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第五百六十四話 変転(八)

禍御雷まがみかづちは、最初から、戦団のいずれかの導士にたおされることが決まっていた」

「まあ、大抵は星将せいしょうでしょうが」

 イリアの推測を補足するように義流ぎりゅうがいった。

皆代統魔みなしろとうま大金星だいきんぼしというわけだ?」

『だれがみてもそうだろが』

『でも、彼ならいつかやってくれると信じていたわよ?』

『そうかよ』

『いまや皆代煌士(こうし)ですから、皆さんもうかうかしていられませんよ』

 明日良あすらたしなめるように神流かみるがいえば、さすがの傲岸不遜ごうがんふそんの王も沈黙せざるを得ないようだった。

 神流は、十二名の軍団長の中でも特別な立ち位置にあるといっても過言ではなく、纏め役と目されているし、本人もそのつもりでいる。

 事実、彼女以上に十二軍団長の上に立つ適任者は、軍団長の中にはいないだろう。

 実際には、戦闘部の部長である朱雀院火留多すざくいんかるたがいて、さらにその上には戦務局長の朱雀院火流羅(かるら)がいるのだが。

 軍団長の間だけでは、神流が上に立ち、個性豊かな面々の手綱を握っているのである。

 もっとも、その発言からは皆代統魔の活躍がなんとなく気に食わないといわんばかりの明日良ではあるが、本当のところは、そんなことはなかった。

 明日良にしてみれば、その際の統魔の活躍を受けて、統魔を第八軍団に引き入れられなかったくじ運の悪さに嘆くばかりだったのだ。

 自分ならばもっと早く、彼の才能を開花させることができたのだという自負がある。

 そんな明日良の内心を理解しているからこそ、神流は彼を窘め、会話を打ち切らせたというわけだが。

「斃され、殺されることが前提の最新兵器ってわけか。生贄の羊ってところかな」

「なんとも残酷な話ですわ」

『だが、だとすればおかしくねえか?』

『そうね、おかしいわ。死んだはずの禍御雷まがみかづちから、なんであんな魔力が放出されてるのよ?』

『ありえねえだろ』

 明日良と瑞葉みずはの指摘は、誰もが考えることではあった。

 魔力とは、魔素の集合体だというだけでなく、さらに高密度に練り上げられることによって誕生するものだ。

 現在、禍御雷たちの死骸から天に昇っている雷光の柱は、まさに魔力の奔流ほんりゅうそのものであり、幻魔がその場に引き寄せられるのではないかと思うほどの魔素質量が観測されている。

 しかし、それこそがありえないことなのだ。

 魔力の源たる魔素は、あらゆる生物、あらゆる物質、あらゆる空間に偏在するものだ。宇宙空間、真空の中にすらも観測されている。

 そして、魔素には、二つの性質が存在することが確認されている。

 動態どうたい魔素と静態せいたい魔素である。

 端的に言えば、生物に宿る魔素を動態魔素、非生物に宿る魔素を静態魔素という。

 動態魔素は、生物にのみ宿り、生物の生命活動を支える働きをしていることがわかっている。

 生物がその生命活動を終えると、動態魔素は、その肉体から抜け出していくということも、だ。

 人間の魔法士が死の瞬間、莫大な魔力を生じさせることがあるのは、そうした動態魔素の性質と関係しているのではないかといわれている。

 ともかく、禍御雷たちは、各基地の星将によって破られ、絶命した。

 当然、その体に宿っていた大量の魔力、魔素は、動態魔素の性質のままに死骸から抜け出し、大気中に溶けていった。

 そうした現象は、戦団本部のみならず、各基地においても確認されており、故にこそ、誰もが安心して機械型幻魔マキナ・タイプ殲滅せんめつ行動へと移行することができたというわけだ。

 そして、機械型幻魔も完全に斃し尽くすことによって、状況は、終わるはずだった。

 だが、終わらなかった。

 あるはずのない事態が起こっている。

「理屈はまだ不明だけれど、起きている出来事そのものは否定できないから、ありのままを受け入れて頂戴ちょうだい

『技術者がそれでいいのかよ』

「いいのよ、それで」

『本当かよ』

 明日良はイリアの断言に対し、呆れ果てたような声でいった。きっと、表情もそんな感じなのだろう。イリアにとっては魔導院の同期生ということもあって、気安い関係ではある。

