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第五百三十話 魔暦二百二十二年八月二十五日(十七)

「しかし、なんでまた潜水服せんすいふく?」

 茜浜あかねはまの浜辺に辿り着くなり、隆司りゅうじは、周囲からの視線をこの上なく痛く感じた

 誰もがこの浜辺に出現した異物に注目しているし、驚き、動揺どうようすらしている。

 黒ずくめの潜水服を身につけた黒髪の美少女が颯爽さっそうと浜辺に降り立ってきたのだ。注目も集めようものだし、そこに露出度の高い水着美女と、夏服に麦藁帽子、サングラスという格好の男が加わったのだ。

 海水浴客も何事かと目を向けざるをえない。

「見てわからないか? 海底まで潜るために決まっているだろう」

「決まっているのか」

「決まっているのよねえ」

「そうなのか」

 当然のように頷く雷智らいちの反応を見れば、法子ほうこの言動にこだわるのは止めた方がいいような気がしてきた隆司である。

 なんだかすべてを諦めた方がいいような気がしてきて、よくこんな人物と一緒に対抗戦に出ていたものだ、と、幸多こうたのことをさらに尊敬するのだった。

 黒木くろき法子は、天燎てんりょう高校の二年生であり、我孫子あびこ雷智は同じく天燎の三年生だ。そして、対抗戦部に所属し、決勝大会においては二人とも大活躍している。

 特に法子は、優秀選手賞に選ばれたほどである。

 隆司と同等か、それ以上の評価をされていてもおかしくはなかったし、実力において、隆司は法子のほうが遥かに上だと実感していた。

 雷智も、優秀選手に選ばれてもなんら不思議ではないほどの活躍をしたことは、記憶に残っている。

 対抗戦決勝大会で天燎高校が優勝できたのは、紛れもなく、この二人がいたからであり、大車輪の活躍をしたからだ。

 無論、幸多が最終的に勝利をもぎ取ったというのも大きいのだが。

「また、良からぬことを考えたな?」

「御冗談を。おれはいつだって真摯しんしな紳士で有名ですぜ」

「嘘をつけ、嘘を。いつも女子おなごのことばかりしか考えていないという話ではないか」

「ええ?」

「幸多くんがいうんだから、本当なんでしょうねえ」

「だろうな。皆代幸多が嘘をいうわけがない。ましてやこのわたしに対しては、な」

 なにやら胸を張って告げてきた法子の自信に満ちた表情を見つめながら、隆司は、胸中で前言を撤回したい気分になってきた。

(幸多の野郎、おれのあずかり知らぬところでなにを言いふらしやがってんだ?)

 ふつふつと沸き上がってくる怒りを握り締めた拳に込めながらも、なんとか感情を噛み殺す。

「こ、幸多は、ほかになにかいってませんでしたでしょうか?」

「ん? 菖蒲坂《あやめざかr》隆司は勤勉で努力家、類い希な魔法の才能を持った導士で、戦団の将来を担う人材に違いない、ともいっていたな」

「実力に関しては疑いようがないとも、いっていたわねえ」

「そ、そうですか」

 法子と雷智が思い出すように語ってきた言葉の数々を聞いて、隆司は、再び、前言を撤回する羽目になった。

 幸多が自分をそこまで評価してくれているというのが、この上なく嬉しくて堪らなかったのだ。

 幸多は、夏合宿における中心人物になっている。

 彼が日々の猛特訓を引っ張っているといっても過言ではなかったし、彼がいるからこそ、皆、気張っているといってもよかった。

 彼がいなかったら、夏合宿の充実度は大きく変わっていたのではないかと思えるほどだ。

 それは、隆司だけの意見ではない。

 金田かねだ姉妹や九十九つくも兄弟、義一ぎいちですら、そのように感じている。

 幸多の限りない熱量が、皆を突き動かしているのだ。

 隆司が日夜鍛錬に勤しんでいるのだって、幸多がいるからだ。幸多に見られているという感覚が、彼の背中を押す。

 幸多という存在がなければ、もっとのびのびと、自分に出来る範囲で済ませようとしたはずだ。

 そういう生き方だった。

 それだけでやってこられた。

 それはつまり、彼にそれだけの才能があり、実力があったからにほかならないということなのだが、隆司には、わからない。

「さて、準備運動はここまでとして、だ」

 などと、法子が海のほうを見遣みやったものだから、隆司は、聞き間違いをしたのかと思った。

「準備運動? なんもしてませんけども」

「十分話しただろう」

「会話が準備運動ですか」

「そうだけど」

「ええ……」

 当然のような雷智の反応を見て、二人が別次元の存在なのではないかとすら、隆司は考えてしまった。二人には、この世の常識というものが通用せず、だからこそ、自分たちだけの世界観を作り出しているのではないか。そしてそれが二人にとっては当たり前で、無関係な他人は取り残されるしかないのだ。

