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第五百四十二話 阿修羅の如く(二)

「しかし……腕が六本に増えたところで、なにか変わるとでも?」

 明日良あすら星象現界せいしょうげんかいの発動を見てもなお、島本香澄しまもとかすみは余裕を崩さなかった。

 自分にはまだまだ秘策があり、数の上でも圧倒的に有利であるといわんばかりだった。

 実際、数は圧倒的だ。

 大量の機械型幻魔マキナ・タイプ出雲いずも基地を蹂躙じゅうりんしていて、導士たちと激戦を繰り広げている。撃破されるたびに補充される機械型幻魔の数は、まだまだ減ることを知らない。

 いずれ第八軍団の導士たちは消耗し、疲弊ひへいし尽くすに違いなく、故に香純は勝利を確信しているのだ。

「ただ腕が増えただけで」

 香純は、明日良を見据みすえている。

 星象現界せいしょうげんかいと呼ばれる戦団魔法技術の最秘奥さいひおうが発動したことによって、明日良の外見に大きな変化が起きている。髪は逆立ち、全身は導衣をより豪華絢爛に変化させたような衣に覆われていた。

 そして、さらに四本の腕が追加されていて、見るからに化け物染みている。

 ただでさえ威圧的な明日良の見た目が、さらに厳つく、怪物的に見えていた。

 だが、それだけだ。

 確かに莫大な魔素質量を感じる。肌がひりつき、神経が震えるほどの巨大質量。ともすれば引き寄せられるほどの重力を感じるのだが、しかし、それだけなのだ。

 それだけで、状況は変わりはしない。

 自分は、三田弘道さんだひろみちではないのだ。

 彼のような失態しったいを犯す愚か者ではない。

 三田は、相手を見くびった。相手を見くびり、自分を過信し、そのために惨憺さんたんたる結果に終わったのだ。

(わたしは、違う!)

 三田とは違い、役目を果たし、天璃てんりに褒めてもらうのだ。

 そのためにも、生きて帰らなければならない。

 使命を成し遂げ、その上で、生還する。してみせる――香純は、明日良の周囲に渦巻く嵐のような律像を見つめながら、全身の魔力を滾らせた。

 星象現界について知っていることといえば、この体にも、同様の力が満ちているということであり、この力があれば、星象現界の使い手にも対抗できるという事実だ。

 麒麟寺蒼秀きりんじそうしゅう星象現界せいしょうげんかい八雷神やくさのいかづちのかみ

 その一部が彼女の胸に宿っている。

 火雷ほのいかずちと命名されたその魔法は、彼女の意のままに紅い雷光をはしらせ、その全身を包み込んだ。

 虚空を、蹴る。

「六本腕ってのは、まあ、不便なんだがな」

 明日良は、紅い雷光の塊となって殺到してきた島本香澄を一瞥いちべつし、その緩慢極まりない速度に対し、同情すら覚えた。

 それが現状の島本の最高速度なのだろうが、明日良には児戯じぎに等しく見えたのだ。

 星象現界を発動し、星装せいそうを身に纏ったことにより、明日良の能力は飛躍的に向上している。動体視力も大幅に強化されていて、だからこそ、島本の火雷も遅く感じるのだ。

 見えている。

 島本が紅い稲光となって多角的な軌道を描きながら、明日良へと迫ってくる様子が手に取るようにわかる。その軌道の変化すらも、なにもかもが、はっきりと。

 これが星象現界・阿修羅あしゅらの能力、というわけではないのだが。

 ただの経験則に過ぎない。

「だが、思い通りに動くのなら、話は別だろ?」

「ぐぁっ!?」

 島本がくぐもった悲鳴をあげたのは、明日良が軽く体をさばいてその突進を回避して、ついでに右手でその首を握り締めたからだ。細い首だ。明日良がわずかに力を込めるだけで折れてしまうのではないかと思えたが、そんなことはないのだろう。

 彼女は、改造人間だ。

 全身に幻魔細胞が注入された怪物。

 人間の握力だけで折れるほどか弱い骨ではあるまい。

「こんなもの……!」

 島本が明日良の右手による拘束を振り切ろうとし、火雷を迸らせた。胸元から放出される紅い雷光。それは彼女の全身のみならず、全周囲へと拡散していき、明日良をも飲み込んでいく。

 しかし、明日良は、微風にすら感じていなかった。吹き荒ぶ颶風ぐふうが、彼の全身を護っているからだ。暴風が彼の全身を覆う結界となり、火雷を受け流し、弾き飛ばしている。

