第五百七話 統魔の目覚め(四)
統魔は、朝彦の星象現界に秘められた力ついて、改めて思い知るような気分だった。
秘剣陽炎と名付けられた武装顕現型の星象現界。その長大な刀身は常に発熱し、眩い輝きを帯びながら、はっきりとした輪郭を捉えさせないように揺らめいている。まるで刀身そのものが陽炎の中にあるかのようだ。その実像を精確に認識できているのは、朝彦だけだろう。
刀身に刻まれた複雑な紋様は、それそのものが律像のように見える。星神力によって刻まれた複雑で精緻な律像。それこそが星象現界なのだ、と、いまさらのように理解する。
今まで、頭の中で、理屈では理解できていたつもりだったものが、いまは、より一層、より深く、わかるようになったのだ。
それもこれも、統魔自身が星象現界を発動したからにほかならない。
星象現界の使い手たちがいう〈星〉とは、なにか。
彼らは、そればかりをいった。
〈星〉を視よ、と。
それが一体なんなのか、言葉では説明できないからこそ、星象現界を発動し、対峙し、交戦し、体感させるのだ。
星象現界とはなんなのか。
星象現界に秘められた〈星〉とはなんなのか。
それを掴み取ることが出来たものだけが、星象現界の境地へと到達することが許される。
(おれは……許されたのかな)
統魔には、まだ、確信が持てない。
あのとき、あの瞬間、あの場所で、統魔は、この上ない怒りとともに静謐を感じた。魂の奥底から噴き上がる猛火のような憤激をも包み込み、凍てつかせるような沈黙。音が途絶え、世界から隔離されてしまったような感覚。
そこに〈星〉が煌めくのを確かに視た。
そう、それは〈星〉としかいえない煌めきであり、そう表現するしかないから、星将たちも、朝彦も、決まってそういうのだ。
「〈星〉を視よ、か」
「その言葉通り、きみは、〈星〉を視た。せやな?」
「はい」
「せやったら、やれるはずや。もう一度でも、何度でも、発動できるはずや。きみの星象現界。見せてみい。そのためにおれをここに呼んだんやろ」
「はい」
統魔は、朝彦の期待に満ちた眼差しを真っ直ぐに受け止めながら、頷いた。
朝彦が、あの日以来、毎日のように病室を訪れ、意識を失った統魔に対し、無限に話しかけてくれていたということは、ルナたちから聞いている。
朝彦が統魔のことをとにかく心配していて、一刻も早く回復してくれるように、縋り付くように願ってくれていたという話も、聞いた。
彼がそこまでして統魔のことを想ってくれるのは、ただ弟弟子だから、などということではあるまい。
それが味泥朝彦という人間なのだ。
そして、そんな朝彦の期待に応えなければならないと、統魔は想うのだ。
〈星〉を視る。
意識して視ることが出来るものなのかどうか、統魔には、まだわからなかった。
統魔が〈星〉を視て、星象現界を発動することができたのは、この間のただの一度だ。それ以来、ずっと夢の中にいたような気分だった。星象現界の発動中も、まるで奇跡が起きたかのような感覚と、神様にでもなってしまったかのような全能感に意識を支配されていた。
全てが終わったときには、意識は闇に落ち、再び夢の世界へと誘われていったのだから、あれ以来、ずっと夢を見ている感覚が抜けなかった。
現実感がないのだ。
自分が星象現界を発動したのだという現実感。
本当は夢で、実際には起きなかったのではないか。
だが、皆の証言や記録映像は、統魔が星象現界を発動したことを証明している。
〈星〉を視た感覚も、覚えている。
そして、その感覚を再現しようとすると、それだけで統魔の網膜に〈星〉が過った。
〈星〉としか形容しようのない煌めき。
統魔は、朝彦がそうしたように魔力を練成し、さらに高密度に凝縮した。
通常、魔力を星神力へと昇華しようとしても、できることではない。どれだけ膨大な魔力を練成し、それを圧縮しようとしても、できないのだ。霧散するか、暴走してしまうだろう。
