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第五百二十四話 魔暦二百二十二年八月二十五日(十一)

「いい気なものだな、皆代幸多みなしろこうた

 音波空護おとなみくうごは、上からの指示通りに動きながら、仏頂面でつぶやいて見せた。すると、国玉万葉くにたまかずはが反応を示す。

「それ、軍団長の真似?」

「副長の真似」

「あはは、副長に知られたら怒られるよ」

「でも、そういう人だろ、芦屋あしやさん」

「そうだけど」

 万葉は、苦笑しながら、空護の意見を受け入れた。

 ハイパーソニック小隊が所属する第八軍団は、星将せいしょう天空地明日良てんくうじあすらを軍団長とする。

 天空地明日良といえば、伊佐那美由理いざなみゆり麒麟寺蒼秀きりんじそうしゅうという極めて優秀な星将を輩出した星央魔導院せいおうまどういん十八期生であり、同期には戦団医務局の女神・妻鹿愛めがめぐみ、技術局の大天才・日岡ひおかイリアがいる。

 しかも、伊佐那美由理、麒麟寺蒼秀、天空地明日良、妻鹿愛は、朱雀院火倶夜すざくいんかぐやとともに光都事変こうとじへんを解決に導いた五人の英雄、五星杖ごせいじょうと呼ばれている。

 戦団最高峰の導士であり、星将。

 それが天空地明日良であり、そんな彼の傲岸不遜な態度というのは、軍団員に伝染でんせんしがちだ。もっとも影響を受けているのが、副長の芦屋道魔ではないか、とはもっぱらの噂だったし、空護たちもそう思っているからこそ、彼のものまねが多少なりとも受けたのだ。

「特異点くん、自分の立場を理解しているのかねえ」

「理解したところで本人にはどうしようもないんじゃない?」

「でも、マモンって奴が名指しで動き出したんだろ? だったら、なんとかするべきじゃないのか?」

「なんとかするのは、上層部の仕事だな」

 空護は、部下たちの口論をそのように纏めると、建物の屋根から屋根へと飛び移った。

 出雲遊園地の園内には、数万人もの入場者で満ち溢れている。央都市民だけでなく、ネノクニからの観光客も入り乱れており、盛況極まりないとはまさにこのことだった。

 そんな真っ只中を皆代幸多が砂部愛理いさべあいりに引っ張られるようにして駆け回っている。

 砂部愛理と皆代幸多の関係性については、ハイパーソニック小隊も既に熟知していた。どうやら砂部愛理が皆代幸多の弟子を自認しているということや、皆代幸多が彼女のためになにやら尽力したという話も、だ。

 だからこうして二人きりで遊園地に来ているのだろう。

「きっとご褒美なのよね、砂部愛理さんが早期入学試験に合格した」

「だろうな」

 砂部愛理が早期入学試験の面接で面接官を困惑させたのは、彼女が皆代幸多の弟子であることを熱弁し、幸多の力になりたいと力説したことである。

 砂部愛理が、戦団の中でも末端ともいえるハイパーソニック小隊の隊員たちにも知られているのは、彼女が魔導院の歴史を塗り替える成績で合格したからであり、軍団長の間で争奪戦が繰り広げられているからだ。

 まだ入学してもいない、入学資格を得たばかりの少女に対して、戦団に所属する誰もが期待と希望を持っているのだ。

 皆代統魔(とうま)のときと同等か、それ以上の熱狂ぶりである。

 戦団は、常に人材を欲している。

 その人材が、過去に類を見ない才能の持ち主ならば、尚更だ。

 砂部愛理がもし第八軍団に所属することになったら、空護たちなど、彼女にあっという間に追い抜かれるのではないか、と、戦々恐々である。

 実際、皆代統魔には、あっという間に追い抜かれてしまった。

 彼は、いまや煌光級三位の導士である。大導士といってもいい。

 そんな皆代統魔と関わりも深く、ある意味においては、統魔以上に戦団上層部の注目を集めるのが、皆代幸多なのだが。

 特異点。

 彼がそのように呼ばれている理由は、空護たちにもわからない。戦団上層部ですら、正確に把握していないというのだ。

 〈七悪しちあく〉がそのように命名し、重要視していることが判明して以来、彼は戦団でも極めて特別な存在となった。

 そして、マモンが特異点に対して動き出すと明言したこともあり、彼に対する監視の目は、いままで以上に強いものとなっている。

 本来、この人出の遊園地を警備するだけの任務だったはずのハイパーソニック小隊は、いまや、皆代幸多の動向を注視することに全力を上げることになっていた。

 彼の身になにが起こるのかわかったものではないからだったし、万が一にも、マモンみずからが手を出してくる可能性を考えれば、空護たちだけでは手が足りないのは明らかだった。

