第五百三十九話 皆代幸多という人間ならば(二)
複数の小隊が入り乱れるようにして高空を飛び交いながら、たった一人の魔法犯罪者と戦っていた。
熾烈な魔法戦。
魔法の流れ弾による被害を防ぐため、広域に及ぶ魔法障壁が展開されており、戦場はその結界の中に限定されているはずだった。
しかし、被害は拡大する一方である。
相手の魔法の威力が、戦団の想定を遥かに上回っているということもあるだろうし、それ以上に、どれだけ防型魔法を重ねても防ぎきれないという絶望的な事実があるのだ。
戦場の真っ只中、出雲遊園地の遙か高空に浮かぶ魔法犯罪者は、ただ一人。
たった一人でこの出雲遊園地に攻撃を仕掛け、警備に当たっていた複数の小隊との戦いに身を投じてきたのだ。
正常な思考をしていれば、ありえないことだろう。
少なくとも、並の魔法犯罪者が行うようなことではない。
ここまで大それたことを行う魔法犯罪者など、央都史上に存在しなかったし、過去にも数えられるほどしかないのではないかと思えた。
魔法犯罪。
魔法を用いた犯罪行為の総称だ。
それがどのような規模のものであれ、魔法を使っているのであれば、魔法犯罪に類別され、厳しく罪を追及される。
魔法を使わない犯罪よりも、魔法を使った犯罪のほうが厳しく取り締まられるのは、魔法社会ならば当然の帰結だろう。
魔法は、万能に極めて近い力だ。
ただ軽く想像するだけで人を傷つけることもできるし、殺めることだって造作もない。それほどの力である以上、徹底的に管理し、厳重に取り扱わなければならない。
でなければ、社会秩序など、あっという間に崩壊してしまう。
だから、央都における一般市民の魔法の使用は、かなりの制限が設けられているのだし、他者を傷つけるような魔法の使用は、原則的に禁じられていた。
そして、悪意を以て他者に魔法攻撃を加えたのであれば、そのものは、その瞬間から魔法犯罪者となり、警察部のみならず、戦団と敵対することになるのだ。
今現在、幸多の目の前で繰り広げられている光景は、嘘のように思えてならなかった。
魔法犯罪者が、戦団の導士たちを相手に大立ち回りを演じている。
強烈な雷光を帯びた魔法犯罪者。
(改造人間……!)
脳裏に浮かんだ言葉を胸中で叫んだときには、雷の翼のような光背を負ったその男が、一人の導士を掴み上げていた。そして、地上に向かって投げ飛ばす。追撃として緑色の雷撃を放つも、導士が展開した魔法壁によって妨げられた。
もっとも、雷撃は、容易く魔法壁を爆砕してしまったが。
「おいおい、なにやってんだきみは!?」
聞き覚えのある声が幸多の耳朶に飛び込んできたかと思うと、突風のように接近してきたものがあった。
法機に跨がり、導衣を靡かせる男には、確かに見覚えもある。
視認するなり、幸多は抗弁した。
「いくら非番だからって、放っておけませんよ!」
「そりゃあそうだろうが!」
幸多は、突っ込んできた導士の法機の柄を掴むと、くるりと回転して飛び乗った。
「おれのことは覚えてるか? ハイパーソニック小隊の隊長! 音波空護だ!」
「も、もちろん!」
「ん? まあいいや。見ての通り、状況は最悪だ。なにせ、外部との連絡が取れない」
「連絡が?」
そこまでいって、幸多は、ヴェルザンディの通信が途絶えたのもそれなのだろうと察した。
「上を見ろ」
音波空護は、法機を捌いて雷撃を躱しながら、加速した。空中を飛び回ることで、敵の狙いが定まらないようにしているのであり、常人ならば目が回りそうなほどの速度を出していた。
それくらいの飛行速度でなければ、敵の雷撃を回避できないのだろう。
「上……」
幸多は、頭上を仰ぎ見た。
現在、遊園地の上空にいる。それも遊園地内のあらゆる建造物を遥か眼下に見下ろすほどの高度だ。数十メートルどころか、百メートルを大きく凌駕する高度。
その上空には、当然のように雲一つない青空が広がっているはずなのだが、なにやら白みがかっていて、時折、稲光が走っているように見えた。それも頭上だけではないということは、視線を巡らせればわかる。
半球形の魔法の壁が、広大な遊園地の敷地を包み込んでいるのだ。
「魔法による結界ですか?」
「だろうよ」
