹿馬鹿しかったし、いわずとも、夏実には理解していることだった。
これが剣王・播磨陽真の戦い方なのだ。