第五百四十六話 忍者と花守(一)
「戦団本部を落とす。これほど光栄な使命はない。だろう、近藤くん」
「そうだね。これほど光栄で、素晴らしいことはないよ」
田中研輔が興奮する様を横目に見て、近藤悠生は静かに頷いた。
田中研輔は、〈スコル〉の構成員の一人であり、先の戦いにおいては目立った役割を持てなかった人員だ。故に胸の奥になにかしらわだかまっていたものがあったのだとしてもおかしくはない。
なんの能力もないから役目を与えられなかっただけなのだが、しかし、そんな彼とて〈スコル〉の一員であり、〈スコル〉の思想、理念に共鳴して、太陽奪還計画に参加したのだ。
彼がなにかしらの役割、使命を欲するのは当然のことだった。
それが、先の戦いではわかっていなかった。
先の戦いでは、結果ばかりを求めてしまっていた。
それが、計画失敗の最大の理由だということを悠生は理解していたし、だからこそ、禍御雷の面々とは、積極的に話し合う機会を持ったのだ。
禍御雷は、ほぼ全員が〈スコル〉の構成員だった。ただ一人、天燎鏡磨を除いて、だが、彼とは話し合う機会も場所も持たなかったのは、価値観もなにもかもが違いすぎたからだ。
同志には、なりえない。
信用も出来なければ、命を預けることなどできるわけもない。
それでも同じ禍御雷として歩調を合わせるのは苦痛だったが、すぐに慣れた。
この改造された肉体に順応するのと同じような感覚で、天燎鏡磨との共闘にも慣れていった。
このような戦いにも、だ。
悠生は、〈スコル〉の技術面、戦術面で活躍していた人間だ。本来ならば直接戦闘を行うなど御免被りたいところなのだが、しかし、いまならば十二分以上に戦えることもわかっていたし、戦うのも悪くないと思っていた。
禍御雷の力は、圧倒的だ。
そして、数多の機械型幻魔が、彼らの補佐をしてくれる。
これで勝てない理由はない。
「本部を落とす……ね」
九乃一は、改造人間たちの大真面目な発言を受けて、なんともいえない顔をした。
上空から雨のように降り注いできた機械型幻魔の数からすれば、本気なのだろうし、正気なのだろうが、彼からしてみれば、狂っているようにしか思えない。
「わたくしたちの目の前で、大それたことをいうものですわね」
心底呆れ果てたような顔でいったのは、万里彩だ。彼女の優雅としか言いようのない立ち居振る舞いには一切の変化はない。
数多の機械型幻魔が戦団本部の敷地内に降り立って、どす黒いとしか言いようのない咆哮を発しているのだが、そんなことでは彼女の優雅さは微塵も揺るがない。
「そーだそーだ!」
「こっちには九乃一様と万里彩様がいるのよ!」
金田姉妹は、といえば、そんな星将たちから距離を取りながら、他の小隊に加われないものかと視線を巡らせていた。
戦団本部の敷地内は、いまや混沌としていた。
改造人間の強襲によって技術局棟、医療棟が破壊され、さらに無数の機械型幻魔が出現したのだ。
混乱しないはずがなかったし、本部に待機していた全戦力が兵舎や訓練所、本部棟から次々と飛び出してきていた。それぞれが編隊を組み、機械型幻魔への対応を始めている。
金田姉妹も、そろそろ動かなければならない。
そう思っていると、彼女たちに声をかけてきた人物がいた。
「きみたちは戦力にならないのかね?」
獅子王万里主である。
獅子王万里彩の実弟であり、第十一軍団の副長を務める彼は、万里彩によく似た整った顔立ちの持ち主であり、気品と優雅さを兼ね備えていた。
声をかけられただけで金田姉妹が胸をときめかせるのは、当然の摂理だったのかもしれない。
「あ、いや……まだまだ駆け出しですし……」
「邪魔になるだけなんじゃないかって……」
「ふむ。分を弁えているな。悪くない。きみも獅子王万里彩親衛隊に入らないか?」
