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第五十四話 激闘の二日目

 決勝大会二日目は、天燎てんりょう高校と星桜せいおう高校の対決によって、幕開けとなった。

 閃球せんきゅう二日目、第一試合。

 天燎高校の布陣は、昨日から一切変わっていない。前衛二人、後衛三人の守備的陣形、大盾陣おおたてじん守将しゅしょう我孫子雷智あびこらいちだ。

 戦術も、昨日と同じだった。

 守備を固め、体力を温存しつつ、点を取られずに引き分けに持ち込む。

「少しでも点を取った方がいいのではないか?」

 法子ほうこの当然の疑問にも、圭悟けいごはこう断言するのだ。

「点を取られて負けたらそれでしまいじゃないっすか。確かに我孫子先輩の守備は完璧ですけど、点を取られる可能性は極力減らしたいんですよね」

 負けたくない、負けるわけにはいかない、というのが、圭悟の作戦の根本にあった。

 一点でも取られれば、特別点が減るし、万が一負けるようなことがあれば、大損だ。それならば、勝ち点一つを目的にして引き分けを狙ったほうがいい。

「消極的だな」

「でも、戦力を考えりゃ、これが一番なんすよ」

 圭悟は、改めて説明したものだった。

 とにかく、閃球で大きく引き離されないことが重要なのだと、彼はいった。

 天燎は初日を首位で終えたが、総合点は叢雲むらくもと一点差でしかない。昨日、天神てんじんに点を取られていたら、二位以下になっていたかもしれないのだ。

 そして、本番は、閃球の後だ。

 幻闘げんとうを全力で戦い抜き、完全勝利を収めるためには、ここで力を使い果たすなど馬鹿げている。

「実際、疲れていたでしょう、先輩」

「ふむ……確かにな」

 そういわれれば、法子も圭悟の作戦に従うほかなかった。 

 第一試合での大量得点は、結果的には功を奏したものの、法子自身に大きな負担となっていた。あれだけの暴れっぷりだ。いくら法子が涼しい顔をしていても、無理をしなければならなかったことは、誰にでも想像がついた。

 事実、天神戦の後半、法子の動きは明らかに鈍っていた。

 法子は、圧倒的な魔法士まほうしの才能と実力を持ち、人並み外れた持久力を誇る。が、だからといって全試合全力で戦い抜けるはずもないのだ。

 法子には幻闘で頑張ってもらわなければならない、と、圭悟は考えていたし、その考えは、全員に共有された。

 幻闘は、対抗戦の最終試合ということもあり、勝敗を決定的なものにしかねない競技なのだ。

 幻闘のために力を温存する、というのは、どの高校も行うことである。

 幻闘で大勝を収めることさえ出来れば、それまでの得点差を軽々と覆すことだってできるからだ。

 だからこそ、圭悟は慎重にならざるを得ない。

 閃球でどれほど大量得点を取って勝利したところで、そのために力尽き、幻闘で大敗を喫すれば、全てが水泡にしてしまう。

 圭悟は、守備に徹することを厳命するとともに、体力の消耗も極限まで抑えるように皆にいった。

 天燎高校の皆も、圭悟を信頼していたから、素直に従った。

 かくして、天燎対星桜の試合は、零対零のまま、延長戦へともつれ込み、そのまま引き分けとなって終わった。

 ここまでは圭悟の思惑通り、予定通りの結果であり、控え室に引き返した彼は、満足げな顔をしていた。

「体力は温存できたし、勝ち点も一、もぎ取れた。いうことねえだろ」

「このまま推移すれば、だけど」

「叢雲以上に突き抜けてくるような学校はないと思うよ、現状」

 得点表を見ながら、らんが言った。得点表では、一位二位の上位陣と三位以下の下位陣の差は極めて大きく、飛び抜けているといってもよかった。この差を埋めるには、天燎が閃球の初戦で見せたような大量得点での大勝利を収める必要があり、それは簡単なことではないし、現実的ではない。

