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第五百五十六話 天燎鏡磨と地水火風(五)

星象現界せいしょうげんかい……」

 鏡磨きょうまは、滝のように降り注がせた析雷さくいかずちが軽々と対処されたことに衝撃を受けるというよりは、感銘かんめいさえ覚えていた。

 第八軍団でも有数の魔法士である二名の杖長じょうちょう矢井田風土やいだかざと南雲火水なぐもひすいは、その特異体質ともいうべき性質から有名だったし、九月機関くがつきかんがその実績の最たるものとしても知られている。

 星象現界の使い手だということまでは、知られていなかったし、鏡磨も知らなかった。

 当然だ。

 星象現界は、戦団が発明した魔法技術であり、戦団式魔導戦技せんだんまどうせんぎ最秘奥さいひおうなのだ。

 その存在そのものがおおやけにされておらず、秘匿ひとくされている。

 鏡磨が星象現界を知っているのは、マモンの知識のおかげだ。

 脳内を流れる膨大なマモンの知識があればこそ、鏡磨は、二名の杖長が見せた魔法の極致きょくちを瞬時に理解できたのだし、感動すら禁じ得なかったのだ。

 鏡磨は、魔法士としてこの世に生を受けた。

 魔法社会に生まれ育った人間として、自分に秘められた魔法の才能がどこまでのものなのか、挑戦したくなるというのは、ある意味ありふれた感情だろう。

 しかし、鏡磨は、同時に天燎鏡史郎(きょうしろう)の長男として誕生したという重大な事実があった。

 鏡磨が生まれたときには、鏡史郎が始めた天燎魔具てんりょうまぐが軌道に乗り、その勢力を大きく伸ばし始めていた。

 鏡史郎は、野心の人だった。

 央都移住計画に参加した当初から、地上に一旗揚ひとはたあげることを目標としており、天燎魔具という小さな雑貨屋を立ち上げたのだって、大目標のための足がかりに過ぎなかった。

 鏡史郎には、確信があったのだろう。

 天燎魔具を大きくすることができるという確信。

 そして、実際、その通りになったのだから、驚くべきことだったし、恐るべき慧眼けいがんの持ち主というべきなのは、鏡磨も認めざるを得なかった。

 唯一、鏡史郎の尊敬出来る点といえば、そこだろう。

 まるで未来を見通しているかのような洞察力の持ち主であり、彼の一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくが、天燎魔具の拡大に大きく影響したのだ。

 そして、天燎魔具は、央都中にいくつもの店舗を持つほどにまで成長すると、小さな勢力を形成するに至る。

 鏡磨には、魔法技量を磨く暇が与えられなかった。

 鏡史郎の後継者として、将来、さらに拡大するであろう天燎家の次期当主として育てられることとなったからだ。

 それはまさに鏡史郎の分身としての教育方針であり、鏡磨の人格は、黙殺された。

 鏡磨の夢も希望も全て否定され、人格さえも徹底的に矯正きょうせいされていく。

 天燎鏡磨という天燎鏡史郎の分身が作り上げられていく過程というのは、ロボットを作り上げていく工程に近かったのではないか。

 鏡磨は、そんなことを時折、想った。

 もっとも、そのような自由な考えを持つことができたのは、天燎鏡史郎の分身という立場から解き放たれてからのことだ。

 つまり、禍御雷まがみかづちとなってから、ようやく、彼は自分で考え、自分の意思を言葉にすることができるようになったといっていい。

 それまでは、天燎鏡史郎の分身としての思考をし、意見を述べることしか出来なかったのだ

 イクサ開発計画もまた、天燎鏡史郎の分身としての仕事である。

 そう、つまり、たとえ鏡磨でなくとも、天輪てんりんスキャンダルは起きたのであり、鏡史郎であっても東雲貞子あずもていこを名乗った悪魔の言いなりになったに違いないのだ。

 だからこそ、彼は、怒りに震える。

 なにも知らない鏡史郎ら天燎財団によって蜥蜴とかげ尻尾切しっぽきりのようにして切り捨てられ、天輪スキャンダルの全ての罪を押しつけられてしまえば、そうもなろう。

 だが、それ以上に、そう、それ以上に――。

「ああ、素晴らしいな」

 鏡磨は、歓喜に打ち震えながら、析雷を乱射した。

 遥か上空から見下ろす出雲いずも遊園地の様子は、壊滅的といっても過言ではない。

 彼と、彼が召喚した機械型幻魔たちによって蹂躙じゅうりんされ尽くした遊園地の様相は、地獄絵図そのものだ。あらゆるアトラクションが倒壊し、地面に穴が空き、建物という建物が崩れ落ちている。

