第五百四十話 皆代幸多という人間ならば(三)
「それかよ!」
思わず空護は叫びながらも法機を制御して、その場から高速移動した。
鏡磨の雷撃は、その後光のような背後の雷光から放たれる。さながら雷神の如き威容は、鏡磨の秀麗な顔立ちを時折、鬼のような形相に見せるのだが、元より神経質で、常に苛立っていることも影響しているに違いない。
導衣にも似た黒と赤の戦闘服のみならず、全身に雷光を帯びているのは、これもまた、改造人間の特徴といえるだろう。
麒麟寺蒼秀が発明した魔法、雷身を常時発動させているのだ。
雷身によって、戦闘に関するあらゆる能力を飛躍的に向上させている。
攻撃、防御、速度、反応――あらゆる能力が、だ。
ただし、雷身は、極めて高度な技術だ。
雷身の原理を解明し、似た性質の魔法を使おうと試みた導士は数多といるが、完璧に使いこなせているものは数えるほどしかいない。
身体能力を強化する魔法も数多とあるが、それらの扱いが困難であることと同じ理由だ。
急激な身体能力の変化に脳がついていかないからだ。
だから、肉体強化魔法の類は、高等魔法とされるのであり、使いこなせるものは、それだけで優秀な魔法士とされる。
つまり、雷身を使いこなすことのできる改造人間たちは、優秀な魔法士になるのか、といえば、そんなことはないだろう。
『奴らは改造人間だからな』
とは、天空地明日良の発言であり、空後の脳内をよぎった。
第九軍団味泥中隊による大空洞調査の結果、様々なことが判明した。
改造人間たちが、麒麟寺蒼秀の星象現界・八雷神に纏わる特定の魔法と、雷身を使うということが一つ。
改造人間は、機械型幻魔と同様の存在であり、心臓を二つ持っているということが二つ目。
DEMシステムによって完全に幻魔化すると、全ての能力が急激に向上するが、人間性もまた完全に失われ、暴走状態に陥ると言うことが三つ目。
そして、雷身をも使いこなせるだけの能力が、改造によって与えられているらしいということも、判明した。
『生来の能力なんかじゃあねえよ』
明日良が吐き捨てるようにいったのは、彼が麒麟寺蒼秀と切磋琢磨した間柄であり、数少ない好敵手と認める相手だからに違いなかった。
そんな明日良の発言を受けて、空護は、天燎鏡磨を見ている。
確かに、一見、魔法を使いこなしているように見えるが、必ずしもそうではなさそうだった。
少なくとも、完全無欠には使いこなせていない。
天燎鏡磨の背後に後光のように展開する雷魔法は、析雷だ。そして、析雷は、敵を引き裂く雷光を放つ中距離攻型魔法である。
遠距離攻撃用でもないのに、遠距離の敵に向かって放っている場面を何度も見ている。
攻型魔法の多くは、最適な距離が設定されている。近距離、中距離、遠距離という最低三種の距離に類別されており、状況に応じて使い分けるのが一般的な導士だ。
しかし、鏡磨たち改造人間は、雷身以外にはそれぞれ一種類の攻型魔法しか持ち合わせていないようだった。
だからこそ、鏡磨は、最適な距離ではない相手にも析雷を使うしかないのかもしれないが、その結果、析雷の威力が最大限に発揮できていないことが少なからずあった。
空護は、鏡磨のことをそこまで分析してはいた。いたが、決定打がない。
こちらの攻撃は、全て、容易く躱されてしまうからだ。
だからといって、皆代幸多に決定打を求めるのは無理難題ではないか、と思ってもいる。
「闘衣だったか? そんなんでどうにかなるのかよ――」
などと、空護がいった瞬間だった。
「銃王」
幸多は、さらに転身機の光りに包まれると、次の瞬間には全身に重装甲を纏っていた。魔法合金製の鋭角的な装甲が闘衣の装甲部と接続され、全身と一体化する。
戦術拡張外装こと鎧套であり。
相手は、魔法士だ。となれば、遠距離戦闘となるのは相場が決まっている。
しかも空中戦なのだ。
相手が地上にいるのであれば近接戦闘に持ち込むことも不可能ではないのだが、空中に留まり続けるような相手には、撃式武器を用いるべきだった。
魔法に最適な距離があるように、武器にも最適な距離があるのだ。
白式武器は、近距離から中距離用の武装であり、中・遠距離となれば撃式武器の出番である。
幸多に迷いはなかったし、転身機が機能してくれたことには安堵していた。