 そもそも、対抗戦の閃球は、試合展開が地味になりがちなのだ。

 高校生同士、互いに拮抗した実力になりがちというのもあるが、この後に幻闘が控えているというのも大きいだろう。

 圭悟の戦術のように幻闘に全てをけることは、ごくごくありふれた考え方だった。極めて基本的な戦術であり、だからこそ、圭悟にも立てることができたわけだ。圭悟は、対抗戦の素人だ。それでも彼なりに頭を働かせて考え抜いた結果が、この作戦なのだ。

 そして、圭悟が導き出した結論は、閃球に全力を注ぐなどあってはならない、というものだった。

「ここからの逆転劇は難しいな」

「それもこれも黒木先輩様々です」

「うむ。きに計らえ」

「ははあ」

 法子にかしず亨梧きょうごの姿になんともいえない表情を浮かべる怜治れいじに、多少の同情を禁じ得なかったのは、幸多こうただけではないはずだった。

 亨梧は、いつの間にか法子の舎弟のような有り様になっていて、怜治との距離感が生まれつつあったからだ。

 


『二日目第一試合は引き分けに終わりましたが、この展開、どう見ますか?』

『これは、天燎高校の作戦でしょう。天燎高校の総合得点は現在一位。負けさえしなければ、大量失点さえしなければ、大きく下がることがありません。この状態を維持して幻闘に持ち込みたいのでしょうね』

『引き分けも戦術ということですね?』

『もちろん、その通りです。天燎高校側が攻めあぐねている様子はありませんでしたし、幻闘を見据えた上での戦術で、作戦勝ち、といったところではないでしょうか。対する星桜高校としては、一点でも取って勝ちたかったに違いありませんが』

「とはいえ、点が入らない試合ほどつまらないものはないが」

「はい」

 実況と解説の説明を受けてもなお、納得できないといった様子の天燎鏡磨てんりょうきょうまに対し、川上元長かわかみもとながも同意するほかなかった。

 二日目第一試合、天燎高校対星桜高校の試合は、互いに無得点のまま、延長戦にもつれ込み、そしてそのまま制限時間が来て、引き分けに終わった。

 試合中、白熱する場面も多々あり、盛り上がらないわけではなかったのだが、やはり、得点してこその閃球だということがよくわかる試合だった。

「引き分けが戦術なのだとしても、わたしが監督ならばそんなつまらない指示はすまいよ」

 鏡磨は、至極面白くなさそうに、整備中の戦場を見下ろしていた。

「いまから指示しますか?」

「馬鹿をいえ。わたしは天燎の理事長で最高権力者だが、対抗戦についてはずぶの素人だ。そんなものが自分が見たい試合展開のために口を挟めばどうなると思う。彼らが考えに考え抜いた戦略が崩壊し、士気も喪失するに違いない。結果、この好成績が無意味なものとなる可能性は極めて高い」

「は、はあ……」

「川上くん、肝に銘じておきたまえ。自分の知らない分野には口を出さず、専門家に任せておくことこそ、上に立つものとして有るべき姿だよ」

「仰るとおりに!」

 川上元長は、鏡磨の興を削がないように細心の注意を払いながら、首肯しゅこうした。

 鏡磨の言は、合理的かつ開明的といってもよかった。だれにでもわかる理屈だし、川上元長もそういう風にして、校長というまったく不慣れな仕事をこなしてきたのだ。

 やはり何事も専門家に任せるべきだったし、任せられないのであれば、指示を仰ぐべきだった。

 今回の場合、川上元長も鏡磨も、対抗戦についてはほとんどなにも知らない状態であり、試合運びや作戦、戦略について口を出すのは、彼のいうように間違いなのだ。

 ここは、生徒たちを信じて、祈るしかない。

 一方で、引き分け狙いの試合が面白いとは思えないという鏡磨の考えもまた、同意できるものだった。



 二日目第一試合は、想定通りの展開となった。

 星桜高校は、初日に行った二試合ともに落としてしまっている。競星けいせいでは失格となり、閃球でもなんらいいところがないまま二日目を迎えた彼らが、せめてもの一勝を欲しがることは火を見るより明らかだ。