それ以外には考えられないから、空護も苦い顔で頷くしかない。
周囲では、敵の雷光や味方の攻型魔法、防型魔法が乱れ飛んでいる。
そんな中、空護と幸多に追従してくる導士たちがいた。ハイパーソニック小隊の面々である。
「見ての通り、この遊園地全体が外界から隔離されているのよ」
「だから、おれたちだけでなんとかしなきゃなんねえってわけだ。もちろん、出雲基地にいる軍団長が黙って見てるはずもないんだがな」
「時間稼ぎに徹すれば、必ず勝機はある」
ハイパーソニック小隊の導士たちは、声を励まして、断言した。
彼らは、直属の上司である第八軍団長・天空地明日良への信頼を隠さなかったし、幸多も、天空地明日良ならば、この程度の結界など容易く破ってくれるに違いないと即座に思った。
天空地明日良は、戦闘部が誇る最高峰の魔法士の一人なのだ。
伊佐那美由理、麒麟寺蒼秀、朱雀院火倶夜、そして妻鹿愛と並ぶ五星杖の一人である。
「時間稼ぎ? それでいいのかね、諸君」
不意に、幸多の耳に聞き知った声が届いた。それが魔法犯罪者の声だということは瞬時に理解できたし、どこの誰なのかも把握できた。
それくらいには特徴的な声だった。
極めて神経質で、常に周囲に対する不快感を隠せないような、そんな声音。
「誉れ有る戦団導士諸君。たかが魔法犯罪者一人に手間取った挙げ句、数え切れない犠牲者を出すことになるのは、構わないとでも言うのかね」
「あれは……」
幸多は、空護が操縦する法機の上から、声の主を見た。その姿は、記録映像に見た三田弘道によく似ている。導衣に似た戦闘服を身につけ、全身に雷光を帯びているからだろう。
だが、顔立ちは、当然、三田のそれとは大きく違う。ただし、幸多には見知った顔だった。声音同様、神経質そうな顔つきには、苛立ちが募っているように見えた。
「天燎鏡磨だ。聞いてるだろ。マモンに連れ去られた囚人の一人だったって。奴も改造手術を受けて、改造人間になっちまってたんだよ」
「悪魔に魂を売ってね」
国玉万葉の一言を受けて、だろう。
天燎鏡磨は、鋭い眼差しを彼女に向けた。背後に背負った後光のような雷光が、その輝きを増す。激しく、強烈に。
「魂はここにあるよ。悪魔に売り渡したつもりなどないが……まあ、きみたちの言い分もわからないではない。だが、戦団の導士諸君に、この程度の人体改造でどうこういわれる筋合いは、ないなあっ!」
「きゃあっ」
一瞬だった。
一瞬にして鏡磨の姿が幸多の視界から掻き消えたかと思うと、空護と併走していた国玉万葉が雷光とともに吹き飛ばされていたのだ。
法機から蹴落とされ、地上へと落下していく万葉に対し、雷撃による追撃が無慈悲にも襲いかかる。
「万葉!」
「任せろ!」
叫び、真言としたのは、倉石哲治である。
万葉と雷撃の間に無数の魔法防壁を構築することによって、彼女への追撃を無力化すると、同時に、鏡磨の視線を自分に向けさせて見せた。
まさに防手の役目である。
空中に浮かんだまま、こちらを睨みつけてくる鏡磨に対し、哲治が勝ち誇ると、鏡磨が苛立つのがわかった。
「ふう……万葉は無事だな。さすがアイアンウォールの哲治だぜ」
「それダサいからやめろ」
「かっこいいだろうが!」
空護と哲治が言い合いをしながら編隊を組み直せば、高徳真也が地上に落下したままの万葉を拾いに行く。
鏡磨は、ハイパーソニック小隊を注視しながらも、周囲からの魔法攻撃を回避するべく、飛び退いた。無数の魔法弾が空中を飛び交い、魔法防壁に激突して爆発する。
「ふむ。きみたちの練度は、中々のようだ。しかし、そのようなお荷物を抱えていては、どうしようもあるまいに」
などと、鏡磨が挑発してきたのは、複数の小隊からの攻勢を受けながらのことだった。攻型魔法の尽くを回避して見せながら、ついでのように雷撃を放ち、攻撃する。
改造人間の凄まじい反応速度には、舌を巻くしかない。
「お荷物? ああ、こいつのことか。皆代、なんかいってやれよ」
「なんかって……いわれても困るな。そうだ」
「お?」
空護は、幸多が改造人間相手に大見得を切ってくれるのではないかと期待した。しかし、幸多の口から吐き出されたのは、聞き慣れた召喚言語だった。
「転身!」
幸多の全身が転身機の光に包まれた。