だが、いまの統魔にはそれができた。莫大な魔力を収束させるイメージ。そして、爆発が起こる。宇宙が弾けたかのような感覚。
すると、統魔は、全身に凄まじい力が行き渡る感覚に包まれた。全神経を駆け巡り、足の爪先から頭の天辺までを貫く、強力無比な力の奔流。感覚が研ぎ澄まされ、意識が肥大していくのを止められない。
そして、同時に律像を形成していくのだ。
星象現界もまた、魔法の一種である。魔法の発動に律像が付きものであるように、星象現界の発動にもまた、律像は必要不可欠だ。発動しようとすれば、魔法士の周囲に自動的に展開してしまうのが、律像なのだから。
当然、統魔の周囲にも律像が構築されていく。
一瞬にして複雑極まりない多層構造の律像が描き出されていく様は、圧倒的としか言い様がなく、朝彦は、息を呑んだ。
統魔の星象現界は、規格外の星象現界である。
戦団最高幹部会議において、統魔の星象現界について話し合われたというが、その映像を見た誰もが衝撃を受けたという。
それはそうだろう。
統魔の星象現界は、これまでの星象現界の常識を覆したのだ。
星象現界には、三つの形式がある、とされている。
一つは、朝彦の星象現界・秘剣陽炎のような武装顕現型と呼ばれる形式で、星象現界が武器や防具として現れる形式のことだ。それによって生み出された武器や防具は、星装などと呼ばれる。
伊佐那美由理の星象現界・月黄泉などは、空間展開型と呼ばれる形式である。星象現界の空間、つまり結界を展開することから、結界展開型と呼ばれることもある。それらの空間は、星域と命名されている。
最後に、化身具象型と呼ばれる星象現界だ。これは、まさに術者の化身のような魔力体を生み出す星象現界であり、完成形の擬似召喚魔法とも呼ばれる。また、そうして生み出された化身は、星霊と総称される。
統魔は、それら三形式の星象現界を同時に発動して見せたのだ。
まさに常識外れとしかいいようのない星象現界であり、だからこそあの苦境を脱することができたのは、いうまでもないだろう。
統魔が星象現界に目覚めただけでなく、その星象現界が中隊全員に力を分け与えてくれたからこそ、誰一人欠けることなく終えられたのだ。
そして、統魔の星象現界が発動する。
「星象現界……!」
統魔が、その言葉を真言として、律像を解放した。莫大な星神力が虚空に弾けるように拡散すると、黄金色の光が統魔の全身から溢れ出した。目が眩むような光は、まるで太陽を直視したときのようであり、破壊的な輝きが幻想空間を灼き尽くすかのようだった。
朝彦は、目を細めて、その輝きの中に統魔の姿を見出す。
統魔が発動したのは、武装顕現型の星象現界である。全身に黄金色の装束を纏い、背後に光の輪を浮かべていた。光の輪は中心から十二本の光条が伸びており、まさに後光のようだった。身に纏う装束は神秘的であり、各所に律像が刻まれている。
圧倒的な星神力の密度は、相変わらずだ。
朝彦の星象現界よりも余程強力だということは、一目でわかった。
(能力は、ともかく……な)
朝彦は、統魔が自分の手を見下ろしたり、体の様子を確認している様になんだか親近感が湧いた。自分が初めて星象現界を発動したときのことを思い出すのだ。
統魔が初めて星象現界を発動したときには、確認している暇もなかった。激闘の真っ只中だ。星象現界の能力がどのようなものなのかもわからないまま、三田やトロールの群れと戦わなければならなかった。
だから、統魔はようやくじっくりと自分の星象現界について、観察し、確認することができるというわけであり、この訓練はそのためでもあったに違いない。
自分の星象現界がどのような能力を持ち、なにを得意とし、なにを苦手とするのか、出来ることと出来ないことを把握するのは、とても重要なことだった。
いくら星象現界が強力無比とはいっても、その能力を把握しないまま振り回すだけでどうにかなるわけもないのだから。