 例えば、隆司のような。

「行くぞ、我孫子雷智、菖蒲坂隆司!」

「はぁい」

「ええ……」

 隆司は、法子と雷智が元気よく海辺に向かって駆け出していく様を見て、仕方なく追いかけることとした。

 ここまで来てしまった以上は、ある程度、面倒は見なければならないのではないか。

 そうしなければ、幸多に後難こうなんの恐れがある。

 法子のような傍若無人ぼうじゃくぶじんな人間が幸多に対しどのような真似をするのか、想像も付かない。

(これに巻き込まれるってのも大概だが)

 とはいえ、雷智の後ろ姿を見ているだけで幸福感が満ち足りるのだから、悪いことばかりでもなかったりするのが、困ったところだ。


 海辺に辿り着くと、潮の香りと波の音が、夏を感じさせるかのようだった。

 吹き抜ける風は爽やかで、降り注ぐ日光は眩しく、暑い。砂浜は陽光を反射して輝き、波間にも無数の光が煌めいていた。

「うむ。いい海だ」

「いい海ねえ」

「海にいいとか悪いとかあるんすか」

「あるに決まっているだろう、菖蒲坂隆司」

「……フルネームなんすね」

「そのほうが呼びやすいみたい」

「そうなんすね」

 雷智が囁きながら説明してくれるのを有り難く感じながらも、波打ち際で仁王立ちする法子の姿を見ていると、どうでもよくなってくる感じがあった。

(なんなんだこれ)

 法子は、潜水服を着込んでいる。体にぴったりと密着しているのか、肢体がはっきりと浮かび上がっているが、それ以上に彼女の傲慢とも言える立ち姿に意識が持って行かれるようだった。

 立っているだけで平伏したくなるような、そんな力強さがあるのだ。

 実際、それだけの魔法技量の持ち主だということは、対抗戦決勝大会の活躍ぶりを見れば、わかるだろう。

 天燎高校の優勝は、法子と雷智が引き寄せたといっても過言ではない。

 幸多の活躍がなければ優勝できなかったとはいえ、だ。

 二人がいなければ、天燎高校が万が一にも優勝戦線に食い込んでくることはなかったはずだ。

 そんな二人がなぜにまた、こんなことをしているのか、隆司には想像も付かない。

 幸多に振られたということは、幸多を誘ったということだが、幸多も一緒に海に潜るつもりだったとでも言うのだろうか。

 もし実現したとしても、幸多が常人離れした身体能力を持っているとはいえ、魔法士のような潜水能力を持っているわけもなく、企画倒れに終わったのではないか――などと、隆司が考えている間にも、法子の周囲に律像りつぞうが展開していた。

 極めて複雑で精密な図形が幾重いくえにも絡み合い、さらに高度で高密度な紋様を描き出していく。

 凄まじい魔法技量としか言い様がなく、隆司は息をんだ。

 これほどの魔法士がなぜ戦団に所属しないのか、と、思わずにはいられない。

 法子ならば、すぐにでも輝光級に上がれるのではないかと思えたし、なんなら煌光級だって数年以内に到達できるに違いなかった。

 それくらいの魔法技量の差を感じる。

 隆司が、だ。

「潜るぞ! 皆のもの!」

「はぁい!」

「おれもっすか。水着じゃないんですけど」

「濡れないから大丈夫よ」

「じゃあなんで水着なんすか」

「気分じゃないかなあ」

「気分……」

 ますます法子のことがわからなくなったものの、法子の周囲に展開する魔法の球体の中に足を踏み入れた隆司は、それが水圧から身を守ってくれるのだろうと思い、納得はした。

 したが、やはり、疑問は増すばかりだった。

(なんで潜水服……)

 隆司の疑問は、魔法による潜水が始まっても深まるばかりだった。


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