第五百十三話 煌光級(三)
皆代統魔が煌光級三位に昇級したという報道が双界を駆け巡り、央都市民のみならず、ネノクニ市民をも騒然とさせ、大いに興奮させたという。
そのようなニュースがネットテレビ番組に取り上げられていて、様々な市民の反応が映像として流されていた。
多くの央都市民は、統魔ならばいつかは当然煌光級導士になるものと思っていたようであったが、同時に想像以上の速度で昇進したということもあって、驚きと興奮に満ちた表情で、インタビューに応えていた。
そうした市民の反応を見れば、央都にとっていかに戦団が重要極まりない存在であるのかを再確認できるものであり、導士一人一人の動向や成績までもが市民に注目されているのだと理解できるのだ。
戦団は、央都秩序の根幹だ。
人類生存圏における要そのものといっていい。
戦団がなければ央都は存在せず、人類の地上進出ももっと遅れたことだろうし、こうまで上手く拡大し、維持できていたかどうかもわからない。
戦団のやることなすこと上手くいっているのは、幸運に恵まれているからに過ぎないと酷評するものもいないではないが、戦団がそのためにどれだけ慎重に行動しているのかを知っている身としては、戦団だからこそ、央都が成立し続けているのだとはっきりと断言できるのである。
幸多は、統魔が煌光級に昇格したということを報道よりも先に統魔本人から聞かされて知っていたし、そのことは無論、奏恵にも伝えてあった。その際、奏恵は、椅子から転げ落ちるほどに驚いたものだ。
統魔は、予期せぬ昇格だといっていたが、幸多はそうは思わなかった。
統魔がなぜ、輝光級二位から飛び級で煌光級三位に昇格したのかについては、彼が衛星任務中にそれだけの活躍をしたからだ。
水穂市近郊の空白地帯に発見されたダンジョン・大空洞の調査任務で、星将にも引けを取らないであろう大活躍を果たしたのだ。
しかも、その活躍には、星象現界の発現という星将に必要不可欠とされる要素まで付随されており、統魔が戦団上層部に評価されるのも当然のことのように思えた。
さらにいえば、統魔の星象現界は、三種統合型と呼ばれる、規格外の星象現界であったことも大きい。
戦団が、組織として、彼に多大な期待を寄せるのは無理からぬことなのだ。
幸多も、統魔の昇格を自分のことのように喜んだし、彼が星象現界を発現させたという事実には、体中の血液が沸騰しそうなほどに興奮したものだった。
統魔は、幸多にとって半身なのだ。
星象現界は、戦団式魔導戦術の最秘奥だ。魔法の極致であるそれを体得するのは、戦団の導士ならば当面の目標とするべきものなのだが、しかし、誰もが簡単に体得できるものではないという。
戦闘部の星将は当然の如く体得し、使いこなしているが、煌光級導士の大半が星象現界を体得していないという。
それほどまでに困難な技術だが、統魔ならばきっとすぐに修得してしまうはずだ、と、幸多は想っていたし、実際、その通りになった。
「そうだ!」
友美が思い出したように声を上げると、姉の体を押し退けるようにして、幸多に向き直ってきた。
「統魔様に逢わせて欲しいなあ!」
「わたしもわたしも!」
「兄弟なら、できるでしょ?」
「できるわよね?」
「……まあ、できなくもないと思うけどさ」
「任務の都合があるから無理だろ」
幸多が歯切れも悪く答えると、隆司が助け船を出してくれた。
「所属する軍団の違うおれたちがこうして合宿に参加できているのだって、お偉方の調整のおかげなんだぜ? おまえらの第六軍団と、幸多の第七軍団、皆代統魔の第九軍団が同時期に防衛任務につくことでもない限り、逢わせたくても逢わせらんねえっての。なあ、幸多」
「う、うん、その通りだね」
「しかも、だ。幸運にも同時期に防衛任務につけたとして、休養日が同じ日になる奇跡を願うしかねえと来た」
「むー……」
「それはそうなんだけど……」
隆司の理路整然とした説明を受けて、金田姉妹は、落胆と共に長椅子に沈み込んでいく。
隆司の言うとおりだった。
