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第五百六十話 変転(四)

 天燎鏡磨てんりょうきょうまは、死の淵から蘇るとともに己が身に発現した武装顕現型ぶそうけんげんがた星象現界せいしょうげんかいを天満大自在天神と名付けると、満足そうに、いまにも死にそうな煌光級こうこうきゅう導士を一瞥いちべつした。

 それは、戦団への、マモンへの、世界への――彼に仇なす全ての存在への敵対表明といっても過言ではなかった。

 自分がここに存在し、絶大な力を得たことを告げるための宣言。

 鏡磨の全身は、これまでとは比較にならないほどの魔力に満ちていた。

「いや、星神力せいしんりょくか」

 彼は、マモンから強制的に教えられた戦団式魔導戦術せんだんしきまどうせんじゅつ最秘奥さいひおうに関する情報をつぶさに想いだし、つぶやいた。

 琥珀色こはくいろの雷光に彩られた左手を掲げれば、その瞬間に巨大な雷球が形成された。それはさながらに極大の雷の槌である。軽く振り下ろせば、直撃した人間の死を確かなものとした。

 断末魔の悲鳴すらも灼き焦がしたのだ。

 南雲火水なぐもひすいが死んだのだ。

「ふむ……九月機関くがつきかんの最高傑作も、最期さいご呆気あっけないものだったな」

 鏡磨は、死角から殺到さっとうしてくる複数の気配に気づきながら、告げた。無造作むぞうさに振り返りながら、左腕を振りかざす。

 刹那、地上から立ち上る数千の雷が、さながら魔法壁となって彼の視界を塗りつぶした。そして、猛然と突っ込んできただけの杖長じょうちょうとその星霊せいれいたちを飲み込み、ずたずたに引き裂き、血飛沫を上げさせる。

「生物兵器如きが。感傷的になりすぎたな」

 鏡磨は、地を蹴る。

 ただそれだけのことで、彼は、致命傷を回復するために大きく距離を取った矢井田風土やいだかざとを眼前に捉えた。だから、鏡磨は、嘲笑あざわらうことを躊躇ちゅうちょしなかった。

