第五百五十五話 天燎鏡磨と地水火風(四)
「気に入らないな」
天燎鏡磨は、皆代幸多の褐色の瞳に生気が宿っていることに苛立ちを募らせていた。
鏡磨にとって、皆代幸多は、不可解な生き物であり、不愉快な存在だった。
天燎財団にとって大いに利用価値のある存在だと見出したにも関わらず、戦団の走狗と成り果て、戦団技術局の技術力を宣伝する広告塔として活動している彼の存在そのものが、鏡磨には許し難いし、度し難いのだ。
本来ならば、一顧だにせず、消し滅ぼしてしまうところだが、それは鏡磨の自尊心が許さなかった。
せめて、皆代幸多の心を折り、完膚なきまでに打ちのめし、敗北感を叩き込まなくてはならない。
でなければ、このような存在に生まれ変わった意味がない。
「きみは、まだ、わたしに勝てると想っている。違うかね?」
「……勝てるとか勝てないとか、そんなことは考えていない」
「では、なんだというんだ? だったら、なぜ、そんな目でわたしを見ることができる」
「そんな目?」
鏡磨は、いったい、なにをいっているのか。
幸多には、彼の考えていることがまるでわからなかったし、想像しようもなかった。
鏡磨が幸多の活動に関して良く想っていないということは、わかりきってはいた。
鏡磨は、天燎財団の理事長を務めていた男だ。財団といえば、企業連最大の組織であり、戦団を敵視する最右翼の勢力だった。
戦団による双界の支配から脱却するべく、人型魔導戦術機イクサの開発を推し進めたことからも、彼の思想ははっきりと伝わってくるだろう。
戦団の存在しない世界こそ、彼の理想であり、願望なのだ。
そんな彼にとって、天燎高校の生徒でありながら、戦団の導士となり、戦団が推し進める窮極幻想計画の一員として、幸多が活動していることが許せないに違いない。
それは、なんとはなしに理解できる。
彼の今までの発言からも、彼が幸多になんらかの期待を抱いていたこともわかっている。
だが、そんなものは、鏡磨の勝手で一方的な想いであり、幸多には一切伝わってこなかったものだったし、そんなことで恨まれる理由はなかった。
逆恨みにほかならない。
とはいえ、鏡磨が幸多に対し、意識を集中していることは、悪くない状況といえた。
この戦場でもっとも有力な杖長二名が、自由に動けるということだからだ。
「わたしは、きみを見出したのだぞ? 愚物揃いの天燎高校の生徒の中から、きみという原石を見出した!」
「……愚物」
幸多は、鏡磨の言葉の意味を理解して、歯噛みした。怒りが沸き上がり、気づいたときには、足が地を蹴っている。
脳裏に友人たちの顔が浮かんだ。対抗戦部の面々、偉大なる黒木法子先輩の顔も、だ。誰もが愚物などではなかった。幸多の人生を変えた出逢いであり、人々だったのだ。
そんな人達を愚物と切り捨てる鏡磨が、ただ、許せない。
一瞬にして鏡磨との間合いを詰めると、鏡磨がその双眸を見開いた。眼孔から、赤黒い光が輝きを増す。
「疾いな」
「あなたが遅いんだ」
「いうじゃないか」
幸多が振り抜いた斬魔の一閃を雷光の翼で受け止めて見せながら、鏡磨は、いった。確かに幸多の速度は速い。だが、直線的すぎて、鏡磨にも対応することができるのだ。
なんの問題もない。
一方の幸多もまた、問題を感じていなかった。
鏡磨は、改造人間であり、コード666によって幻魔化しているということもあって、その身体能力は、超人そのものとなっている。
人間の限界を遥かに超越した身体能力であり、幸多の素の身体能力を大幅に超えていると見ていい。
だが、幸多は、闘衣を纏い、鎧套・武神を装備している。それによって、通常とは比較にならないほどの戦闘力を獲得していた。
速度も、反射も、膂力も、圧倒的に上回っている。
斬魔の刃が火花を散らしながら、雷光の翼を切り裂いた。