 大気が焼け焦げたにおいすら、明日良には届かない。

「コード66――」

「させるかよ」

 冷厳れいげんに告げたときには、阿修羅の四本腕が島本香澄の胸を突き破っていた。打撃とともに暴風が渦巻き、心臓とDEMコアを一瞬にして破壊し尽くす。

 大量の血が噴き出したが、明日良にかかることはなかった。

 嵐が、渦巻いている。

「そ……んな――」

 島本の断末魔は、絶望的なものとして明日良の耳に残ったが、彼は、なんにも感じなかった。央都の秩序を乱す幻魔を一体殺しただけだ。そこになんらかの感傷を抱けるほど、明日良は未熟ではない。

 もはや絶命した島本の亡骸を右手で掴んだまま、明日良は叫んだ。

道魔どうま!」

「はい。ここに」

「後始末は任せた」

 そういって、明日良が島本の死体を投げつけると、芦屋あしや道魔は当然のように魔法で受け止めて見せた。

「はい」

「後はそうだな。軍団の指揮も任せる。これ以上、機械型をのさばらせるなよ」

「はい。軍団長はどこへ?」

「遊園地」

 まるで遊びにでも行くかのような一言を言い残して、明日良は、上空へと舞い上がった。

 暴風が彼に追従し、彼が嵐の中心のような光景を形成していく。すると、大勢の幻魔が明日良に向かって殺到してきたものだから、彼は、苦笑するほかなかった。

 機械型幻魔も、幻魔の習性に従うのだろう。

 この場でもっとも強大な魔素質量の持ち主である明日良をこそ、攻撃対象と定めたのだ。

 ガルム、フェンリル、ケットシー、カーシー、アンズー――大量の機械型幻魔が一斉に襲いかかってくるものだから、明日良は、仕方なくそちらを見下ろした。

 二本の腕は腕組みしたままで、阿修羅の四本腕それぞれが暴風の塊を投げつける。翡翠色の風の塊たち。それらは、地上から上空の明日良へと群がろうとする多数の幻魔たち、その先陣に激突すると、巨大な竜巻となって炸裂し、機械型幻魔の強靭な肉体をもずたずたに引き裂いていった。

 明日良は、その結果を見届けようとはしない。

 すぐさま、目的地に向かって飛び出していた。

 出雲基地は、道魔率いる杖長たちがどうにかしてくれるだろう。

 機械型幻魔が無尽蔵に湧いてくるのであれば、全滅の可能性も考えられたが、どうやらそうではなさそうだった。

 少なくとも、島本香澄が死んだ時点で増援はなくなっていた。

 おそらく、だが、禍御雷が機械型幻魔を呼び出していたのであり、その生命活動が停止したことによって増援も止まったのだろう。

 希望的観測に過ぎないが、そのように結論づけておく。

 今最も大事なのは、出雲遊園地のほうだ。

 出雲遊園地内部でも禍御雷らしきものが暴れ始めたという報告があり、間もなく、内部との連絡が取れなくなったのだ。

 遊園地外部からは、遊園地全体が巨大な雷光の球体に覆われているという報告があった。

 これも、禍御雷の仕業に違いない。

 禍御雷と名乗る改造人間たちは、央都四市の戦団基地を襲撃しているのだが、その最大の目的は、どうやら出雲遊園地にあるらしかった。

 でなければ、遊園地全体を結界で覆うなどという真似をする意図がわからない。

 そして、遊園地には、いま、皆代幸多みなしろこうたがいるという話だった。

(そら見た事かよ)

 明日良は、内心、唾棄だきするほかなかった。

 マモンが特異点を狙って動き出したという情報がありながら、なぜ、特異点と名指しされた二名を放置しているのか、明日良には全くわからなかったのだ。

 皆代幸多と本荘ほんじょうルナの二人は、最低でも徹底的な監視下に置いておくべきであり、杖長辺りを護衛にでもつけておくべきだっただろう。

 それをしなかった結果がこの有り様ならば、戦団上層部の責任問題になりかねない。

 護法院ごほういんの――。

 やがて、大社山が見えてくると、巨大な雷球が遠目にも視認できた。

 遊園地の広大な敷地を包み込む半球形の雷光の結界。

 それは紛れもなく、麒麟寺蒼秀きりんじそうしゅうの魔法・大雷おおいかづちであった。


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