第五百三十五話 禍御雷(一)
出雲遊園地の超巨大観覧車の倒壊とともに魔法犯罪の発生が確認されると、戦団本部を始め、戦団の全関連施設に急報が入った。
それがマモンによって攫われ、改造手術を施され、人間であることを止めたものたちの仕業だということは、瞬時に判明している。
ダンジョン・大空洞で交戦し、観測され、解析された改造人間の固有波形と近似した傾向の固有波形が確認されたからだ。
それは、麒麟寺蒼秀の固有波形にも近似したものである。
麒麟寺蒼秀の星象現界・八雷神を擬似的に再現した結果、固有波形すらも酷似することになったのだろうと推測されている。
通常、固有波形が変化することはない。
固有波形とは、生物のみが持つ動態魔素の特徴であり、動態魔素は、固有であるが故に不変であり、そのためにこそ、魔紋認証などの個人を識別するために利用されている。
が、生体義肢などの生体部品が内包する動態魔素には、技術的な介入が可能であり、それによって特定の人物に近似した固有波形を持つ生体義肢を作り出す事が可能なのだ。
だからこそ、マモンは、改造人間たちに八雷神の力を分け与えることができたのだと、日岡イリアたちは結論づけていた。
そして、マモンが、今日、この魔暦二百二十二年八月二十五日に動き出すと予言したのは、伊佐那美由理である。
「……本当に、これで、良かったのだな」
神木神威は、総長執務室の天井照明の下、真っ直ぐにこちらを見つめたままの美由理に重ねて聞いた。何度も、何度も、同じことを聞いている。
「はい」
「わかった。きみのいうことだ。信じよう。しかし……」
「信じがたいのは、わかります。ですが」
美由理は、神威の隻眼から目を離さない。
幾多の死線を潜り抜け、数多の死を看取ってきた英雄の眼差しは、美由理の心の奥底まで見透かしているのではないかと思えてならなかった。
だが、神威にならばいっそ、見透かされても構わない、とさえ思っていた。
それくらい、美由理は神威のことを信頼していたし、頼り切っていた。
それこそ、麒麟《きりn》と同じくらいにだ。
麒麟と神威にならば、全てを打ち明けることが出来たし、実際、そのようにしたのだ。
だからこその今がある。
「信じているとも。ただ、きみがおれの想像以上に苦労してきたのだということがわかれば、おれももう少し、きみのいうことを聞いておくべきだったと思ったまでのことだよ」
「それは、いまからでも遅くはありませんよ」
美由理は、神威の嘆息を受けて、小さく微笑んだ。
総長執務室内には、神威と美由理、麒麟の三人しかいない。
「ふむ。それもそうか」
「だそうですので、まずはお酒を止めましょうか」
「なぜそうなるのだ」
「美由理は小さい頃から総長閣下のお酒好きが気になっていましたから」
「確かに」
「きみも納得するんじゃあない」
神威が、伊佐那母娘のいつも通りの言動に渋い顔をしたときだった。
爆音と激震が、本部棟を襲ったのだ。
「来たか」
とは、美由理である。
『戦団本部内に改造人間の出現を確認! 繰り返す、戦団本部内に改造人間の出現を確認!』
「なるほど、きみの言ったとおりだな」
「これではまったく驚きようがありませんね」
神威と麒麟が美由理の冷静な表情を見ている間にも、執務室内に幻板が表示され、戦団本部内の被害状況が映し出されていた。
幻板に表示されているのは、技術局棟と医療棟であり、いずれもが半壊に近い状態で、濛々たる爆煙に包まれていた。
『出雲基地に改造人間の襲撃あり!』
『大和基地に改造人間襲来!』
『水穂基地、改造人間の攻撃を受けました!』
次々と飛び込んでくる情報を受けて、神威は、淡々と確かめた。
「連れ去られた囚人は八名だったな?」
「そのうち一名は既に死亡しています。残り七人」
「その全員が改造人間になった可能性はあると思うか?」
「ないと考えるほうがどうかと思いますが」
「やはり、そうなるか」
神威は、苦い顔にならざるを得なかった。
美由理の言う通りではある。
マモンに浚われた人間に選択肢など、あろうはずがない。
三田弘道は、進んで改造手術を受けたような発言を残しているが、全ての囚人が彼と同じように喜んで受け入れたとは考えにくい。中には、マモンの改造を拒否したものもいたかもしれない。
だが、改造されてしまえば、もうどうにもならない。
元の人間に戻ることは愚か、マモンに逆らうこともできないだろう。