「万里主」
「はい、姉上。いえ、軍団長」
「そういう話は、後になさい」
とはいったものの、よせ、などとは口が裂けても言えないのが、万里彩という人間だった。
そのような意味のことを口にすれば、万里主が心底落胆するのがわかっているからだ。
いつから万里主がこのような価値観の持ち主になってしまったのかはわからないが、しかし、そうなってしまった以上には、受け止めてあげなくてはいけないとも思っていた。
大切な弟だ。
その弟が思うままにいきられていることが万里彩には、ただただ嬉しいのだ。
その思い通りに生きた結果が、獅子王万里彩親衛隊などという万里彩も想定外の集団が結成されることになったのだとしても、だ。
多少、頭を抱えたくなりながらも、万里彩の意識は、敵に向けられている。
既に戦場は、半端ではないほどに混乱している。
央都四市の各地に存在する戦団の基地を同時に襲撃することによって、混乱は加速度的に膨れ上がり、普段は冷静沈着な作戦司令部をも慌てふためかせていた。
現場のほうが余程冷静にいられるほどだが、それも当然だろう。
現場の人間は、目の前の事態に対処することに専念すればいいのだが、作戦司令部や情報局となれば、話は別だ。各戦団基地の状況を把握し、情報を精査し、対応を協議し、各所と連携を取らなければならない。それが役割とは言え、この状況で混乱しない理由がなかった。
「困ったものだね」
「困りものですわ」
九乃一に同情されて、万里彩は、つい本音をいってしまった。同世代のほかの導士にはいえないことも、九乃一にはいってしまいがちだ。それくらい、万里彩は九乃一に信頼を置いている。
それだけ九乃一が頼りになる導士だからということもあるが、万里彩好みの可憐さを常に纏っているから、という理由もあった。
だから、彼と共闘できることがあると、気が引き締まったし、昂揚もした。
「ま、彼もやる気十分みたいだし、いいんじゃないかな」
九乃一がいったのは、既に万里主が部下たちを指揮し、機械型幻魔の討伐に動き出したからだ。
金田姉妹も、九乃一配下の杖長に従って前線に赴いている。
戦団本部各地で、激闘が始まったのだ。
一方、九乃一と万里彩は、改造人間たちと睨み合ったままだ。
近藤悠生と田中研輔。
いずれもが禍御雷と名乗る改造人間であり、幻魔人間であることは明白だ。二人とも、〈スコル〉の構成員でもあった。
導衣を模した戦闘服は、三田弘道が身につけていたものと同じだが、それぞれ、一部分が異なる意匠になっている。近藤悠生は右手が、田中研輔は左足が、微妙に違うのだ。
つまり、それぞれその部位に八雷神が宿っていると見ていい。
「近藤悠生は土雷、田中研輔は伏雷か。しかし、八雷神の本領は、八種の魔法を自在に使い分けることにあるわけで、それを八つに分割することに意味があるのかな?」
「ない、と、思われますが」
「だよね」
九乃一は、自分の考えが間違っていなかったことを万里彩の意見で確信すると、地を蹴った。一足飛びに近藤悠生との間合いを詰め、相手が右手を翳すのを見て、己の影に潜る。
当然、魔法である。
悠生の右手から巨大な雷球が出現し、そのまま地面に叩きつけられるも、九乃一を飲み込んだ影は、するりと雷球を躱して悠生の背後を取った。悠生の影の中から九乃一が姿を見せる。
瞬間、田中研輔が左足の踵を鳴らした。すると、九乃一の頭上から灰色の雷が雨のように降り注ぎ、悠生ごと周囲一帯を焼き払う。
強烈な雷撃の嵐だった。
九乃一は、間一髪の所を回避して見せると、影の中から上半身だけを覗かせて、雷の雨に打たれて上機嫌な様子の悠生に目を細めた。
「ふうん」
禍御雷には、同士討ちという概念がないらしい。