第五百二十七話 魔暦二百二十二年八月二十五日(十四)
義一も、そうだ。
物心ついたときには、魔法を使うことができた。
生粋の魔法士として生まれ落ちただけでなく、魔法を行使するための技術が無意識の内に宿っていた。
そんな記憶がある。
それが本当の記憶なのか、そう思い込んでしまっているのか、どうにもあやふやなのだが、子供のころから魔法が使えたのは確かだ。
伊佐那家の後継者として生まれ落ちたのだから、それは出来て然るべきものだったのだろうが。
九十九兄弟は、どうなのだろう、と、義一は、考える。
二人が優れた魔法士だということは、一目でわかった。
真白は、極めて優秀な防手だ。
彼の得意とする防型魔法は、とてつもなく傑出しており、広範囲に渡って堅牢な防壁を構築することも容易く出来てしまう。それほどの魔法技量を持つ防手は、戦団全体を見渡してもそうはいないのではないか。
黒乃は、反対に強力な攻手だ。
黒乃の得意とする攻型魔法は、この上なく強力無比であり、最大威力の魔法は、煌光級導士にも匹敵するのではないかと思わされるほどだったし、合宿参加者の中で飛び抜けているのは、誰もが認めるところだろう。
そんな二人がなぜ合宿に参加したのかといえば、それだけ期待されているからだ。
才能も実力もありながら、灯光級で燻っているのが、第八軍団長・天空地明日良にも勿体ないと思われているに違いなかった。
だからこそ、今回初の試みとなる導士合同強化訓練の参加者に選ばれたはずだ。
そして、その才能は、この一ヶ月余りの猛特訓によって大きく開花しつつある。
以前にも増して精度の上がった防型魔法は、義一が放った高威力の雷撃をものともせずに受け止め、跳ね返してきた。
「反射!?」
義一は、咄嗟に右に飛ぶことで、跳ね返ってきた雷撃を躱したものの、想定外の結果には度肝を抜かれるほかなかった。
魔法が受け止められる、受け流される、弾き返されるというのは、よくあることだ。
真白ほどの魔法士ならば、ある程度の魔法ならば容易く対処できるだろうし、義一も、それを見越した上での牽制攻撃として、攻型魔法を放ったのだ。
しかし、真白に放ったはずの牽制攻撃は、義一への攻撃として跳ね返ってきたものだから、危うく直撃を喰らうところだった。
自分の魔法の直撃を受けるなど、笑い話にもならない。
「へへへへへ……」
「気持ち悪いよ、兄さん」
「どこがだよ!」
「全体的に」
「おおい!」
「反射……」
義一は、九十九兄弟を乗せた法機の周囲に展開する魔法壁に意識を集中した。高密度の魔法壁は、白い輝きを帯びているが、ところどころに異なる色が混じっているようだった。
「反射――」
義一は、三度つぶやき、軽めの攻型魔法を放った。義一の手の先から放たれた雷光球は、一直線に虚空を駆け抜け、大気を焼きながら九十九兄弟に殺到する。そして、魔法壁に衝突すると、魔法壁が煌めいたかと思えば、義一の現在座標に向かって跳ね返してきたのだ
義一は、即座に飛び退くことで反射弾をやり過ごすと、考え込んだ。
「反射……」
「四度目だぜ、その言葉」
「数えてるのも気持ち悪い」
「一々うるせーなあ、おい」
「いやだって、本当のことだし……」
おずおずと、しかし、真白に対し言いたい放題にいうようになったのも、黒乃の成長といっていいものか、どうか。
九十九兄弟の関係性も、この一ヶ月で少しずつ変わりつつあるようだった。
義一は、合宿が始まる前、参加者に関する様々な情報を集め、目に通している。
皆代幸多、九十九兄弟、金田姉妹、菖蒲坂隆司の六名の大半が、まったく知らない導士だったのだ。幸多こそ、同じ軍団で、姉の弟子ということもあって、色々と知っていることもあったが、それ以外の五人は皆目見当もつかない人材ばかりだった。
義一は、参加者の纏め役として合宿に参加することになっていたこともあり、参加者ことを少しは詳しく知っておきたかったのだ。
