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第五百二話 改造人間

 幻魔大量生産工場に関する議題は、白熱するというようなことはなかった。

 確かに恐るべき事実であり、人類復興を大目的とする戦団にとって、避けることの出来ない大問題なのだが、しかし現状では判明していることはあまりにも少なかった。

 大空洞の調査を続行することが決まったくらいで、後は、同様の施設を発見次第、破壊して回ることくらいしか決まらなかったのだ。

 なにせ、情報がなにもない。

 判明したのは、サナトス機関という幻魔の勢力が関わっているということだけだ。

 それ以上議論のしようがなかった。

 サナトス機関が使用している文字を解読することができるのであれば、まだしも調査する価値もあるのだが、現状ではなんの手がかりもなく、解明するための時間すらも惜しかった。

 工場内で発見された文字列を記録として残しておくことくらいしか、いまの戦団に出来ることはない。

 大空洞は、空白地帯にある。放っておけば、空白地帯の変化に飲まれ、姿を消してしまうだろう。完全に破壊しておかなければ、幻魔の手によって再利用されてしまう可能性も低くはないのだ。

 もっとも、調査隊が手を下すまでもなく、大空洞内の大半の設備は破壊され尽くしていて、残っていたのは、幻魔生産工場だけだったのだが。

 イリアたちは、幻魔生産工場から取れる情報を取り切った後、それらをも徹底的に破壊している。

「次は、先日、警察本部内留置場から姿を消した囚人の一人、三田弘道さんだひろみちの件です」

 イリアが端末を操作すると、大空洞内で味泥みどろ中隊の前に現れた三田弘道の姿が幻板げんんばんに映し出された。

 三田弘道は、〈スコル〉の構成員の一人だ。元々ネノクニ出身である彼は、〈スコル〉の先遣隊せんけんたいとして、央都移住計画に参加、央都市民として生活しながら、〈スコル〉の活動拠点の確保に勤しんでいたことが判明している。

 長谷川天璃はせがわてんりが主導して引き起こした〈スコル〉事件においては、升田春雪ますだはるゆき妻子の監視任務についており、皆代幸多みなしろこうたによって制圧、確保されていた。

 その後の取り調べでは、長谷川天璃ほどではないにせよ、〈フェンリル〉総帥・河西健吾かわにしけんごへの熱狂的な信仰心を覗かせており、警察部や情報局の追及を煙に巻くような発言ばかりを繰り返していたという。

 そして、他の囚人とともにさらわれた彼は、マモンによる改造が施されていた。まさに改造人間としかいいようのない姿になり果てていたのだ。

「彼は、麒麟寺きりんじ軍団長が得意とする魔法・鳴雷なるいかずちの使い手でした」

「同じような魔法、ではないのかね?」

「固有波形、魔素質量こそ異なりますが、麒麟寺軍団長の星象現界せいしょうげんかい八雷神やくさのいかづちのかみを擬似的に再現し、その上で鳴雷を使ってきたことは、確かです」

「星象現界を擬似的に再現……」

 イリアの説明を受けて、戦団最高幹部の間に動揺が走った。

 戦団最高幹部とは、大半が星将せいしょうであるが、全員が星象現界の使い手というわけではない。

 星将になることの条件の一つが星象現界の体得となったのは、星象現界が技術として認められるようになってからのことだからだ。

 それ以前の、それこそ戦団黎明期から幹部として活躍していた上庄諱かみしょういみななどは、星象現界を体得する必要すらなかった。立場や職務を考えれば、当然だろう。彼女は、情報局の人間であり、局長でもある。星象現界を必要としないのだ。

