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第五百五十二話 天燎鏡磨と地水火風(三)

 幸多こうたは、天燎鏡磨てんりょうきょうまを見つめている。

 天燎鏡磨の成れの果てともいうべき改造人間、その変わり果てた怪物の姿を、網膜もうまくに焼き付けるようにして、凝視ぎょうししている。

 黒と赤の怪物。

 人の形をした、人ならざる化け物。

 幻魔細胞に侵蝕され尽くし、人間らしさなどどこかに失ってしまった破壊者にして、殺戮さつりく者。

 そんな言葉が脳裏のうりを過るのは、コード666を発動した後の三田弘道さんだひろみちを戦団はそのように評したからだ。

 実際、大空洞の記録映像を見る限りでは、三田弘道に理性も知性もなければ、人間性など欠片も残されていなかった。

 ただ、本能の赴くままに統魔とうまと戦い続け、命を落としていったのだ。

 一方の鏡磨はといえば、天燎鏡磨らしい神経質な口振りで火水と風土を煽りながら、苛烈な戦闘を繰り広げている。

 そこに鏡磨の人間性を感じることはできる。

 鏡磨が鏡磨のままそこにいるのだと、実感できる。

 その事実が、幸多にはどうにもやりきれない気分にさせた。

(どうして)

 こうなってしまったのか、と、考え込んでしまう。

水天双蛇衝すいてんそうじゃしょう!」

閃風深紅せんぷうしんく!」

 火水ひすいの水属性魔法と、風土かざとの風属性魔法がほとんど同時に発動し、幸多の視界を極彩色に染め上げていく。

 火水の魔法によって生み出された巨大な水の蛇が二匹、大きくうねりながら鏡磨に殺到する一方、風土が放った魔法は深紅の旋風となって鏡磨の足下から立ち上る。

 対する鏡磨は、わらうばかりだ。

「ははははっ、この程度が九月機関の最高傑作か」

 鏡磨の全身が、強烈な電光を帯びていた。麒麟寺蒼秀きりんじそうしゅう星象現界せいしょうげんかい八雷神やくさのいかづちのかみの中核に用いる魔法・雷身らいしんであろう。

 深紅の旋風と水の大蛇による連撃を受けながら、鏡磨の高笑いが戦場に響き渡る。

 全く効いていないのだ。

 鏡磨が、唾棄するようにいった。

「正直、失望したよ」

「まあ、最高傑作じゃないし」

「人間であることを止めたあなたに失望されたところで、ね」

「強がりを……いうものだ」

 二人の魔法が消え去ると、無傷の鏡磨が立っていた。全身、どこにも傷ひとつついていなければ、一切消耗している気配もない。

 コード666を発動した禍御雷まがみかづちが凶悪だということはわかりきっていたが、それにしたって頑丈すぎる。

 その頑丈さを誇らしげに見せつける鏡磨の姿は、しかし、幸多には哀れに思えてならなかった。

 だから、だろう。

 幸多は、口を開いた。

「人間らしく強がりをいうほうが、あなたみたいなみじめな存在になるよりはましだよ」

「惨めだと? このわたしが、惨めだと? 聞き捨てならないな。皆代……幸多」

 ようやく、鏡磨の顔が幸多に向いた。いつだって神経質そうな、それでいて端正な美形だったはずの鏡磨の顔は、いまやただの怪物でしかない。幻魔の細胞に覆い尽くされ、魔晶体そのものと化した肉体には、紅い光線が無数に走っていて、彼の場合は、涙の跡のようになっていた。

 双眸そうぼうの赤黒い光と、赤い光跡こうせきの明滅が、彼の感情の昂ぶりを示すようだった。

「何度でも、ああ、何度でもいってやる。あなたは惨めだ。幻魔に利用されて見捨てられて、挙げ句、またしても幻魔に浚われて、改造されて、使い捨てられる。それを惨めといわずしてなにを惨めというんだ?」

「……きみには、期待していたのだがな」

「あなたが、ぼくにどんな期待を寄せるっていうんだ?」

 幸多は、鏡磨の全てを拒絶するような強い口調でいった。

 火水と風土は、そんな幸多の反応に驚くばかりだった。戦闘に参加してこようとしていることにも唖然としているのだが。

「きみは、反骨心の塊だっただろう」

「……反骨心?」

 幸多は、鏡磨の予期せぬ発言に虚を突かれた。想像だにしない言葉だった。

「この魔法が全ての社会において、完全無能者であるきみの存在は、稀有けうとしか言い様がなかった。きみは、市民が当然の権利として受け入れている魔法社会の恩恵の大半を受けることができなかった。そうだろう。魔法が使えれば乗り越えられる困難の数々を、きみは、独力で乗り越えなければならなかった。それは、この社会がきみに強いた理不尽だった。きみは、そうした数多の理不尽を乗り越え、天燎高校に入ってきた」