改造人間とは、幻魔なのだ。
幻魔は、習性として、より強い幻魔に従うものだ。
幻魔に成り果てた改造人間たちは、マモンの手駒へと変わり果て、もはや意思を持たざる機械兵器と大差のない存在と成って果てるしかない。
『第六軍団長、第十一群団長、迎撃に出向きます!』
「だ、そうだ」
「わたしも、行って参ります」
「頼んだわよ、第七軍団長」
「任せる」
「はい、副総長閣下」
美由理は、神威と麒麟に敬礼すると、すぐさま踵を返した。
凜然とした美由理の立ち居振る舞いを見れば、それだけで安心感を得られるというものだが、戦団本部内の被害は拡大する一方だと言うことも、忘れてはならない。
幻板には、医療棟と技術局棟が徹底的に破壊されていく様子が映し出されており、すぐさま対応に向かった導士たちが防型魔法を駆使し、改造人間たちの攻撃による被害を少しでも減らそうとしているところだった。
そこへ、第六軍団長・新野辺九乃一と第十一群団長・獅子王万里彩が登場したことによって、状況は一変する。
改造人間たちが、破壊活動を止めるしかなくなったのだ。
美由理が加われば、さらに戦況は変化するに違いなく、その点では安心して見られたのだが。
「戦団の全拠点への同時攻撃か」
「マモンの目的があのとおりであれば、これくらいはする必要があると考えているのでしょう」
「まあ……そうだろうな」
そのようにしか考えられなかったし、実際、こうでもしなければ戦団の戦力を足止めすることなどできるわけもなく、目的を達成することもできないに違いない。
状況は、動いている。
戦団大和基地の兵舎が半壊したのは、正午を過ぎた頃合いだった。
なにかが遥か上空から落下してきたかと思えば、地の底から沸き上がるような雷光によって、兵舎の堅牢な建物が真っ二つになってしまったのだ。
雷鳴とともに兵舎が倒壊すると、中で休憩していた導士たちが大慌てで飛び出してきたり、重軽傷者を運び出す光景が展開された。
その様子を目の当たりにしていたのは、第二軍団長の神木神流である。
彼女は、濡羽色の髪をいまにも逆立てそうになるくらいの怒りでもって、襲撃者を睨み据えていた。
昼食を終え、部下たちと談笑していた矢先だったのだ。
平穏が乱されたのは、その直前に入った出雲遊園地での事件の急報のせいだが、それ以上の混沌は、いままさに起きているこの事態のせいに違いない。
濛々《もうもう》と立ちこめる爆煙の真っ只中、雷光が爆ぜている。
その雷光の持ち主こそが襲撃者であり、攻撃者であり、敵対者であることは、一目瞭然だ。そして、その攻撃が、逃げ惑う重軽傷者に向けられようとした瞬間、神木神流の魔法が火を噴いた。
「回転式破焔砲」
翳した両腕の真ん中、渦巻く炎が多層構造の螺旋を織り成し、無数の魔法弾を連射する。一発一発が高威力の魔法弾が間髪を容れず発射され、弾幕を形成する。
爆煙の中の敵に直撃するとともに爆発を起こしてさらなる爆煙を撒き散らすが、神流が狙いを外すことはない。
敵も動く。
それもかなりの速度だったが、神流が掲げた両腕を逸らすことはなかった。無数の火線が、雷光と化した敵を追う。
「神流様、あれが例の」
「間違いありません。改造人間とやらですね」
神流は、部下の発言に頷きながら、敵を追った。全身を雷光と化して超高速移動する様は、麒麟寺蒼秀を思い起こさせる。蒼秀が得意とする魔法、雷身を擬似的に再現したものなのだ。
それも、星象現界中の雷身だという。
(擬似的に再現された星象現界、星神力、魔法――それが意味するところは)
神流は、得意の火属性攻型魔法に全く手応えがないことを現実として認めるほかなかった。魔法弾は改造人間に命中し、爆発しても、決定打にならないどころか、軽傷すら与えられていないようなのだ。
これ以上は、魔力を無駄にするだけだと、神流は魔法を止めた。すると、改造人間も動きを止め、こちらを見た。
雷身によって髪が逆立った男は、神流を見て、こういうのだ。
「改造人間? そんなダサい呼び方は止めてくれヨッ!」
導衣のような戦闘服を纏った改造人間は、言うに事欠いて、そのようなことをいってきたものだから、神流の怒りは、膨れ上がるばかりだった。
「オレたちには、禍御雷っていうカッコイイ名前があるんだからネッ!」
禍御雷と名乗った改造人間は、再び軽く左手を掲げた。
咄嗟に飛び退いた神流は、直前まで立っていた地面から稲妻が立ち上る様を見た。
若雷である。