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第五百六十三話 変転(七)

幸多こうたちゃんと連絡が取れないのは、遊園地が結界で覆われていたからで、その結界は長谷川天璃はせがわてんり似非大雷えせおおいかずちで、長谷川天璃はアシュラちゃんにたおされたはずよね!』

 ヴェルザンディが早口で話しかけてくるのは、彼女がとにかく必死だからにほかならない。

 戦団の女神たちは、幸多が鎧套がいとう銃王じゅうおうを纏い、撃式武器げきしきぶきを用いる際には、その射撃戦を補佐する役割を担っている。

 それなのにノルン・システムと鎧套との接続が途絶え、彼を支援できなくなっただけでなく、彼の生体情報すら取得できない現状には、情報を司る女神たちには耐え難いことなのだろう。

「ええ。だから実際、一時的に幸多くんと通信することもできたでしょう」

 イリアは、美由理みゆりから幻板げんばんに視線を移し、そこに大写しになったヴェルザンディの憤懣ふんまんやるかたないといった表情を見た。

 人工知能に与えられた仮装人格とはとても思えないくらいの表情の豊かさ、感情の激しさは、ノルン・システムの性能の高さをこれでもかと見せつけているようでもある。

 スクルドとウルズは、ヴェルザンディほど幸多に肩入れしていないが、それもそのはずだ。

 ヴェルザンディは、ここしばらくの間、幸多の戦闘や訓練につきっきりといっても過言ではなかった。

 だからこそ、幸多に深く感情移入しているようであり、また、彼を快く思っているようなのだ。彼の人となりを他の姉妹以上に知り、理解したことによって、彼を心底応援するようにさえなっていた。

 故に、ヴェルザンディは、出雲遊園地の状況が気になって仕方がない。

 出雲遊園地は、今回の、一見魔法犯罪に端を発する大事件であるところの大規模幻魔災害における中心地である。

 禍御雷まがみかづちと化した天燎鏡磨てんりょうきょうまによって出雲遊園地が襲撃され、全てが始まったということが、通信の回復によって判明している。

 それと同時に出雲遊園地が大雷の結界に覆われ、央都四市に点在する戦団の基地が同時に攻撃を受けた。

 禍御雷と機械型幻魔マキナ・タイプによる襲撃。

 それによって、葦原あしはら市、出雲市、大和やまと市、水穂みずほ市の全ての基地が大惨事に陥っている。

 多数の被害が出たのだ。

 数え切れない重軽傷者だけでなく、死者も出ている。

 これだけの幻魔災害は、過去、類を見ないのではないか。

 虚空事変、天輪てんりんスキャンダル、機械事変と、この数ヶ月で大規模幻魔災害というべき大事件が多発しているが、中でも今回は、群を抜いた規模のものといってい。

 戦団の基地が幻魔に襲われるということ自体、そうあることではなかったし、あったとしても、待機中の戦力で容易く迎撃できるものだ。

 これほどの損害を被ることなど、いままで、あっただろうか。

 

 基地にこそ現れなかったが、禍御雷の一人と成り果てていた長谷川天璃は、天空地明日良てんくうじあすらによって斃され、死亡が確認された。

 それとともに出雲遊園地を覆っていた大雷の結界も消え去ったことが明日良と導士たちの肉眼と、無数のヤタガラスの目で確認されている。

 だが、明日良が遊園地に近づこうとすると、別種の結界が遊園地を覆い隠したのだ。これもまた、明日良とカメラによって確認されており、イリアたち技術局は情報局とともにそれらの映像を解析することに血眼になっていた。

『なのにどうして幸多ちゃんと連絡が取れなくなっちゃうのよ! 心配じゃない!』

「ヴェル」

 不意に、美由理が間に入ってきたものだから、ヴェルザンディも呆気に取られたような顔をした。

「心配はしなくていい」

『……え?』

 ヴェルザンディは、美由理が発した言葉の意味を理解するためにノルン・システムの機能を最大限に発揮しなければならなかった。

 まるで意味がわからないからだ。

 美由理にはなにか確信があるようだったが、それがヴェルザンディにもノルン・システムにも解明できない。オーバーテクノロジーの結晶といわれるノルン・システムの全力を駆使しても、美由理の発言に納得ができないのだ。

『なあああにをいってるのよう!? 美由理ちゃん!? いくらあなたの弟子だからって信用し過ぎじゃないの!?』

「ああ。そうだな。それは、わかっている」

 美由理は、誰もが耳を塞ぎたくなるようなヴェルザンディの大声を聞いて、しかし、表情ひとつ変えないまま、天に昇る雷光を見ていた。

 戦団本部からは三本の雷光の柱が立ち上っており、遠方を見遣みやれば、出雲市、大和市、水穂市にもそれぞれ一本ずつ、巨大な稲光でも落ち続けているのではないか、という異様な光景を見ることができた。