 鏡磨は、幸多の目を見据えながら、いった。

 無論、火水と風土を警戒しながらであり、析雷さくいかづちを牽制攻撃として乱射しつつ、だ。緑の雷撃は、間断なく二人の杖長じょうちょうを攻撃しており、幸多との会話の邪魔をさせなかった。

「きみには、反逆心を見た。この戦団が絶対者として君臨する央都の社会秩序を根底から覆しうる、力の形を確かに見たのだ。きみならば、わたしとともに、我々天燎財団とともに戦団に対抗することができると」

 鏡磨の目には、幸多の姿こそが不思議だった。

 戦団技術局が開発したという新装備を全身に身に纏った彼は、鏡磨が開発を推し進めた人型魔導戦術機ひとがたまどうせんじゅつきイクサを想起させるのだ。

 なぜかは、わからない。

 設計思想も開発意図も動力源も能力もなにもかも違うはずだというのに、鏡磨の目には、そう映ってしまう。

 イクサを小型化すれば、いま現在の幸多の姿のようになるのではないか。

 そのような妄想が、一瞬、鏡磨の脳裏を過った。

「だが、きみは、違った。戦団に入り、戦団のいぬに成り下がった。そしてきみは意気揚々と戦い続けた。戦団が魔法不能者の代表としてきみを取り込み、無能者どもの溜飲りゅういんを下げるためだけに利用しているということにも気づかず、ありもしない幻想に縋りながら」

「ありもしない幻想……か」

「そうだろう。窮極幻想計画? 無能者を幻魔との戦いに参加させる? 妄言もうげんも大概にしたまえよ」

 鏡磨が冷ややかに告げてきたものだから、幸多は、彼を睨み据えた。

 幸多が、鏡磨を意識することになったきっかけは、なんといっても、天燎高校に進学すると決めたからだ。

 天燎鏡磨は、当時、天燎財団の理事長であると同時に天燎高校の理事長でもあった。

 天燎鏡磨が気に入らないものは、天燎高校にはいられない――そんな噂話がまことしやかに流れるほど、天燎高校における彼の権力というのは絶対的であり、故に幸多は、彼に目を付けられるようなことだけはしないようにしようと想っていたものだ。

 天燎鏡磨が、天燎財団にとって偉大な人物であり、将来総帥の座に着くのは間違いないと目されていたということも、知った。

 そんな人物から直接激励されたことは、いまも覚えている。

 そのときには、緊張と興奮で夜も眠れなかったほどだが、いまとなっては全てが空虚なものとなっていくようだった。

 底冷えするような感覚がある。

 幸多自身を否定するような発言には、興味はない。そんなものは、子供のころから数え切れないくらいに投げかけられてきた。そのたびに傷つき、涙し、叫んだこともあったが、いまとなっては、もはやどうでもいいことだった。

 魔法が使えないという事実を突きつけられたところで、心が震えることすらない。

 そこに幸多の弱点はないのだ。

 自分に関わる人達に対する想いを踏みにじられることこそ、幸多の感情を逆撫でにすることといってよかった。

 だが、昂ぶらない。

 怒りが沸き上がっても、虚しさばかりが先に立つ。

 鏡磨という人間の成れの果てが、その圧倒的な力を振り回しながら、結局なにも為せないのだろうとしか思えないからだ。

「……あなたは、なにも知らないんだ」

「知っているとも。きみが戦団にいいように利用されているということも、ただの宣伝の、広告塔に過ぎないということも、全て」

「そういうことじゃない。そういうことをいっているんじゃないんだ」

「だったらなんだね? いまや幻魔に転生したわたしと違って、きみたち人間の時間は有限だ。もう少し有意義に使いたまえよ」

「……幻魔に転生か」

 幸多は、鏡磨の発言を受けて、心底、哀れに想った。

 彼は最初から、ただ利用されているだけであって、本当のことはなにも知らないに違いないのだ。

 なぜ、ここに自分が使わされたのかも、なんのために戦っているのかも、なにも知らないのではないか。

 幸多が怒りではなく、虚しさばかりを覚えるのは、きっと、そのためだ。

 ただしそれは、同情ではない。

 断じて、同情しているわけではないのだ。


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