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第五百六十八話 神風の指揮者(四)

 相馬流人そうまりゅうじん星象現界せいしょうげんかい神風音楽堂ホール・オブ・ゴッドブレスは、空間展開型の星象現界である。

 空間展開型の多くがそうであるように、星神力せいしんりょくでもって構築こうちくされる星域せいいきは、発動者を中心とした広範囲に及ぶものであり、大抵の場合、閉ざされた結界となる。

 だが、流人は、星域を閉鎖せず、むしろ開放して見せた。

 すると、どうなるのか。

 神風音楽堂の内側は、幻想的かつ荘厳そうごん極まりない音楽堂の様相を呈しており、先程の大旋風によって細切れになったガルム・マキナの死骸が雨のように降ってきても、その素晴らしさが損なわれることは一切なかったし、観客席を踏み潰すようにして迫り来る無数の幻魔たちを目の当たりにしても、流人がたじろぐようなことは一切なかった。

 流人は、この広大にして荘厳なるコンサートホールの広すぎる舞台の中心に立っていて、超広範囲に及ぶ観客席を見渡すことが出来ていた。

 また、彼の後方には、無数にして様々な種類の管弦楽器かんげんがっきが、その存在を主張するように輝いている。

 それら管弦楽器は、この音楽堂の付属物であって、星霊せいれいではない。

 皆代統魔みなしろとうまのような複合型の星象現界とは、全く異なる代物なのだ。

 そして、観客席には、幻魔たちがいる。

 上位下位、さらに機械型マキナ・タイプまでも入り乱れる獣級幻魔たちが、流人の演奏会の場にそれとは知らず足を踏み入れ、突き進んでくるのだ。

 薙ぎ倒される観客席や設備の数々は、しかし、つぎの瞬間には元通りに戻っている。

 そして、それと同時に幻魔たちが悲鳴を上げていた。

「一つ、言っておく」

 流人は、多数の獣級幻魔が突如として痛撃を受け、のたうち回りながら破壊を繰り返し、さらに致命的な攻撃を受け続ける様を見遣みやりりながら、告げた。

「我が音楽堂は、規則を守らないものには容赦はしない」

 流人の言葉は、当然ながら、幻魔に通用するわけもない。

 全身をずたずたにされ、それでもなお瞬く間に復元する肉体を持ったフェンリル・マキナが、三つの首をもたげ、えた。すると、凄まじい冷気が奔流ほんりゅうとなって観客席を凍てつかせながら、流人へと殺到さっとうする。

 流人への攻撃は、それだけに留まらない。

 破壊と再生を繰り返す幻魔たちが、観客席から舞台上の流人に対し、一斉攻撃を行ったのだ。

 一見、でたらめに見えて、統制の取れた行動のようにも思える。

「我が音楽堂のお客様は、神様などではない」

 流人は、指揮棒代わりに法機ほうきを振り回すと、彼の動きに合わせるようにして、管弦楽器が鳴り響いた。管弦楽器が奏でる壮大な旋律が、極めて破壊的な音の波となって、流人を貫き、観客席へと到達する。

 流人に殺到した魔法攻撃の数々を吹き飛ばし、同時に数十体の獣級幻魔を撃滅する。その強固な魔晶体を粉々に打ち砕き、心臓たる魔晶核ましょうかくをも一瞬にして粉砕してしまったのだ。

「我が音楽堂の神は、自分、この相馬流人である。そして、神の意思こそが、この音楽堂の規則」

 法機を振り翳しながら、流人は、幻魔たちに凍てついた眼差しを向けた。瞳の奥に〈星〉が輝き、全身からは星神力が漲っている。

 莫大極まりない星神力は、獣級幻魔たちを引き寄せるだけだ。

 多数の同胞が一瞬にして消滅したにも関わらず、幻魔の群れは、吼え猛り、次々と魔法を放ってくる。

 ガルムが火炎弾を吐き出せば、フェンリルが氷塊で流人を包み込もうとし、アンズーが雷撃の嵐を起こす。ケットシーの水球がそこかしこから降り注ぎ、カーシーが突風を呼ぶ。

 まさに魔法の嵐が、神風音楽堂に吹き荒れ、破壊に次ぐ破壊が音楽堂の付属物を打ち砕いていく。そして、そのたびに音楽堂は復元し、攻撃を行った幻魔が悲鳴を上げた。

 魔晶体に大穴を開けながら吹き飛んでいく怪物たちを見つめながら、流人は、冷厳たる表情のままだ。なぜならば、幻魔の魔法攻撃が彼に一切届いていないからだ。

 音楽堂そのものが奏でる音色が、音の障壁、魔法壁となって彼を護っている。

「規則を守れないものなど、客ではない。風の前のちりに等しい。そう、きみたちは、塵だ。塵は、我が音楽堂に相応しくない。一つ残らず消え去って頂く」

 流人は、そう断言するとともに法機を振り回せば、無数の管弦楽器が、その旋律を激変させた。音楽堂の神を護るための音色から、音楽堂の塵を払うための極めて破壊的な旋律へ。