白式武器が、超周波振動が、禍御雷に通用したのだ。
今度こそ、鏡磨が度肝を抜かれたような顔を見せた。ただし、それも一瞬のことに過ぎない。次の瞬間には、彼は、目を細め、幸多に向かって雷光の雨を浴びせていた。
至近距離からの析雷の連射。
普通ならば避けようがないはずだ。
しかし、幸多は、全ての雷光弾を斬魔で切り落としてみせると、さらに鏡磨に肉迫した。鏡磨が、大きく後ろに飛ぶ。
雷光の雨が、再び幸多を襲った。
幸多は、斬魔を振り回して、それらを撃ち落とさなければならかった。だが、一撃も、喰らわない。
あのときとは違うのだ。
幸多がハイパーソニック小隊と行動をともにしていたとき、鏡磨が析雷でもって多数の導士たちごと大打撃を与えてきたときのことである。
その際、幸多は、全く以て対応できなかった。
しかし、武神は、近接戦闘に特化した鎧套であり、高速戦闘にも対応可能ということもあり、析雷の連射すらも全て切り返すことができたのだ。
「さすがは伊佐那軍団長の弟子だね、やるじゃない」
「見直したよ、皆代閃士。おかげで時間が稼げた」
火水と風土の声に、幸多は、視線だけを送った。
二人は、幸多の後方にあって、魔力の練成を行っているところだった。義眼が脳裏に映す複雑極まりない律像には、目が回るほどの圧力を感じる。
「双天火水」
「風神金剛」
火水と風土がそれぞれに真言を発した瞬間、超密度の魔力が律像とともに拡散するのがわかった。
幸多には魔力を感じ取ることはできない。だが、とてつもない圧力として伝わってくるものだから、それがなんであるのか、瞬時に把握できたのだ。
星象現界に違いなかった。
火水と風土は、押しも押されぬ第八軍団の杖長である。煌光級三位ということもあって筆頭杖長ではないものの、その昇格速度や、二人だけの特性から、将来、星将になること間違いなしといわれる導士の一角である。
星象現界を使うことができたとして、なんら不思議ではなかったし、そのような逆転の一手を持っていることを期待して、幸多は、積極的に時間稼ぎを行ったのだ。
幸多の考えは、間違いではなかった。
火水の星象現界・双天火水は、武装顕現型の星象現界であり、水の羽衣を纏い、燃え盛る炎を連想させる槍を手にしていた。火と水の双極属性を極めるとは、まさにこのことだろう。
一方、風土の星象現界・風神金剛は、化身具象型の星象現界であり、二体の星霊が同時に具現していた。一体は、風の神というよりは風の精霊を連想させる姿をしており、もう一体は、岩塊を削り出して作り出した岩人形のような姿をしていた。
いずれも超密度の星神力の塊であることは、いうまでもない。
「なるほど、それが星象現界か。だが、そんなもので、このわたしが斃せるかな」
「斃せるわよ。わたしと風土」
「それに皆代幸多がいるからな」
「ぼくも戦力です?」
「当たり前でしょ」
「あれだけのことができたんだ。十分、頼れるよ」
火水と風土からの評価を受けて、幸多は、俄然、やる気を燃え上がらせた。
ただでさえ、自分がやらなければならないという気分だったのに、それによってさらに力が湧いた。
鏡磨は、上空にいる。
上空に在って、析雷の翼染みた光背を最大限に広げていた。
まるで雷を司る悪魔のようだ、と、幸多は想ったが、想うまでもなくその通りなのだということに気づき、苦い顔をした。
鏡磨は、悪魔だ。
悪魔に魂を売り、改造を施され、幻魔と成り果てた人間ならざるもの。
その光背が瞬き、最大規模の析雷が瀑布の如く降り注いだ。
だが、幸多は、避けようとする必要すらなかった。
風土の星霊・金剛が、三人の頭上に巨大な岩の盾を形成したからであり、それが降り注ぐ無数の雷撃の尽くを受け止め、対処して見せた。




