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第五百六十五話 神風の指揮者(一)

 禍御雷まがみかづちによる惨禍さんかが、央都四市の戦団基地、そして出雲いずも遊園地に吹き荒れているちょうどそのころ、そうした非常事態に関する情報が飛び交っていたのが、各地の衛星拠点である。

 戦団は、央都防衛構想の一環として、央都四市の周囲を取り巻く無法地帯にして幻魔げんまの住処である空白地帯に衛星拠点と呼称する基地を作り上げており、それらは全部で十二カ所に存在している。

 全十二カ所の衛星拠点には、央都防衛任務を宛てがわれなかった六軍団が配置されており、それらは防衛任務ともども月毎つきごとに変更されることになっている。

 また、衛星拠点に配置されることそのものを指して、衛星任務と呼ぶ。

 この八月、衛星任務を命じられたのは、第一、第三、第五、第九、第十、第十二軍団である。

 第一軍団は、水穂みずほ市北東部の第五衛星拠点、水穂市東部の第六衛星拠点を担当しており、日夜、周辺空白地帯および近隣の〈クリファ〉に対する様々な任務に従事していた。

 衛星拠点の中でも特に危険度が高いとされているのだ、第五・第六衛星拠点である。

 というのも、央都周辺にいくつも存在する〈殻〉の中でも最大規模の勢力である鬼級おにきゅう幻魔オトロシャの〈殻〉が、水穂市の真北にほぼほぼ隣接するように存在しており、さらには、鬼級幻魔アガレスの〈殻〉が水穂市の東隣に存在しているからだ。

 しかも、南東には、鬼級幻魔の〈殻〉が存在しており、第五・第六衛星拠点は、それら三つの〈殻〉の動向を常に警戒しながら空白地帯における任務に当たらなければならなかった。

 故に、最難関衛星任務と呼ばれる。

 もっとも、オトロシャの〈殻〉と隣接しているのは、なにも水穂市だけではない。

 葦原あしはら市の北東部も隣接に近い状態だったし、出雲いずも市も第十衛星拠点を挟んでいるとはいえ、隣り合っているのだ。

 オトロシャは、央都四市の近隣において〈殻〉を主宰しゅさいする多数の鬼級幻魔の中でも最強格と目されているものの、その正体は不明であることが知られている。

 戦団は、近隣の〈殻〉の主宰者たちに関する情報をノルン・ネットワークに残されていたリリス文書によって得ており、それによって近隣の〈殻〉の危険度を設定していた。

 今現在、葦原市の土地となっている場所に〈殻〉バビロンを主宰していたのが、鬼級幻魔リリスだ。

 リリスは、己の得た知識や情報を記録として残すことが好きだったらしく、ノルン・ネットワークには、彼女が残した膨大な資料が隠されていた。それらは毎日のように更新されていたこともあり、故に、リリス日記などといわれることもある。

 その日記めいた記録情報のおかげにより、戦団は、幻魔に関する情報の更新を行うことができたし、人類が地下に潜っている間、地上でなにがあったのかをつぶさに知ることが出来た。

 それは、リリスが古株の幻魔だったことも影響しているだろう。

 鬼級幻魔が出現するようになったのは、幻魔の発生が確認されるようになってから長い時を経てからのことであり、魔法大戦とも呼ばれる地球全土を巻き込む大戦争が勃発ぼっぱつしたことによるものだと考えられている。

 魔法を用いた本格的な戦闘行動というのは、それまでにも何度となく起こり、数多の死傷者を記録してきたが、魔法大戦ほどの規模の戦いが起きるなどとは、人類のほとんどが想像すらしていなかっただろう。

 魔法が人間に与える万能感、全能感の暴走によって、地球全土が壊滅的被害を受ける危険性を訴え続けたのは、一部の賢者たちだけであり、そんな賢者たちの提言は、魔法社会においては黙殺されるものでしかなかったからだ。

 魔法社会にとってもはや切っても切り離せないものとなった魔法を危険視する考えなど、異端以外の何物でもなかったのだろう。

 そんな賢者の筆頭が魔法の生みの親の一人である始祖魔導師しそまどうし御昴直次みすばるなおつぐであり、彼は、自分の元に集った賢者たちとわずかばかりの支持者たちとともに生命保全計画せいめいほぜんけいかく遂行すいこうするに至ったわけだ。

 御昴直次の慧眼けいがんによってネノクニが誕生し、ネノクニに逃げ延びた一部の人類のみが、二度に渡る魔法大戦の絶望的な被害を免れたのは、皮肉というべきか、なんというべきか。