遊園地を覆う結界によって基地や戦団本部との通信が不安定になっているのだ。転身機が機能しない可能性も考えられた。
その場合、幸多は、素手で戦わなければならなかったのだから、一安心だ。
「飛電」
さらに二十二式突撃銃・飛電を召喚すると、幸多はその巨大な銃器を右腕に収めた。すぐさま、銃王が自動的に反応し、飛電との接続を始める。
「おお! それが噂の鎧套か!?」
「映画みたいだな!?」
「かっこよ」
万葉が、高徳真也の法機に相乗りになって戦線に復帰するなり、幸多の威容に目を輝かせた。
幸多は、空護の法機の後ろに仁王立ちに立っている。超高速で飛び回る法機の上で、微動だにしないのだ。それもこれも、銃王を身につけているおかげだ。
銃王は、射撃戦に特化した鎧套である。ありとあらゆる地形や状況で射撃戦を行えるように作り込まれている。
たとえば、いま幸多が高速で飛行する法機の上で立ったまま安定しているのは、脚部装甲の機構が法機を認識し、連結しているからだ。
この状態ならば、射撃にのみ意識を集中することができるというわけだ。
「これでぼくも攻撃に参加できますよ」
「おう、期待させてもらうぞ、皆代閃士!」
「はい!」
幸多は、空護の気合いを込めた一言に威勢良く返事をすると、眼前に万能照準器を展開した。視界を覆うように展開するそれは、ノルン・システムとの連携によって本領を発揮するものだ。もちろん、現状では女神たちの支援は期待できない。
銃王に搭載されているという、戦闘補助機能を頼みにするしかないのだ。
(いまは……!)
幸多は、銃王という外付けの装備を利用し、その機能に頼ることを情けないなどとは思わなかった。
銃王にせよ、闘衣にせよ、撃式武器にせよ、第四開発室の技術者たちが精魂込めて作り上げたものだ。人類の叡智の結晶であり、血と涙の塊なのだ。
ここに込められたのは、幻魔殲滅の希望であり、人類復興の悲願なのだ。
これを使うことになんの躊躇いもなければ、恥じることもない。
これで多大な戦果を上げることこそ、いま、幸多に求められていることなのだから。
だから、幸多は、天燎鏡磨を万能照準器で捉えながら、空護が析雷の回避運動に全力を注いでいるのを感じていた。
空護率いるハイパーソニック小隊が辿るのは、鏡磨を中心とした円周軌道だ。大きく上下に揺れながら、決して一点に留まることなく飛び続けている。
他の小隊の中には、一点に留まり、要塞染みた魔法防壁を展開することで、鏡磨への集中攻撃を行っているものもいるが、大抵の場合は、鏡磨の攻撃を躱すことに専念していた。
回避しながら、隙を見つけては、攻撃を繰り出しているのだ。
それで、少しずつでも鏡磨の力を削り取ろうというのだろうが、それでは根本的な解決にならない。
「わかってるだろうが、奴は改造人間だ。心臓が二つある」
「両方を破壊しないと、意味がないってこと」
「はい!」
幸多は、ハイパーソニック小隊の隊員たちの声に力強く頷きながら、万能照準器が示すままに引き金を引いた。
飛電の銃口から閃光が奔り、爆音が轟いた。それも一度に数十発だ。無数の弾丸が空中を駆け抜け、一瞬にして鏡磨の元へ到達する。が、当たらない。
雷光の残像を貫いただけだった。
鏡磨が、幸多を見て、嘲笑った。だが、幸多は、といえば、
「み、耳が死ぬ!?」
「うるせぇ!?」
「そんなにうるさいなら、最初からいってくれる!?」
「す、すみません!」
ハイパーソニック小隊からの苦情を一斉に浴びて、謝るしかなかった。
確かに、飛電にせよ閃電にせよ、銃撃時に発生する爆音は、とてつもなく大きかった。幻想訓練時にも、一発撃っただけで居場所が割れてしまうことが多々あり、そのことで第四開発室に意見したほどだった。
イリアたちもそのことは問題と考えていて、改良中とのことではあったのだが。
「改造人間か。相変わらず、戦団にはセンスというものがないな。窮極幻想計画にしろ、戦術拡張外装にしろ、闘衣にしろ、白式、撃式武器にしろ、全てな」
鏡磨は、背後の雷光を大きく広げ、翼のようにして見せた。
「我らは禍御雷。マモン様がこの世を正すために振り下ろした、魔の雷よ」
そして、雷光の翼が羽撃くと、無数の稲妻が、全周囲に嵐のように吹き荒んだ。