「上層部が放って置いてるってことは、それでいいってことなんだろう」

「本当に、だいじょうぶかなあ」

「心配か?」

「そりゃあねえ」

 万葉は、出雲遊園地の入場者の数にこそ、不安を抱いた。

 マモンとやらがいつ何時動くのか、戦団にはわかりようがない。マモンの固有波形を観測したときには、行動は始まっていて、それから対応しては手遅れなのだ。

「安心しろ。こっちに大量に戦力を派遣してくれることが決まった」

 空護は、導衣の通信機越しに聞こえてきた出雲基地の決定を受けて、部下たちを安堵させるようにいった。

「よかったー。わたしたちだけじゃどうなるかと」

「まあ、ここでマモンが出てくると決まったわけじゃないんだが」

「そうなんだけどね」

「万葉は心配性だから」

 そんな隊員たちの会話を聞きながら、空護は、皆代幸多に意識を集中させた。

 皆代幸多と砂部愛理の二人は、まず、お化け屋敷を制覇すると、つぎにジェットコースター・嵐神らんしんへと向かった。

 出雲遊園地のアトラクションには、大抵、神と名付けられている。

 観覧車は神の目と命名されていたり、広大で複雑な迷路は神の庭と名付けられていたり、超硬度自由落下機構は空神くうしんという名称がつけられているのだ。

 ジェットコースター・嵐神の待機列は長蛇を成しており、通常ならばしばらく待たなければならないように思えたが、皆代幸多と砂部愛理は、優先入場口からそそくさと乗り込んでいった。

「そりゃあ皆代くんなら優先パスくらい購入してるよね」

「おれたちゃ高給取りだからな」

「こういうときだけは、導士になってよかったと思えるよ」

「使い道があるなら、そうだな」

 空護は、法機ほうきを召喚すると、跨がって飛び上がった。ジェットコースターの全景が見える高度にまで浮かび上がり、眼下を見渡す。

 広大な出雲遊園地の全景を見渡せば、どこもかしこも入場者だらけで、空白が見当たらないのではないかと思えるほどだった。

 これだけの人出だ。

 小規模の幻魔災害が発生しただけで、とんでもない被害が出ることは容易に想像がつく。

 だからこそ、第八軍団は、この夏休み期間中、出雲遊園地の警備に力を注いできたのだ。

 夏休みや冬休みといった長期休暇期間となれば、遊園地のような人出の多い施設に人数を割くのは、当然の方策であり、それこそ防衛任務の在り様だろう。

 そして、今日という一日のために複数の小隊が派遣されているのだが、それだけでは足りないと判断されたのは、もちろん、皆代幸多がいるからにほかならない。

 特異点と名指しされた本人がこんな人出の多い場所にいる事自体どうかと思うだが、戦団上層部が禁止していない以上は、なにもいえることはないというのも事実だった。

 戦団上層部が、マモンの言動を軽く見ているわけもなければ、対策を練っていないはずもない。

 なにかしら思惑があって、皆代幸多を野放しにしているのだろう、と、空護は、法機に跨がりながら考える。

「ジェットコースターって楽しいんだろうか?」

「どうかな。法機を飛ばした方が絶対に楽しいと思うけど」

「一般市民は法定速度があるからね。わたしたちのような楽しみ方はできないってわけ」

「なるほど。確かにそうだ」

 目から鱗が落ちたとでもいうように部下がいうのを聞きながら、空護の目は、ジェットコースター嵐神の最前列の席に座った二人を見ていた。

 皆代幸多と砂部愛理だ。

 嵐神は、まるで黒い龍のような外観をしている。龍は古来より天変地異の化身とされることが多く、故に、嵐神の列車は、龍を模したのだろう。

 などと、空護が考えていると、嵐神が静かに動き出した。

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