 そして、だ。

 魔法大戦は、世界中の大量の魔法士を死に至らしめることとなり、その結果、以前とは比べものにならないほどの幻魔が誕生することとなった。

 幻魔は、魔法士の死を苗床なえどことする。

 死によって生じる莫大な魔力が、幻魔の命の源となるのだ。

 それまで、妖級幻魔までしか確認されず、魔法大戦の真っ只中、ようやく、妖級幻魔とは全く比較にならない魔素質量を内包した幻魔の存在が確認された。

 それこそが、竜級りゅうきゅう幻魔である。

 最初に確認された竜級幻魔は、まさに想像上の竜――ドラゴンの姿をしており、ただ存在するというだけで周囲に様々な魔法現象を引き起こしていたという。全身に莫大な魔力が満ちており、思考が律像となり、呼吸が真言となっていたらしい。

 そんなドラゴンに似た姿をし、上位妖級幻魔とは次元が違う力を秘めた存在は、しかし、人間から手出ししなければ決して襲いかかってくることはないという、ほかの幻魔とは全く異なる習性を持っていた。

 故に、それは特別に竜級幻魔と命名された。

 鬼級幻魔の存在が確認されるようになったのは、その後のことだ。

 魔法大戦の最中、多量の魔法士の死が大量の幻魔を生んだ。これまでに見られなかった様々な種類の幻魔が確認されるようになる中で、人間に極めて近い姿をした幻魔が現れる。

 ヴァンパイアやサキュバスといった上位妖級幻魔も人間に近い姿をし、人語を解し、高い知性、頭脳を持っていることは明らかだったが、それら新たに確認された幻魔たちは、妖級以下の幻魔とは比較にならない力を秘めていた。

 しかも、己が勢力や領土を持つことに執着し、妖級以下の幻魔を支配下に置き、独自の社会を構築すらし始めたのだ。

 鬼級幻魔は、上位妖級幻魔ですら為し得なかった様々なことを当然のようにやって見せ、力の差を人類にも知らしめたという。

 そうした鬼級幻魔の情報自体は、ネノクニにも伝わっていて、研究も盛んに行われていたが、しかし、不完全極まりなかったのは間違いない。

 ネノクニは、小さな地下の楽園を護るため、地上との関係を完璧に近く絶っていたからだ。

 戦団が鬼級幻魔に関する情報を大幅に更新することができたのは、原初の鬼級幻魔ともいうべきリリスが書き記した文書のおかげなのだ。

 リリスの独断と偏見へんけんに基づく、しかし正確極まりない鬼級幻魔の情報の数々は、戦団の活動方針に大きな影響を与えている。

 戦団が人類生存圏をここまで拡大することができたのは、紛れもなく、リリス文書のおかげだった。

 そんなリリス文書でも、オトロシャの正体に関しては不明であり、近づくこともままならないがために牙城を切り崩せない、と記されているだけであった。

 戦団は、オトロシャ軍こそ、現状最大の敵と見ているのだが、それは、それだけオトロシャの〈殻〉が巨大だからであり、オトロシャの配下として三体もの鬼級幻魔が存在しているからだ。

 そして、そんなオトロシャ軍の幻魔と戦闘する可能性の高い、いくつかの衛星拠点は、常に生命の危険にさらされているといっても過言ではなかった。

 もっとも、オトロシャ軍は、どういうわけか長年〈殻〉に閉じ籠もっており、外征に積極的ではないようだった。

 近隣の〈殻〉を軽く凌駕する広大な領土には、それ相応の戦力が蓄えられているはずだったし、なにより、オトロシャを含め、四体もの鬼級幻魔が存在しているのだ。

 近隣の〈殻〉には太刀打ちできないほどの戦力差があるにも関わらず、オトロシャは、長年不気味に沈黙を保っている。

 だからこそ、人類生存圏はここまで拡大できたというのは、疑いようのない事実だが。

「央都内で大規模幻魔災害が頻発しているこの状況でも、オトロシャ軍が静観を続けているのは不思議だな」

 第一軍団長・相馬流人そうまりゅうじんは、第五衛星拠点にあって、遥か南西を見遣みやっていた。

 第五衛星拠点の南西には、水穂市がある。

 そして、水穂市の中心地から光の柱がそびええ立っているのが、衛星拠点からもはっきりと確認することができていた。

 それがなんであるかは、流人も知っている。

 禍御雷の死骸が放出している莫大な魔力の奔流ほんりゅうである。


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