 それは、明日良にとっても同じ事なのだが。

『で? 話が迷走してるんだけど?』

「あ、ああ……天燎鏡磨てんりょうきょうまの死亡も確認されている以上、天燎鏡磨の死骸からも雷の柱が立ち上っているはずなんだが」

『残念ながら、こっちじゃ確認できねえな』

 明日良からの返事とともに送られてきた映像情報には、確かに、出雲遊園地の広大な敷地を覆う虹色の結界が映し出されているだけだった。

 大社山たいしゃさんの中腹に切り開かれた広大な土地全体を使って作られた、央都市民の憩いの場ともいうべき出雲遊園地は、当然のように山林の真っ只中にあるのだが、現在、山林の中に突如として虹色の半球が出現しているようにしか見えなかった。

 球体の内側の様子が、まるで見えないのだ。

 中でなにが起きているのか、幸多たちは無事なのか、それすらもわからない。

 幸多によれば、転身機てんしんきは使えたようだが、それは大雷の限界が理由であって、大雷の後に出現した虹色の結界の中で同じように使えるのかは不明だ。

「あの結界は、一体、なんなのかしら? マモンの仕業とも思えないけれど」

『マモンの仕業じゃねえってのか?』

「だってマモンの目的は、禍御雷たちが死ぬのを待つことよ」

『そう聞くと、ただただ非道いわね』

『人の心がありませんね』

『悪魔だからな』

『わかっています!』

 明日良の軽口に神流が憤然ふんぜんと言い返すのは、ある意味ではいつもの光景なのだが、イリアは、そんな星将たちのやり取りを聞きながら、第八軍団から送られてくる情報の数々を精査し続ける。

 第八軍団は、明日良の指示によって結界の情報を出来る限り送り届けてくれており、イリアたちにはそれがなによりもありがたかった。

 とはいっても、それで調査が進展することはほとんどなかったのだが。

 虹色の結界について判明していることといえば、外部と内部を完全に遮断する超高密度の魔力の障壁であるということだ。

 それも、星神力せいしんりょくに近いのではないか、というのが、明日良の直感からくる意見であり、イリアは、明日良の直感を信頼した。

 それほどのものでなければ、明日良の星象現界せいしょうげんかい阿修羅あしゅらの攻撃を受け流すことなどできなければ、星象現界そのものを一方的に解除することなどできるわけがない。

 つまり、だ。

「その結界、もしかすると星象現界の可能性が高いんじゃないかしら」

麒麟きりん様……」

 イリアが思わず深々と敬礼してしまったのは、いつの間にか、伊佐那いざな麒麟がすぐ目の前に立っていたからだ。

 麒麟は、戦団の副総長である。

 戦団本部にいる事自体当然のことだったし、このような事態に直面するなり、自分に出来ることはないかと動き回るのも、麒麟の性格を知っていれば当たり前のことのように思えた。

 イリアは、学生時代から美由理と仲が良かったこともあり、麒麟とも長い付き合いである。さらに深い付き合いになったのは、イリア自身が戦団になくてはならない存在にまでなったからだが。

「わたしがこの目で直接見たわけじゃありませんから、迂闊うかつなことは言えませんが……そう考えるのが打倒ではないかしら」

「わたしもそう思います」

 そういって麒麟の意見を肯定したのは、美由理である。似ても似つかぬ雰囲気を纏う親子は、しかし、決して相容れない存在ではない。むしろ、互いに尊重し合い、補い合っているのが、傍目はためからでもはっきりとわかった。

「あら、運命的ね」

「なにがですか」

 美由理は憮然とした表情で言い返すと、北の方角を見遣みやった。

 遥か北の彼方に二本の雷光の柱が聳え立っている。

 その近くに虹の結界があり、結界の中に幸多がいるのだ。

 特異点が。

 きっと、マモンもそこに来る。

 それがわかっていながら、戦団は、手を出しあぐねている。

 しかし、美由理は、一切の不安を感じなかった。

 ただ一つ、疑問があった。

「だとしても、おかしい……」

「なにが、おかしいのかしら?」

 麒麟は、天を仰ぎいぶかしむ愛娘の横顔を見つめながら、問うた。

「天燎鏡磨の、八本目の光の柱が見えないことが、です」

 美由理の目は、遥か北方、出雲市に聳える大社山に向けられている。無論、地上からその姿が見えるはずもないのだが、雷の柱が存在するのであれば、肉眼で確認できるはずだった。

 実際、出雲市に聳える二本の光の柱は、細くとも確かにその存在を確認できるのだ。

 ならば、本来あるべきはずの八本目の柱が、天燎鏡磨の死骸から聳え立つべき雷光の柱が確認できないのは、異常なことだった。

 ありえない、あるべきではない非常事態。

 それだけが、美由理の胸の内をざわつかせていた。

 そんなときだ。

『こちら第五衛星拠点! 現在、拠点に獣級幻魔の大群が接近中!』

 第五衛星拠点からの報告を皮切りに、次々と、多数の衛星拠点から同様の報告が戦団本部に届けられたのである。

 状況は、悪化の一途を辿っていた。


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