 各所に血の痕があり、多数の被害者が出たことはいうまでもないだろう。

 数多の血が流れた。

 その血の幾分かは、導士の血だ。

 何名の導士が、彼の手にかかり、絶命したのか。

 数えておけば良かったか、などと、想ったりもする。

 だが、いまは、眼下にきらめく星の光にこそ、意識を奪われるのだ。

 二つの星が、眩いばかりに光を放っている。

 矢井田風土と南雲火水。

 二人の煌光級導士が発現した異なる種類の星象現界が、鏡磨を童心に帰らせていた。

 童心。

 そう、童心だ。

 鏡磨は、いままさに子供のように感動していた。

 魔法の神髄しんずいを見ているのだ。

 この目で直接見ている星象現界は、記録映像で見た星象現界とは違うのだ。

 心が震えて、全身が熱を帯びる。鼓動が早まり、魔力が増大していく。満ち溢れた力がその行き場を求めて、析雷となり、緑の雷光が止むことのない雨となって地上を打ちつける。

 雷の豪雨。

 その豪雨の中で平然としているのが、杖長たちだ。

 風土は、二体の星霊を巧みに操っており、岩人形のような方でもって岩塊の要塞を構築し、雷撃の雨に対抗していた。

 析雷で杖長たちを撃ち抜くには、まずは、この岩の要塞を破壊しなければならない。

 一方、火水は、雷撃の雨の中を突っ込んできていた。ただただ猛然と飛びかかってきているわけではない。風土のもう一体の星霊が、火水の前方にあって盾となっているのだ。

「ああ……!」

 鏡磨は、興奮とともに声を上げ、析雷の威力を最大限に高めていく。そして、攻撃対象を一点に絞る。つまり、火水である。

 火水を護る風の化身のような星霊を析雷で滅多打ちにすると、さしもの星霊も次第にその形を崩していく。最大威力の析雷だ。たとえ星象現界であっても、通用しないわけがない。

 鏡磨の析雷も、擬似的ではあるが、星象現界を再現したものなのだから。

「わたしの勝ちだ……!」

 風の星霊が崩壊するのを目の当たりにした瞬間、鏡磨の興奮は最高潮に達していた。

 だからだろう。

 星霊の背後にいたはずの火水の姿が消えていることに気づくのに、少しばかり、遅れてしまった。

 気づいたときには、激痛が胸を貫いていた。

「凄いとは想うよ。風土の風神を撃破するなんてさ。でも、死ぬのは、あなた」

「は……はは……」

 鏡磨は、背後からの火水の声に、急いで振り向こうとしたが、叶わなかった。

 火水は、鏡磨の攻撃が風神に集中したのを見た瞬間、彼の背後を取るべく超高速で移動したのだろう。鏡磨の視界に映らないほどの速度。

 つまり、彼女は、鏡磨に肉迫するまでは速度を抑えていたということだ。それもこれも、鏡磨の隙を突くため。

 さすがは歴戦の導士だと、言わざるを得ない。

 一方、鏡磨の魔法士としての技量は、一般人と同程度に過ぎない。いや、それよりもずっと劣るかもしれない。

 鏡史郎の分身として、魔法技量を鍛え上げる時間など存在しなかったのだ。

(ああ――)

 と、鏡磨は、槍の炎によって全身が灼かれていく中で、世の無常むじょうを感じずには居られなかった。

 鏡磨が魔法士としての鍛錬を続けていれば、火水の単純な戦術など容易く見抜き、対応できたのではないか。

 少なくとも、致命的な一撃をもらうことはなかったはずだ。

 死ぬことは、なかった。

 薄れ行く意識の中で、彼は、地面が近づいてくるのを知った。

 岩の要塞が解け、風土と幸多の姿が見える。

(きみは、なにもしなかったな)

 鏡磨は、幸多のなんともいえない表情を見据えながら、最後に嘲笑あざわらった。

 杖長たちは、三人でたおすといったが、結局、鏡磨を斃したのは、杖長二人だった。

 幸多は、なにも成し遂げていない。

 なんの役にも立っていない。

 所詮は、魔法不能者。

 無能者なのだ。

 そこで、彼の意識は途絶えた。

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