第五百十一話 煌光級(一)
「なるほど」
統魔は、一人、納得するような気分でもって、巨大な金槌を持つ星霊を見上げていた。
星装の光輪、その光条から出現した星霊は、雄々しい大男であり、全身を金色の装甲で武装した上で、巨大な金槌を手にしている。金槌からは火が噴き上がっており、煙が周囲を漂っていた。
炎が噴き上がっているのは、なにも金槌だけではない。大男が身に纏う独特な甲冑の内側からも漏れ出ており、その星霊が火の属性を司る存在であることを主張しているかのようだった。
星霊。
化身具象型の星象現界をそう呼ぶようになったのは、化身具象型では長すぎるからという極めて合理的な理由だ。武装顕現型星象現界を星装と呼ぶのも、空間展開型星象現界を星域と呼ぶのも、同じ理由からだ。
実際、そのほうが言いやすいのは間違いない。
星霊は、擬似召喚魔法《疑似召喚魔法》の究極形とも考えられている。
擬似召喚魔法は、創作物にありがちな召喚魔法を再現しようとして生み出された魔法技術であり、それ自体、極めて高度な魔法技術だった。単純なものから複雑なものまで様々な命令を与えられた魔力体が、自動的に敵を攻撃、あるいは味方を援護するのが、擬似召喚魔法である。
星霊も、似たようなものだ。
工場での戦闘において遺憾なく発揮された能力がそれを示している。
統魔が意識するまでもなく出現した星霊たちは、自動的に味泥中隊を支援し、幻魔殲滅のために動いた。
それこそ、まさに擬似召喚魔法の理想型だろう。
「なにがなるほどなんや? 星装、解けてもうたがな。きみが解いたっちゅうわけでもなさそうやったけど?」
「はい。おれは解いたわけじゃありません。星霊を呼びだそうと意識したら、解けてしまったんです」
「なんでや」
「たぶん……なんですけど」
統魔は、念じることで、星霊に巨大な金槌を振り回させてみた。以前の戦闘では、統魔の意志に関係なく、自動的に行動していた巨躯の星霊は、今回は、統魔の思い通りに動き回り、その巨大な金槌を全力で振り抜く。
炎を噴き出す金槌の一撃は、それだけで強力無比に違いない。
並の幻魔など、ただの一撃で粉々に打ち砕いてくれるはずだ。
「うん」
「あのときは、なぜか三種の星象現界を同時に使えただけで、普通は使えないんじゃないかな……って」
「んなわけあるかいな」
「はい?」
朝彦が強い口調でいってきたので、統魔は、彼に目線を向けた。秘剣陽炎を手にした朝彦の目は、煌めきを発しながら、真っ直ぐに統魔を見つめている。
「星象現界を体得した瞬間だけ出血大サービスの大盤振る舞いで三形式特盛りお待ち! ってか?」
朝彦の網膜には、今も、あの死闘の光景が焼き付いていた。いや、激闘そのものよりも、皆代統魔という魔法士が放つ〈星〉の煌めきをこそ、脳裏に刻みつけている。
その輝きの凄まじさたるや、朝彦自身が初めて星象現界を発動したときを思い出させたが、そのとき以上の鮮烈さを放っていたことはいうまでもあるまい。
統魔は、三形式の星象現界を同時併用して見せた。それは驚くべき事だったし、戦団最高会議が紛糾するほどの事態だった。
期待の超新星、新時代の幕開けを告げる新世代の導士、未来の希望――皆代統魔を讃える言葉が、無限に沸き上がってきては、それが決してただの言葉などではないことを思い知らされるような気分だった。
統魔は、まさに新時代の到来を告げた。
三種統合型星象現界を初めて発動したのが、彼なのだ。
彼こそ、戦団の未来を背負って立つ導士であることに疑いを持つものはいまい。
あの場で、あの戦いぶりを見ていなくとも、だ。
記録と情報だけで、そう確信するに至るはずだ。
だからこそ、朝彦は、厳しい目を向ける。
「そんなこと、あるわけないやろ」
「……ですよね」
統魔は、朝彦の熱量に気圧される感覚の中で、再び星霊に念じた。すると、星霊の巨躯が光を放ち、光の中で変化が起きた。
星霊の姿が変貌したのだ。
金槌を掲げる大男から、銀の弓を手にした美女へと姿を変えた星霊は、その麗しさを強調するような装束を纏っていた。
「星霊は、状況に応じて使い分けることが可能、と。十二体おったもんな。どんな状況にも対応できるとか、強すぎやろ」