所属する軍団が異なるということは、それだけで、逢うのも簡単なことではなくなるのだ。
幸多と統魔がそうだ。
幸多は、第七軍団に所属し、統魔は、第九軍団の顔として働いている。
戦闘部全十二軍団は、月毎に、防衛任務に六軍団、衛星任務に六軍団が振り分けられており、央都の防衛を主任務とする防衛任務同士でもなければ、他軍団の導士と逢うことは難しい。
直接逢うことは、だが。
だから、だろう。
隆司が話を振ってきた。
「そういや、今日は予定があるんだったよな?」
「ああ、うん。あるね」
「だったらこんなところでうだうだしてる暇なんてないんじゃねえのか?」
「いやあ、別にそう急ぐことでもないし」
「なにいってんだよ。相手に失礼だろ」
「そうかな……そうかも」
幸多は、隆司がなにやら目線で伝えてきている気がして、彼の意見に賛同し、広間から退散した。
渋々といった様子で広間から出ていった幸多の後ろ姿を見送って、隆司は、ほっとした。
隆司が幸多をこの部屋から退散させなければ、金田姉妹に食い下がられ、余計な約束を取り付けられかねなかっただろう。しかも、今日という休養日を利用して、だ。
確かに、別軍団の導士と直接逢うことは、難しい。
しかし、この高度に発達したネットワーク社会において、直接でなければ逢う方法はいくらでもあった。ネットワーク上に構築した幻想空間ならば、どれだけ遠く離れていても、いつでも逢うことができるからだ。
たとえば、防衛任務中の導士と衛星任務中の導士が逢瀬を重ねるために幻想空間を利用するということも、よくある話だった。そしてそれはなにも戦団の導士に限った話ではない。
いまでこそ当たり前のように聞かれるようになった央都市民とネノクニ市民の遠距離恋愛の舞台となるのは、いつだって幻想空間だ。
幻想空間上での逢瀬で愛を確かめ合い、現実世界で結婚する人々も、決して少なくはなかった。
つまり、金田姉妹が幻想空間を利用して、統魔に逢わせろ、などと言い出してくることを懸念したからこそ、隆司は幸多を退散させたのだ。
幸多には、用事がある。それも彼にとってはとても大切な用事のはずだ。
すると、金田姉妹が目を輝かせて、隆司に食いついてきた。
「なになに、いったいどういうこと!?」
「幸多くんが用事があるってのは知ってたけどさ、あんたの口振りじゃ、まるでデートみたいじゃない!?」
「でえとお!?」
「へえ、幸多くんも隅に置けないね」
金田姉妹だけでなく、九十九兄弟も興味津々といった様子で、隆司に目を向ける。
隆司は、さもありなんといった態度だ。これで、幸多は、約束を破らずに済むだろう。
「あの子だよ。あの、砂部愛理って子」
「ああ、あの子かあ」
「いま話題の」
「話題って?」
真白が金田姉妹の納得顔に怪訝な表情を見せる。
「知らないんだ、兄さん」
「知らねー、教えろ-」
「星央魔導院の早期試験を最高点で合格した子だよ。まだ十一歳だったかな」
「おいおい、十一歳の女の子とデートだあ!?」
「幸多くんは、彼女の師匠だからね」
「師匠!?」
真白が度肝を抜かれ続けるのが面白くて、黒乃は、大袈裟な伝え方を続けるのだった。
金田姉妹はといえば、熱心に隆司に聞き込みを行っており、隆司がタジタジになっていた。
そんな合宿参加者たちの様子を眺めながら、義一は、小さく息を吐いた。
幸多がこの合宿参加者の中心になりつつあることは、なんとなくわかっていたことだ。様々な話題の中心に彼がいて、彼が皆の心を繋いでいるような、そんな感覚がある。
それは、日々の訓練の成果ともいえる。
幸多が、星将との訓練の中心になっているからだ。幸多が星象現界に対する時間稼ぎをしてくれるからこそ、義一たちもなんとか対応し、戦えている。
未だに誰一人〈星〉を視ることは出来ていないし、星象現界の理不尽さに蹂躙されているという感覚があるものの、しかし、確かに成長を実感している。
それもこれも、幸多が要となって躍動しているからこそだ。
そして、それをこの場にいる誰もが実感しているからこそ、幸多が話題の中心になりがちなのだろう。
それは、悪いことではない。