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第五百三十七話 禍御雷(三)

 戦団本部に現れた改造人間・禍御雷まがみかづちは、二名。

 一人は、〈スコル〉の幹部であり、頭脳であった近藤悠生こんどうゆうせいだ。清潔そうな顔立ちの男で、ひょろりとした体躯を縛り付けるようなマモン謹製の戦闘服は全く似合っていなかった。学者肌で技術職の人間なのだ。魔法士として戦闘するつもりなど、彼の人生設計の中にはなかったのではないかと思えた。

 しかし、マモンに改造され、マモンの配下となったいまとなっては、そのような考えは捨てているかもしれない。

 もう一人もまた、〈スコル〉の構成員だ。田中研輔たなかけんすけ。頭上から降り注ぐ陽光を跳ね返して輝く頭を持つ、剃髪の男。ぎらついた眼差しの持ち主で、瞳の奥から紅い光を漏らしていた。

 〈スコル〉の戦闘要員だけあって、近藤悠生よりはよほど戦闘服が似合っている。

 黒を基調とし、赤が入り交じった戦闘服は、どことなく人型魔導戦術機ひとがたまどうせんじゅつきイクサを連想させた。

 きっと、気のせいではあるまい。

 禍御雷は、イクサを視点とする悪魔の技術系統の現時点における到達点だ。

「訓練中じゃなくて良かったね、まったく」

「本当ですよ! 巻き添え食らって死ぬところでした!」

「死にはしないと思うけど、許せないよね!」

 金田かねだ姉妹の甲高い叫び声に多少辟易(へきえき)しながらも、新野辺九乃一しのべくのいちは、二人の改造人間が戦団本部を見回す様を見下ろしていた。

 二人の改造人間は、なんの前触れもなく現れ、戦団本部に大打撃を与えている。

 いや、前触れ自体はあったといえるのかもしれない。

 出雲遊園地での魔法犯罪が前触れといえるのであれば、だが。

 しかし、全く異なる場所で発生した魔法犯罪から戦団本部への急襲を連想することができるのであれば、完璧な予知能力としかいえなかったし、ノルン・システムの不完全な未来予測では想定しようもない事態だった。

 そして、戦団本部敷地内の技術局棟と医療棟が攻撃を受け、半壊してしまったという事実も、だ。

 いずれも、戦団にとってなくてはならない重要施設であり、常に防備を固めている建物でもあった。万が一にでも外部から攻撃されるようなことがあれば、戦団にとてつもない被害が出るからだ。

 いずれもが致命的な打撃を受ければ、それだけで戦団本部が機能不全に陥りかねない。

 医療棟には、治療中の導士たちがたくさんいたはずだったし、魔法医療技術の最先端でもある。医療魔法、治癒魔法の優秀な使い手たちが数多といるのだ。

 技術局は、戦団の要の一つともいえる部署であり、現在の戦団の様々な活動を支えている大きな力だ。常に最新の装備を提供してくれているからこそ、導士たちは、幻魔との戦いに対する恐怖を減らすことができている。

 戦団を支える二大部署、その建物を攻撃したのは、偶然などではあるまい。

 最初から、狙って攻撃したのだ。

 次に攻撃したのが総合訓練所と兵舎ということからも、彼らの狙いがよくわかるというものだろう。

 戦団本部を徹底的に無力化し、戦団の指揮系統を混乱させつつ、弱体化を図ろうとしている。

「悪魔に魂を売ってまで手に入れた力で、自分たちが長年怨敵(おんてき)と定めてきた相手の拠点を蹂躙じゅうりんできるんだ。さぞ、気分がいいだろうね」

「それ、本当に気持ちいいんですかね?」

「自分たちが今までしてきたことを否定していません?」

「その通りだよ」

 九乃一は、金田姉妹の意見に頷くと、小さく笑った。禍御雷などと名乗る改造人間たちよりも、彼女たちのほうが余程、本質を見抜いている。

 もちろん、改造人間たちにも同情の余地はある。

 その余地とは、自分たちの意志とは関係なくさらわれ、改造される以外に選択肢がなかったという一点だ。

 マモンによる改造手術を拒否したところで、抵抗しようもなければ、強行されたに違いない。

 もっとも、彼らの表情からは、自分たちが改造されたことを嫌がっている風には一切見えないのだから、同情の余地も風の前のちりに等しく、あっという間に消えてなくなってしまったのだが。