「その十二体の特性を理解するのも大変そうですが」
「せやで。星象現界を体得するっちゅうんはな、ただ、星象現界を発動すればええっちゅうこっちゃないんや。星象現界をいつでも自由自在に発動できるようになった上で、星象現界の能力、特性、欠点、全部を理解しきって、ようやく、体得したといえるんや」
「はい」
統魔は、朝彦の戒めを心に刻みつけながら、さらに星霊を変化させた。
「現状、出せるのは一体が精一杯ですが、形態を変えることそのものは問題なさそうですね」
あのとき、なぜ、十二体もの星霊を同時に発現させることができたのか、統魔自身にもまったくわからなかった。
それが自分の星象現界の能力なのかと思ったが、どうやら、そうではないらしい。
星装と星霊と星域、その全てを同時に併用することが出来たのは、あのときだけ――というのは、朝彦によって否定されたが、しかし、いまこの場で再現するのは難しいような気がした。
どれだけ念じても、一体以上の星霊が出現しないのだ。
星装を意識すると、星霊が統魔と同化し、黄金の装束となって、光輪が出現した。
「やっぱり、同時には出来ない、か」
「……初回出血大サービスなんてもんがあるわけないからな。あのときのきみの精神状態が大きく影響してこその三種統合型やったっちゅうことやろな」
「あのときの……精神状態」
統魔は、朝彦の言葉を反芻しながら、眼下に視線を向けた。未来河の河川敷には、こちらの様子を見守っている、躑躅野南と皆代小隊の面々がいる。上庄字、新野辺香織、六甲枝連、高御座剣、そして、本荘ルナ。
(あのとき)
統魔の脳裏には、あの瞬間の光景が閃光のように過った。
ルナが憤激とともに三田弘道に挑みかかるも大敗を喫し、さらに彼女が痛撃を受け続ける羽目になったのだが、統魔は、その様子を見ていることしかできなかった。
助けに行くことを朝彦によって止められた。
ルナを見殺しにしてでも、中隊を守ろうというのが、朝彦の意志であり、中隊長命令だった。それは冷徹で冷酷で、しかし、合理的な判断だった。
ルナは、勝手に飛び出していった。命令でもなければ、なんの作戦もなく、無謀にも、三田に飛びかかっていったのだ。それは彼女の感情の激発であって、それを止めるのが隊長である統魔の役割だったはずだ。
だが、それが出来ず、暴走を許した以上、ルナがどのような目に遭おうとも、無視するべきだった。ルナを助けにいった結果、小隊のみならず、中隊全体が損害を被る可能性を考えれば、当然の結論だ。
朝彦の判断は、正しい。
けれども、ルナがいたぶられる様を無視できる統魔ではなかったのだ。
そして、〈星〉を視た。
統魔は、朝彦に視線を戻した。疑問が湧いたからだ。
「そういえば、どうして、あのとき、おれを行かせてくれたんですか?」
「〈星〉を視たからや」
「〈星〉を……」
「皆代統魔、きみの瞳の奥に〈星〉が瞬いとった。それをおれは星象現界の前触れやと受け取ったんやな。だから、行かせた」
朝彦には、あの瞬間の統魔の表情がはっきりと思い出せた。大切な仲間である本荘ルナを傷つけられ、その悲鳴が響き渡る中で、けれども一切なにもすることのできないことへの無力感が、彼の表情を強張らせていた。そして、止めどない怒りが、統魔の魂の奥底から沸き上がってくるのもわかったのだ。
それは、彼の周囲に展開する律像となって複雑怪奇に変形し続けていた。
感情の激発。
そして、統魔の瞳の奥に、〈星〉が瞬いた。
「ま、もし万が一、それがおれの勝手な思い込みの勘違いやった場合には、おれがどうにかしたったさかいに、なんも気にせんでええで」
「策があった……んですか?」
「信じられんか?」
「まさか」
統魔は、朝彦の軽口に小さく笑った。
「信じないわけないです」
「……さよか」
朝彦も、小さく笑う。それから、思い出したように口を開いた。
「せや。いうん忘れとったな」
「はい?」
「煌光級への昇進、おめでとさん」
「……はい?」
統魔は、朝彦が普段通りの冗談と同じ口調で言ってきた言葉の意味を理解するのに、しばらくの時間を要した。そして、理解したときには、素っ頓狂な声を上げていた。
「はい!?」
統魔の大声は、地上にいる皆代小隊の面々にもはっきりと届いていた。