「だが、心配するだけ無駄だ」

『はあっ!?』

「どういうこと?」

 ヴェルザンディが素っ頓狂とんきょうな声を上げて、姉妹たちに取り押さえられる映像を横目に見ながら、イリアは、美由理を見つめた。

 美由理の横顔は、同性が見ても惚れ惚れするくらいに凜然りんぜんとしていて、彼女の心の強さを感じさせた。

 美由理にとって、幸多は、特別な存在であるはずだ。

 それは、彼女が彼をただ一人の弟子として引き取ってからの言動でもよくわかる。特別扱いしているのはだれが見ても明らかだったし、彼女が率いる第七軍団の導士の中には、そんな幸多への扱いに不満を漏らすものもいるくらいだ。

 魔法不能者を訓練するくらいならば、将来有望な魔法士をこそ徹底的に鍛えあげるほうが得策ではないのか、というのは、ある意味では真っ当な意見といえるかもしれない。

 もっとも、そのような意見は、イリアたちにとってもどうでもいいものだったが。

 さて、そんな美由理からの寵愛ちょうあいを独占している幸多が、いままさに窮地きゅうちに陥っている可能性に直面しているというのに、彼女は、そういった感情を一切覗かせなかった。

「さすがは氷の女帝ね」

「皮肉か?」

「まさか。本気で褒めているのよ」

「褒められるようなことではないがな」

 美由理は、なぜか、己を戒めるような口調でいった。その眼差しは、氷のように冷たく、表情もまた冷徹れいげんとしかいいようのないものだ。

 彼女が氷の女帝という二つ名を与えられた理由がそこにある。

 戦時は無論のこと、平時ですら表情に変化を見せることが稀だった。

「あー……話を戻して良いか?」

 そんな彼女に恐る恐るといった様子で話しかけたのは、義流ぎりゅうである。

「どうぞ、兄さん」

 美由理は、血の繋がらない、しかし、本当の家族そのものの兄の困ったような表情を一瞥いちべつしても、顔色ひとつ変えないまま、雷光に視線を戻した。

 七本の雷光の柱。

 しかし、そこに本来あるべきはずの一本が、足りない。

 それは、おかしなことだった。

「通信が回復したのは一瞬のことだったが、その際、天燎鏡磨の死亡も確認された。カラスが送ってくれた記録映像のおかげでね。さすがは天空地軍団長だと褒め称えたいところだが」

『そういうのは後でいい』

「だろうね。で、だ。天燎鏡磨の死亡が確認されたということは――」

『遊園地からも雷の柱が立ち上って然るべきってこったな?』

「そういうことだ」

「で、おそらく、それこそがマモンの当初の狙いだったのよ」

 義流から続けるようにして解説をしながら、イリアは、情報の分析に勤しむ。

 小型の端末を膝の上に置いて、鍵盤に指先を走らせながら、無数の幻板を流れる大量の情報の中から必要なものだけを選び取って精査していく。

 イリアだけではない。

 技術局の導士たちが半壊状態の技術局棟に集まって、同様の作業に従事しているのだ。

『つまり、奴らは捨て駒だった、と?』

『そうだと思ったわ』

『たった一人で星将せいしょうに挑むだなんてこと、鬼級おにきゅう幻魔でもなければできることではないものね』

 明日良に続き、八幡瑞葉やはらみずは神木神流こうぎかみるの声が通信器を通して聞こえてくる。

 戦団の各基地には、星将が常駐しているものだ。

 余程大きな幻魔災害でも起きない限り、星将自ら出向くということはほとんどない。

 妖級以下の幻魔を相手にするには戦力が過剰すぎるからであると同時に、部下たちの仕事を奪うことになるからだ。

 成長の機会も。

 導士たちは、数多の任務、戦闘を経験して、自らを鍛え上げていくものだ。

「まったく……哀れなものですわ。御自分たちが利用されているとは知らず、わたくしたちに戦いを挑んでくるなど……」

「まあ……同情の余地がまったくないとはいわないけどさ。結局どいつもこいつも央都転覆を謀った重罪人なんだよね」

「それは……そうですが」

 万里彩まりあは、九乃一くのいちが切り捨てるように告げてきた言葉に対し、なにも返す言葉もなかった。

 事実、その通りだ。


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