 さて、戦団本部である。

 常に本部に詰めている導士というのは、決して多くはない。

 葦原あしはら市の防衛任務は三軍団が合同で担当するということもあり、他の市の基地に比べて多くの導士が待機していてもおかしくはないのだが、大半が通常任務に出払っているというのが実情である。

 葦原市は、他の三市に比べて面積が広く、人口も多いため、数多くの導士が日夜通常任務に当たっている。しかも三交代制であり、朝昼晩のどんな時間帯でも、導士たちは市内を巡回していたり、駐屯所に待機していたり、市内に眼を光らせているのだ。

 だから、戦団本部の待機戦力というのは、決して多くはない。

 今日も、そうだ。

 動員できる戦力というのは、必ずしも多くはなく、だからこそ、九乃一が真っ先に飛び出し、改造人間たちの前に立ちはだからざるを得ないというわけだ。

(そうでなくとも、それがぼくの役割なんだけど)

 星将せいしょうであり、軍団長である以上、戦闘の矢面に立つのは、いつものことだ。

「たった二人で戦団本部に襲いかかってこられるとは、まったくもって恐れ入りますわね。どのような教育と受ければ、そのような無謀むぼうな考えに至るのでしょう」

「でも案外、そういうのが通用したりするんだよね」

「そうでしょうか?」

 などと、九乃一に胡乱うろんげな眼差しを向けたのは、獅子王万里彩ししおうまりあである。

 第十一軍団長である彼女もまた、今月の葦原市担当であり、たまたま、戦団本部に待機していたのだ。

 そこへ改造人間の急襲があり、飛び出してきたところを九乃一たちと遭遇した。

 九乃一の周囲には、同じく総合訓練所に籠もっていた導士たちが集まっているが、万里彩の周りには、副長・獅子王万里主(まりす)を始めとする獅子王万里彩親衛隊の面々が勢揃いしていた。

 その迫力たるや、彼女たちだけで負ける気がしないではないかと思えるほどのものだった。

「わたしたちも負けてられない……!」

「そうね、負けてらんないわ……!」

「どこに対抗心を燃やしてるんだか」

 九乃一は、金田姉妹が新野辺九乃一親衛隊を結成してしまうのではないかという悪寒おかんに震えながら、改造人間たちを見た。

 改造人間たちは、既に多数の導士たちによって包囲されているのだ。

 近藤悠生と、田中研輔。

 いずれも膨大な魔力を帯びていて、律像りつぞうが複雑に変形し続けている。すぐさま攻撃から防御や移動に対応できるように、想像を巡らせているのだ。

 だが、それは九乃一たちも同じ事だ。

 その場にいる誰もが魔力を練り上げ、律像を形成している。

 百人近い導士が、たった二人の改造人間を相手に戦おうというのだ。

 圧倒的優勢としか思えなかった。

 しかし、

「随分と余裕だね?」

「当たり前だろう。負ける気ならば、わざわざこんなところには来ないよ」

 田中研輔は、にやりと笑い、みずからの頭を撫でた。近藤悠生が軽く肩をすくめ、指を鳴らす。

 すると、ふたりの頭上、雲一つない青空の下に、禍々《まがまが》しい歪曲空間が発生し、暗黒の口が開いた。その闇の中に無数の赤い光点が瞬き、異形の咆哮ほうこうほとばしる。

「あれは!?」

機械型マキナ・タイプです!』

 悲鳴にも似た通信が導士たちを慄然りつぜんとさせたのはいうまでもないが、そうしている間にも、巨大な穴の中から異形の怪物たちが次々と飛び出してきていた。

 ガルム、フェンリル、ケットシー、カーシー、アーヴァンク、アスピス、カラドリウス、アンズー――無数の獣級じゅうきゅう幻魔たちは、いずれも機械型幻魔に類別されるものたちだった。

 半身が機械化され、魔法金属製の装甲に覆われた怪物たちは、機械音声にも似た咆哮を発し、戦団本部の空気を震撼しんかんさせた。

 戦慄せんりつが、導士たちの間に走る。


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