第五百四十三話 銃の女神
「禍御雷……なるほど、言い得て妙ですね」
北江重吾の発言を受けて、神流は、少しばかり納得して見せた。
「麒麟寺軍団長の雷は、神々《こうごう》しく、福を呼ぶもの。それを模倣した紛い物のあなたたちの雷は、禍々《まがまが》しくも災いを導くもの。実にわかりやすい」
「だれもそこまでいってないんだゼ!?」
北江重吾は、神流が下した結論に大袈裟なまでに仰け反りながらも、すかさずその場を飛び離れた。
どこからともなく魔法弾が飛来したからだ。
北江重吾の相手は、神流だけではない。
神流を筆頭とする大和基地に滞在中の第二軍団の同士全員である。
一体何十人の導士がこの基地にいるのか、わかったものではない。もしかする、百人以上の導士が待機していてもおかしくはなかったし、そんな場所に攻撃をしかけるなど、正気の沙汰ではない。
そう、彼らは、正気ではないのだ。
神流は、重吾が蒼秀の魔法・雷身をも発動させていることに気づいていたし、だからこそ、睨み付けるのだ。
「わたしは、そう判断しました。そして、わたしの判断は、絶対です」
「おおう!? さっすがは総長閣下の姪っ子! 一々言葉が強いんだゼ!?」
「おじ――総長閣下は関係ありません!」
「はっはー! どうだかネ!」
重吾は、基地内を飛び回りながら、周囲から飛来する魔法攻撃の数々を躱し続ける。そして、指を鳴らした。
「ま、こっちもやるんだけどネ」
すると、基地上空の空間がねじ曲がり、穴が開いた。そして、数多の咆哮とともに無数の幻魔が振ってきたものだから、導士たちはそれらの対応にこそ、追われなければならなかった。
全て、機械型幻魔だったからだ。
『出雲基地に機械型幻魔多数出現』
『戦団本部に機械型幻魔多数出現』
『水穂基地に機械型幻魔多数出現』
「……大和基地に、機械型幻魔多数、出現、か」
次々と飛び込んできた通信に対し、神流は、うんざりするような気分でつぶやいた。
機械型幻魔と呼ばれる改造幻魔が確認されるようになったのは、ついこの間だ。
そして、機械型幻魔を生み出したのは、マモンだと考えられている。
禍御雷を名乗る改造人間たちの親玉も、マモンだ。
マモンが生み出した兵器群が一堂に会したということになる。
「そうだヨ! どこもかしこも機械型ばかりサ! そんでオレも、機械型に変身ってわけサ! コード666ってナ!」
大量の機械型幻魔が暴れ始めた中、重吾は、一人だけ空気感の違う言動で神流を呆れさせた。それと同時に緊張もさせる。
コード666。
人型魔導戦術機イクサが異形化した暗号であり、三田弘道が異形の怪物へと変貌した際に発した言葉だ。
それは、DEMシステムの機能を最大限に発揮するための真言といってもよく、幻魔に人間性を明け渡す最後の鍵でもあった。
三田のように追い詰められた挙げ句に発動するのではなく、さも当然のように使うということは、マモンにそうするようにいわれていたからに違いない。
マモンは、彼らを捨て駒かなにかとして利用しているだけではないか。
神流の脳裏にそのような考えが過ったが、考え込んでいる場合ではないこともまた、明らかだった。
相手は、模倣の紛い物とはいえ星象現界を発動したに等しい状態であり、その上、全身を幻魔細胞に飲み込まれた怪物へと変貌しようとしているのだ。
そしてそれは、一瞬で終わる。
重吾は、爆発的な雷光を発した後、その全身を漆黒の装甲に覆われた人型の怪物へと変わり果てさせた。全身を流れる紅い光線は、さながら血の流れのようであり、双眸から漏れる紅い光が、彼がもはや完全な人外の化け物に成り果てたことを告げていた。
「おおおおおおおおっ!」
そして、理性の欠片も感じられないような咆哮が真言となり、その漆黒の装甲に覆われた肉体が、弾けるようにして躍動した。
