第五百八話 第一歩(一)
統魔は、自分の全身を覆う黄金の装束を見回しながら、なんだか派手すぎやしないかと想わずにはいられなかった。
魔法は、想像の具現だ。
そしてそれは、星象現界にも同じ事がいえる。
〈星〉を視なければならないという大前提があるとはいっても、だ。星象現界も魔法の一種であり、術者の想像力を具現することに違いはなかった。
つまり、統魔の星象現界は、統魔自身が想像した魔法の設計図を元に具現したものであって、この全身を覆う神々しくも派手派手しい黄金色の装束も、背後に浮かぶ棘付きの光輪も、全て、自分の頭の中から飛び出してきたものだと考えると、なんだか気恥ずかしくもなった。
「なにを恥ずかしがとんねん。胸を張れや。ちゃーんと使えたんやからな、星象現界」
「いやあ、まあ、そうなんですけど」
統魔は、朝彦の大剣を見ながら、どんな顔をすればいいものかと困ったりした。朝彦の秘剣陽炎は、見た目にも華麗で格好良く、全体として纏まっている。
一方の統魔の星象現界は、纏まってこそいるのだが、派手さは拭えない。どうにも子供が想像した神様のような存在にも思えてくる。
「なんや? なんか不満でもあるんか? 星象現界を使えるようになったんやで?」
「いや、別に不満とかは……」
統魔が言い淀んでいるのを見て、真っ先に声を上げたのは、ルナである。
「そうだよ、統魔! 世界で一番かっこいいよ!」
「派手派手でキラキラなたいちょ、面白いよ!」
「面白い……かなあ?」
「まあ、多少、派手ではあるが」
「普段の隊長とは趣が異なりますが、これもまた……」
「ん?」
枝連は、字がぼそりとつぶやいた言葉を聞き逃さなかったが、そこに突っ込んでいくのはやめておいた。
字が星象現界を纏う統魔に見惚れているからだ。
そういえば、と、枝連は思い出す。あの工場内で統魔が星象現界を発動したとき、字は、あの場にはいられなかったのだ。外で内部の様子を見守ることもできず、悶々《もんもん》としていたという。
それこそ、不安で仕方がなかったはずだ。
五百体ものトロールと、改造人間・三田弘道を相手に生き残れるものかどうかわからなかった。だからこそ、朝彦も救援を頼み、麒麟寺蒼秀自らが出向いてきたのだ。
そして、ようやく無事が確認できたのは、全てが終わった後のことであり、統魔の姿をじっくりと観察する暇もなかったというわけである。
もっとも、回収したヤタガラスの記録映像には、統魔が星象現界を発動する瞬間がばっちりと映っており、統魔が眠っている間、任務や訓練、看病の間に何度も閲覧していたようだが。
ようやく実際に目の当たりにすることが出来て、感動もひとしおなのだろう、と、枝連は想うことにした。
字が統魔に特別な感情を抱いていることは、周知の事実だ。
人間関係の機微に疎いことを自他ともに認める枝連だって、はっきりと理解しているほどだ。
字は、他人への好意や愛情を常に全身全霊で主張するルナとは全く毛色の異なる性格だが、それでも、彼女が統魔を特別視していることは、言動の端々からはっきりと伝わってくるものである。
だから、どう、ということはない。
誰が誰を好きになろうが、嫌いになろうが、どうでもいいことだ。
小隊内に不和が生じるようなことさえなければ、なんの問題もない。
なにより、隊長である統魔が好かれていることは、小隊が一つに纏まる上で好ましい状況ではあったし、枝連自身、統魔という人間が大好きだった。もちろん、導士として、魔法士として、人間として、という意味で、だが。
そんな統魔の星象現界は、あの工場で目撃したときよりもしっかりと見ることができたのは、枝連も同じだ。
あのときは、戦うことに必死だった。統魔の星象現界の力を借り、圧倒的多数の幻魔を相手に大立ち回りに戦い抜き、生き残ろうと誰もが全力を尽くしていた。
統魔の星象現界に注目し続けたのは、ルナくらいのものではないだろうか。