 もはや風土は、全身を星神力を雷光にき尽くされ、瀕死ひんしの有り様なのだ。

 それはつまり、この場にいる導士たちにとって頼みの綱の杖長二名のうち、一人が死に、一人がいまにも倒れそうだということだ。

 これほど絶望的な状況があるだろうか。

 これほど、感動的な戦況があるだろうか。

 鏡磨は、興奮こうふんを隠さなかったし、全身に満ち溢れる星神力の赴くままに雷光を放ち続けていた。

「これが才能の差かね。だが、同情はしないよ。きみたちは、その与えられた才能で、数多の導士たちの心をってきたのだろう。今は、きみたちの番だ」

「火水の……!」

 風土は、血反吐ちへどを吐きながら、鏡磨を睨む。風神の背に乗って、金剛を盾としながら、なんとしてでも距離を取ろうとするのだが、鏡磨から一切離れることができない。

 だが、それは彼にとって最悪なりにも最良の状況といえた。

 星象現界を発動した鏡磨は、どういうわけか、風土と火水に執着しゅうちゃくしていた。

 天満大自在天神は、見た限りでも武装顕現型の星象現界だといことがわかる。

 その名はともかく、見た目も能力も八雷神やくさのいかづちのかみとよく似ている。

 星象現界とは、魔法士が個々に持つ〈星〉を世界に現す技術だ。

 〈星〉とは、魔法の原型。

 魔法の原型は固有のものであるが、全くの他人が似たような〈星〉を持っていたとしても不思議なことではない。

 もっとも、鏡磨の場合は、そういうわけではないのだろうが。

 鏡磨は、血の滲むような鍛錬たんれん研鑽けんさんによって魔法技量を研ぎ澄ました魔法士ではない。

 人体改造と生体義肢、幻魔化によって、杖長にも匹敵する力を得ただけに過ぎないのだ。

 そんなものの〈星〉が、麒麟寺蒼秀の〈星〉と同じものであるはずがない、と、風土は胸中で吐き捨てる。

 たとえその姿が、八雷神をより禍々しく、邪悪なものへと形を変えたものなのだとしても、それはやはり、鏡磨の想像力のなさが為せることに違いないのだ。

 琥珀色の雷光が、鏡磨の全身に甲冑のように包み込んでいる。

 蒼秀の神々しい衣とはまるで違うのだ。

 何処か機械的ですらあった。

 そう、人型魔動戦術機イクサにも似た金属質の装甲が、天満大自在天神を構成している。

「敵討ちは感心しない。戦団の一員たるもの、導士たるもの、もっと理性的であるべきだ。戦場で命を落とすのはいつだって感情に流された愚か者だよ」

「貴様になにが――」

「わかるさ。わたしも企業との最前線にいたのだ。数多の敗北者たちの敗因はね、おうおうにして、理性的ではなかったことだよ。きみのように」

「おれは――」

 風土は叫び、風神と金剛でもって対抗しようとした。だが、鏡磨の方が遙かにはやかった。雷光の速度そのもののようにして金剛を打ち砕き、風神を粉砕し、風土の首をねた。

 一瞬の出来事だった。

 二体の星霊が崩壊していく中、風土の亡骸から血が溢れるのとともにその頭部が地面に落ちた。

 鏡磨は、絶命した杖長を見つめると、右手の雷光でもってその死体を灼き尽くして見せた。

 鏡磨には、敵に情けを持ち合わせるということがないのだ。

 敵は、敵だ。

 利用価値があるのであればまだしも、ないというのであれば、息の根を止め、跡形もなく滅ぼすのが一番いい。

 でなければ、手痛い反撃を喰らうことになりかねない。

「そうだろう、皆代幸多みなしろこうた

 鏡磨は、自分を中心とする戦場全体に凄まじい動揺が生じていることを実感として理解しながら、それが猛烈なまでの昂揚感となって意識を燃え上がらせるのを認めた。

 敵対企業を叩きのめしたときとは比較にならない興奮が、鏡磨の全身に雷光となって流れていく。

 そして、彼の背後には、天燎財団の紋章が雷光でもって描き出されていた。

 まるで自分こそが天燎財団の支配者であるといわんばかりの主張だった。

「そんな……」

「南雲杖長に矢井田杖長まで……!?」

「どうしたらいいんだ!?」

「どうするもこうするもねえだろ!」

 部下たちの絶望の声を聞きながら、空護は叫ぶようにいった。

 叫ばなければ、足があしんでどうしようもなかったからというのもあったが、幸多が既に動き出してしまっていたという事実もあった。

 幸多は、空護の目に追い切れない位の速度で、鏡磨へと殺到しており、鏡磨も鏡磨で彼を認識し、口の端を歪めていた。

「このわたしの復活際に最後に立ちはだかるのは、やはりきみか! 完全無能者!」

「天燎鏡磨ああああああああああああっ!」

 幸多は、怒号とともに鏡磨を眼前に捉えた。

 鏡磨の双眸が見開き、なにかが光り輝いていた。



「これは、一体どういうことだ?」

 明日良あすらは、己の手を見下ろしながら、つぶやいた。

 天璃てんりを撃破した明日良は、透かさず出雲いずも遊園地への救援に向かったはずだったが、しかし、遊園地は、大雷おおいかずちとは別の結界に覆われてしまったのだ。

 虹色に輝く球形の結界は、莫大な魔素質量の塊であり、外部からの攻撃にもびくともしなかった。

 星象現界せいしょうげんかい阿修羅あしゅらによる全力の攻撃すら、微塵も通用しなかったのだ。

 それにはさすがの彼も動揺し、部下たちを集め、一斉攻撃を試みた。

 その場に集った全導士の最大威力の攻型魔法を同時に叩き込み、結界に風穴を開けようとしたのだが、それも失敗に終わっている。

 だからといって、なにもしないわけにはいかない。

 戦団本部と連絡を取った彼は、ものは試しと、結界に触れた。

 もしかすると、攻撃さえしなければ結界を通過できるのではないか、と、魔法局からの提案があったからだ。

 攻撃に対しては堅牢けんろう極まる魔法壁も、そうした破壊の力以外には案外無力だったりすることがあるからだ。

 防手ぼうしゅ防型ぼうけい魔法の内側からならば、攻手こうしゅが攻型魔法を撃ち放つことができるように。

 だが、しかし、明日良の試みは失敗に終わってしまった。

 しかも、ただの失敗ではない。

「軍団長?」

 芦屋道魔あしやどうまが、明日良の姿に変化が起きたことに驚き、想わず声を上げた。

 星将せいしょうの全身を包み込んでいた絢爛けんらんたる装束しょうぞくと四本の腕が消え去り、素のままの明日良になってしまったからだ。

「解いたんですか?」

「んなわけねえだろ。解けたんだよ、こいつに触った瞬間な」

 明日良は、副長のありもしない考えに苦笑を交えつつ、虹色の結界を睨み据えた。

 魔法壁の向こう側の様子がまるで見えないのも、この結界の特徴だったが、そんな特徴などどうでもよくなってしまったのは、星象現界が、明日良の意思とは関係なく解除されてしまったからだ。

 しかも、だ。

 触れている間に、全身に満ちていた星神力が魔力へと戻り、魔力は魔素へと還元してしまっていた。

 明日良が、虹色の結界から手を離したのは、それからのことだった。

 


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