刹那、神流の視界を怪人の顔面が覆う。眼球のない眼孔から漏れる赤黒い光は、幻魔の目のそれと同じだ。紅く黒く禍々しい光。殺意と敵意、悪意が入り乱れた邪悪な眼差し。
重吾の右手が神流の首を締め付け、そのまま建物の壁に叩きつけられる。衝撃が神流の後頭部や背中から体を突き抜けるが、大したことはない。
少なくとも、この程度で意識が飛ぶような星将は一人としていないだろう。
「軍団長!?」
「神流様!?」
部下の悲鳴を受けて、神流は、自分に腹が立った。部下に心配をかけるなど、軍団長にあるまじきことだったし、星将に相応しくない反応に違いなかったからだ。
神流は、重吾の左手が紫色の雷光を帯びているのを一瞥するなり、自分の首を掴んでいる右手首を両手で掴み、上半身の力だけで怪人を空高く放り投げた。
「焔神砲撃!」
即座に魔法で追撃し、その場を飛び離れると、巨大な火球が怪人を飲み込み、大爆発を起こすところだった。
周囲では、機械型幻魔と部下たちが激闘を演じている。
そんな部下たちに不安がらせてしまったのは、軍団長として情けないことこの上ない。
それはつまり、自分が、あの程度の相手に斃されるのではないかと思われているということではないか。
たとえそうではないのだとしても、そう受け取るべきだ。
そして、戒め、二度とそのようなことがないように徹底するべきだった。
軍団長とは、星将とは、全ての導士の模範でなければならず、目指すべき目標でなければならない。
それなのに、あの程度のことで心配されるようでは、面目もなにもあったものではない。
自分への怒りと恥ずかしさが、神流の全身の魔力を急速に凝縮させた。星神力への昇華と、それに伴う〈星〉の煌めき。全身の細胞という細胞が燃え立つようであり、だからこそ、彼女は唱える。
「銃神戦域」
神流が星象現界を発動したとき、重吾は、空中にあった。神流の魔法によって打ち上げられ、爆発に飲まれたものの、その程度では致命傷にもならない。なぜならば、改造人間であり、コード666を発動し、全身を幻魔細胞に覆われているからだ。
それも、星象現界に等しい力を帯びている。
となれば、妖級上位を圧倒する力を持っているといっても過言ではなく、星将の魔法ですら、致命傷を与えるのは難しいということだ。
爆発によって受けた損傷も瞬く間に回復した重吾は、空中で反転し、虚空を蹴るようにして、神流に殺到した。
それはまさに幻魔の習性に他ならない。
この場に存在するもっとも密度の高い魔素質量を目指したのだ。
すると、神流の全身から莫大な星神力が展開した。眩く、神々しい光の奔流。それは瞬く間に重吾の体をも突き抜けていき、広域に展開していく。
重吾は、気にしない。考えていないのだ。
ただ、敵を斃し、屠り、喰らう。
それだけがいまや彼の意識を席巻していた。
すると、重吾は、混乱する。
超高密度の魔素質量が一点ではなく、全周囲を覆い尽くしたからだ。
そして、視界の片隅になにかが閃き、衝撃が重吾を襲った。それも一度や二度ではない。四方八方から立て続けに浴びせられるのは、銃撃だった。
神流の星象現界・銃神戦域は、空間展開型に類別される。
空間展開型は、星神力によって高密度の結界を構築する星象現界であり、その結界には、星象現界によって様々に異なる能力が付随している。
銃神戦域は、領域内に無数の銃砲火器が配置されており、神流の意のままに銃撃や砲撃が行われるのである。
そして、それらの攻撃は、重吾だけに行われるわけではなかった。
範囲内に存在する機械型幻魔へも、雨の如く銃撃が降り注ぎ、その堅牢極まる巨躯を瞬く間に打ち砕き、魔晶核もDEMコアをも撃ち抜いて、死骸の山を築き上げていく。
極めて一方的な殺戮の中心で、それでも神流は、自分の情けなさに打ち拉がれていた。