「皆代《みなsりお》くん。きみの星象現界は、規格外、特別製そのものやった。おれが知る限り、きみのように三形式の星象現界を同時に使える人間はおらん。総長閣下も絶句しとったっちゅう話やし、鶴林局長も是非とも調べさせて欲しいと目を輝かせとったわ」
「規格外……」
統魔は、朝彦の言葉を反芻しながら、脳裏にあの日の光景を思い浮かべていた。確かに、その言葉の意味がよくわかるような光景の数々だ。
まず、この体を覆う黄金の装束は、星装とも呼ばれる星象現界の一種だ。そこからさらに十二体の星霊たちが出現し、星域までもが展開されてしまった。
さらに、だ。
十二体の星霊は、味泥中隊の導士たちと同化することにより、星装と化したのだ。
他者に影響を与える星象現界は、星域型の星象現界などによく見られるが、しかし、他者に星象現界と同等の力を与える星象現界など、いままで確認されなかったのだ。
統魔の星象現界が、戦団魔法局のみならず、戦団全体に与えた衝撃というのは、極めて大きいという。
「せやで。なんたって、武装顕現型、空間展開型、化身具象型の三形式を網羅した特盛りの大盤振る舞いや。まさに星象現界の宝石箱や」
「宝石箱……」
「……あかんな」
「はい?」
「きみ、ツッコミに向いてへんわ」
「はあ?」
「マンザイはボケとツッコミで成り立つんや。おれがぼけたら間髪を容れずツッコむ。これが、阿吽の呼吸でできるようになって初めて、漫才師やねんな」
「……おれは漫才師なんて目指してませんが」
統魔が困ったように告げると、朝彦が愕然としたような顔をした。
「うせやろ……!? じゃあなんやってん……おれの、おれたちのこれまでの努力は……汗と涙と努力と根性の青春物語は……どこへいってしまったんや……!」
「そんなの、始めからありませんけど……」
「……せやな。まあ、冗談はここまでにしてやな」
朝彦は、軽く咳払いをすると、統魔や皆代小隊員たちの視線から目を逸らすような素振りを見せた。
統魔の星象現界を見るために集まったというのに、朝彦の下手なマンザイを見せられては、気分も醒めるというものだろうし、そんな部下たちの気持ちが理解できない朝彦ではないのだ。
「さて。そこからどうするんや?」
「どう、とは?」
「星装だけやなかったやろ、きみの三種統合型星象現界」
「それは、そうなんですが……」
統魔は、朝彦の考えには同調しつつも、どうすればいいものなのか、戸惑っていた。
統魔の特別な星象現界は、三種統合型と命名された。
今の今まで、何名もの星将たち、杖長たちが到達した境地である星象現界だが、しかし、統魔のように複数の形式を同時に併用するものはいなかった。
それは極めて革新的なことであり、だからこそ、新たな呼称が考えられたのだ・
三種統合型星象現界。
しかし、統魔には戸惑いがある。
いま、統魔が身に纏う金色の装束は、星装と呼ばれる形式の星象現界だが、それを発動しているだけで膨大な力が漲ってきていて、制御するのも難しいとさえ感じていた。
体内を嵐が荒れ狂っているような、そんな感覚。
手足を動かすだけでも相当に神経を使わなければならなかったし、思い通りに動くのは、簡単なことではないようだった。
朝彦が星象現界を発動しながらも、踊るように戦える様を思い出すと、彼への畏敬の念を強めるしかない。
「この状態ですらままならない感じがあります」
「……まあ、せやろな。なんとなく、わかっとったわ」
朝彦は、呆れるよりもむしろ同情するように統魔に語った。
「おれかて、初めて星象現界を発動したときには、これで蒼秀はんに追い着け追い越せやで! なーんて想ったりしたもんやけどな、全然ちゃうかった。そこが、始まりやねん」
朝彦が大剣の切っ先を統魔に向ける。刀身が陽炎のように揺らめき、光を増す。
「星象現界に到達して、ようやく、第一歩や。星将への、最強の導士への、な」
朝彦の姿が、統魔の視界からゆらりと消えた。まるで陽炎のように、そこに実体など最初からなかったかのような消え方だった。