 星桜高校が怒濤の大攻勢に出てくるだろう、という圭悟の推察通りの試合運びとなった。

 守備に重きを置いた天燎の作戦も見事に的中した形になったのだ。

 もし、天燎が攻勢に力を割くような真似をしていれば、一点や二点は取られていた可能性が高い。どれだけ雷智の守備範囲が広く、鉄壁の防御性能を誇っているとはいえ、苛烈なまでに攻め続けられれば、護りきれるものでもないだろう。

「さすがは米田くんだね、全部読み通りだった」

「たまにはやるわね、正直見直したわ」

「見直せ見直せ、おれはやるときゃやる男だぜ」

「それはもちろん、知っておりますよ」

 蘭や真弥、紗江子が褒め称えると、圭悟は調子に乗り続けた。

 しかし、そこに不快感を覚えるものは、この控え室にひとりとしていなかっただろう。

 圭悟の戦術眼があればこそ、天燎高校は総合得点において上位を維持することが出来ているのだ。

 優勝を目指す上で必要不可欠な人材だった。

「次は御影と天神か」

「あの二人、本当に仲悪いんだ」

 幸多は、長椅子に寝そべった法子の全身の筋肉をほぐしながら、幻板げんばんに大写しに映し出された姉妹を見ていた。

 天神高校の金田朝子かねだともこ御影みかげ高校の金田友美(ともみ)が、東西の陣地に配置につく直前になって立ち止まり、睨み合っている。その剣呑けんのんさたるや、幻板越しにも伝わってくるようだった。

 しかし、法子が予想外のことをいってくる。

「そうでもなさそうだったがな」

「そうなんですか?」

「お風呂で喧嘩してたんだけど、先輩が割って入ったら、なんか仲良く出て行っちゃったの」

「……よくわかんねえな、その状況」

「うん、説明してても自分でよくわかんなくなったわ」

 法子に代わって説明してくれた真弥ばしょだったが、その場に居合わせなかった幸多たちには、全く想像のつかない状況であり、どういう風に解釈すればいいのかわからなかった。

 要するに、仲が悪すぎるほどではない、ということなのだろうが。

 それはそれとして、画面上の二人は、険悪そうに見える。二人の視線の間に火花が散ってもおかしくはなさそうなくらい睨み合った末に離れ、両軍の陣地についた。

 かくして、壮大な姉妹喧嘩の火蓋は切って落とされた。

 まさしく姉妹喧嘩といっていいほどの試合展開だった。

 金田朝子は、天神高校の守将である。星門の守護者たる彼女に対し、御影高校の金田友美は、前衛闘手(とうしゅ)として、何度となく勝負を挑むこととなった。

 両者の意地と意地のぶつかり合いは、幻板を見ている幸多たちですら熱気を感じるほどのものだった。

 激闘だった。

 天神と御影の点の取り合いとなり、二対二で前半を終えた。

 後半は、天神が優勢のまま推移した。

 天神は、猛攻に猛攻を重ね、さらに二点を追加することによって勝利を収めたのだ。

 白熱した試合展開は、天燎対星桜の試合よりも余程盛り上がっており、観客の応援や歓声が会場を揺るがすほどだった。

「いいんだよ、これで」

 圭悟が、まるで言い訳するように口を開く。

「おれたちゃ優勝を目指してんだ。そのためならどんな手だって使うべきでだな」

「だれも圭悟くんのこと責めてないってば」

 幸多は、つぎの試合の準備運動をしながら、小さく笑った。圭悟の言い訳がましい口振りが、面白くて仕方がなかった。

「責められたとも思ってねーよ」

「もしかしてあんたって、案外打たれ弱い?」

「んなわけねー!」

 圭悟がむきになって否定する様に皆が笑った。

 そのおかげか、緊張が解れた。

 次は、閃球二日目第三試合。

 天燎高校の閃球での最後の試合となる。

 相手は、草薙真くさなぎまこと率いる叢雲高校だ。

 


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