それによってわかったことといえば、九十九兄弟がいつも口論をしていて、兄の真白が弟の黒乃を虐めているのではないか、というようなものだったり、黒乃に対して暴言を吐かれると、真白が激怒することが多々あり、それによって小隊を脱けることが多かったらしい。
確かに、九十九兄弟は、よく口喧嘩をしていた。そして、その場合、真白が優勢であり、黒乃は負けてばかりだった。
そんな二人の力関係が少しずつ変化し始めたのは、どうやら、合宿参加者との関係性や奏恵との交流があってからのようだった。
特に奏恵の前では口論しないようにしているらしい二人の様子をみれば、いじらしさすら感じるものである。
そして、いまとなっては、黒乃が真白を積極的にいじるようになったのは、大きな変化といっていいはずだ。
それが良い傾向なのかどうか、義一には判断のしようもないが。
「それもこれもおまえのおかげだぜ、義一さんよ!」
「おまえって」
「一々噛みつくなっての!」
「噛みついてないけど」
「ぼくのおかげ……か。なるほど」
義一は、真白の発言から手がかりを得ると、律像を作り直した。義一が得意とするのは雷属性の魔法だ。しかし、魔法士はなにも得意属性の魔法しか使えないわけではない。
双極属性とも呼ばれる相反する属性以外の属性魔法は、ある程度の練度までならば使うことが出来るのだ。
極めることができるのは、得意属性の魔法だけとされているが、それも最近では怪しいものとされている。
なぜならば、双極属性を高精度で使うことの出来る導士が複数存在しているからだ。
いずれも九十九兄弟と同じく九月機関出身の導士であり、矢井田風土、南雲火水という。第八軍団の杖長でもある二人は、九月機関出身者ということもあり、九月機関出身であることに箔を付けた導士でもあった。
その二名は、第八軍団の主戦力でもあるのだ。
もっとも、同じ九月機関出身の九十九兄弟とは、然程関わりはなく、義一が情報収集ついでに二人に質問しても返ってくる答えは、ありふれたものばかりだった。
だから、義一は、仕方なく、二人にはそれ以上の回答を求めなかったし、九月機関に関する質問もしないことにした。
九月機関がどういうものなのか、九十九兄弟は、きっと、よく知らないのだ。
内部にいる人間ほど、その正体を知らないということは、往々にしてあることだ。
義一は、魔法壁を展開したまま、一向に攻撃してこない九十九兄弟を見遣った。さっきまでは黒乃が間断なく攻型魔法を撃ってきたにも関わらず、だ。
これには大きな理由があるはずだった。
それも真白の防型魔法に関係しているに違いない。
迂闊に内側から攻型魔法を使うと、防型魔法を解除してしまうか、あるいは、自分たちに反射してくるのか。
いずれにせよ、防御特化の防型魔法であることに違いはなさそうだった。
「百弐式・炎矢!」
義一が放った魔法は、伊佐那流魔導戦技の中でも火属性攻型魔法だ。義一の全身から溢れた魔力が矢の形に凝縮したかと思うと、炎を噴き出しながら、九十九兄弟へと殺到していく。
真白が驚いて、法機を捌いて躱して見せた。
「おいおい! 雷使いじゃねえのかよ!」
「得意属性は雷。でも、氷属性以外の魔法は、全部使えるよ」
義一は、真白の反応によって、彼の反射防壁の特性を完璧に理解した。
特定の属性魔法のみを反射することのできる防壁であり、通常の防御能力は極めて低いものと見ていい。
でなければ、避ける必要がないのだ。
反射できなくとも、受け止めればいいのだから。
「いんちき!」
「なにが」
義一は、憮然とつぶやきながら、インチキなのはきみたちだろう、と、思った。
九十九兄弟には、得意属性こそないものの、あらゆる属性を均等に高次元に使いこなせることが判明しているのだ。
それこそ、インチキといわず、なんというのか。