 それらは、超音速の波動となって観客席へと至り、幻魔だけを攻撃していく。音楽堂の付属物、観客席には一切傷つけることなく、ただ、有象無象の幻魔だけを徹底的に攻撃し、破壊していくのだ。

 それでも、幻魔の数は一向に減らない。

 流人には、その理由がわかりきっている。

 第五衛星拠点を包囲しようとしていた獣級幻魔のほとんど全てが、この音楽堂に向かってきているのだ。

 幻魔の習性である。

 星象現界の発動によって、第五衛星拠点以上の魔素質量が出現した。

 となれば、幻魔は、そこへ引き寄せられざるを得ない。

 無論、命令次第では、本能を無視して任務を遂行しようとするのだろうが、この獣級幻魔たちはそうではなかった。

 だからこそ、流人はいぶかしむ。

「幻魔の狙いがわからないな」

『軍団長、大変です!』

「きみはいつも大変だな」

『はい! 情報官はいつも大変なんですよ!』

「ああ……そうだね」

 流人は、多彩な音色によって次々と幻魔が粉砕されていく様を見つめながら、多少、第五衛星拠点付きの情報官に同情した。

 情報官とは、戦闘部と同じ戦務局の別部署である作戦部に所属する導士たちのことだ。戦務局に関する様々な情報を司る部署であり、作戦や任務の立案、それらの情報の収集、整理、精査を行い、戦団本部や各軍団との連絡のやり取りを行っている。

「それで、今回はなにが大変なんだい?」

『獣級幻魔の集団に襲われているのは、第五衛星拠点だけではないんです!』

「……そうだとは思っていたけれどね。情報の共有、ありがとう」

『は、はい!』

 情報官の上擦った声を聞きながら、流人の目は、さらに殺到してくる幻魔たちを見据えていた。音楽堂に鳴り響く神の音色は、魔を滅し続けている。

 いずれ、流人の星神力が尽きるより遥かに早く、幻魔を全滅させることは可能だろうが、気になることがあった。

 この衛星拠点への攻撃には、一体どんな意味があるというのか。

 禍御雷まがみかづちの襲撃と関連している可能性もないではないが、だとすれば、時間差がありすぎるのだ。

 禍御雷が全滅してからでは、なんの意味もないのではないか。

 この音楽堂に雲霞の如く押し寄せる獣級幻魔には、強い命令が与えられていないようだった。

 ただ、第五衛星拠点を攻撃することしか命じられていないようであり、だからこそ、この音楽堂に殺到し、滅ぼされ続けている。

 意図が、わからない。



「なにを考えてる」

 播磨陽真はりまはるまは、第一衛星拠点を包囲する獣級幻魔の群れを見遣りながら、怪訝けげんな顔をした。

 陽真は、戦団戦務局戦闘部第三軍団の軍団長である。階級は星光せいこう級、つまり、星将せいしょうだ。軍団長なのだから当然と言えば、当然だが。

 魔暦百八十六年生まれの彼は、この八月、三十六歳になったばかりだが、その若々しく健康的な外見からは、年齢を当てることはできないだろう。

 それはこの魔法社会に生きる全ての人間にいえることでもある。

 無造作な黒髪がややぼさついているように見えるが、彼には似合っていた。つり目がちで白目がちの目には、黄土色の虹彩こうさいが輝いている。

 生まれてからずっと、目つきが悪いといわれ続けてきた彼だが、整形しようなどとかんがえたことはなかったし、これからも顔の形を変えることはないだろう。

 いまの医療技術ならば、思い通りの外見に変えることなど容易いのだが、そういう問題ではなかった。

 彼自身が気に入っているかどうかだ。

 そして、彼は、いまこの状況こそが気に入らなかった。

 第一衛星拠点の外周を囲う防護壁の歩廊に立ち、導衣どういのマントが風に揺れるのを感じながら、遠方から迫りつつある黒煙を睨み続けている。

 情報官からの話によれば、六つの衛星拠点で二千体を超える獣級幻魔の襲撃が確認されているという。

 当然、それらの衛星拠点は、既に戦闘態勢に入っている。

 もちろん、第一衛星拠点も、既に戦闘準備を終えており、いつでも出撃可能という状態だった。

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