 特に星象現界を必要とするのは、戦闘部の導士であり、だからこそ、戦闘部の星将には星象現界の体得が必須とされた。

 戦闘部の星将とは即ち、軍団長だ。

 軍団長は、ただ、軍団を率いるだけが役目ではない。もっとも苛烈かれつな戦場に赴き、もっとも凶悪な幻魔と戦うこともまた、軍団長の務めなのだ。

 特に鬼級おにきゅう幻魔との戦いが想定されている以上、星象現界の体得が必須とされるのは、必然だった。

 この最高幹部会議に参加している戦闘部の軍団長は、全員が全員、星象現界を体得している。

 だからこそ、慄然りつぜんとするのだ。

 星象現界を擬似的にでも再現できる技術があるということほど恐ろしいことはない、と、星将の誰もが理解している。

「長谷川天璃の潜心調査せんしんちょうさ中、マモンが干渉してきた出来事は、記憶に新しいかと想いますが、そのとき、マモンが見せてきたものも覚えておいででしょう」

蒼秀そうしゅうの右腕だったな」

「おそらく、マモンは、麒麟寺軍団長の右腕を培養し、各部位の生体義肢を生成したものと考えられます」

「で、右足部分を移植したのが、三田弘道か」

「しかも、三田弘道には、DEMコアが埋め込まれていました」

「はっ……改造幻魔の次は、改造人間かよ」

 明日良あすらが、吐き捨てるようにいったのは、噴き上がる怒りを抑えるために違いない。そうでもしなければ、幻板の向こう側で荒れ狂っていたことだろう。

「三田がマモンにどう言い含められたのかはわかりませんが、彼がマモンによる改造手術を受け入れたのは事実です。そして、鳴雷の力を得、その実験場所として大空洞を選んだ」

「そこへたまたま味泥中隊が突っ込んでいったわけだ」

 そして、三田と味泥中隊の激闘が始まったのだが、その中で三田は、鳴雷と雷身らいしんの魔法だけを使っていた。それ以外の、三田自身の魔法を使う様子はなかった。おそらくだが、改造手術によって、特定の魔法以外使えない体にされていたのではないか。

 イリアの推論に、最高幹部たちも異論を挟まなかった。

「DEMシステム、コード666を発動した三田は、イクサ同様、完全に幻魔と成り果てました。幻魔細胞の侵蝕に人体が耐えられるわけがありませんから、当然の帰結きけつでしょう」

 三田がそれを理解していたのかどうか。

 少なくとも、自分の肉体に幻魔細胞が埋め込まれていたことは、気づいていなかったのではないか。 DEMコアやDEMシステムがどういったものなのかも知らなかった可能性も低くない。コード666を発動することでより強大な力を得られる、程度の知識しかなかったのではないか。

 まさか、全身が幻魔細胞に犯され、自分の意識すらも破壊され尽くすとは、想像だにしていなかったのではないか。

「そして、皆代輝士に撃破された三田は、そのままトロールに踏み潰されてしまったというわけです」

 そういってイリアが示した画像には、無数のトロールが踏みしだいていったのだろう三田の死体が映っていた。トロールは巨体に相応しい重量を誇る幻魔だ。それらが星象現界を発動した統魔に引き寄せられていたところへと落下していった三田の死体が、しかし、確かに原型を留めているというのは、奇跡でもなんでもなかった。

 それだけ、コード666を発動した改造人間の肉体が強固だという証明にほかならない。

 全身を幻魔細胞に取り込まれるということは、人体が魔晶体へと変異することにほかならない。少なくとも、三田の死体は、幻魔の死骸となんら変わらないものだったのだ。

「三田の死体を解剖した結果判明したことは、彼がもはや人間ではなく、幻魔そのものに変異していたということです」

「人間が幻魔に変異した……か」

「マモンの人体改造技術は、イクサや機械型幻魔に用いた技術を元にしたものに違いありません。DEMシステム、DEMコア、DEMユニット――これらが明らかな共通点として存在していますし、なにより、DEMコアの構造は、機械型のそれと同じでした」

「つまり、幻魔の魔晶核ましょうかくが利用されていた、ということか」

「はい」

 イリアは、三田の死骸の解剖結果を表示しながら、頷く。

 三田の体の内部からは、機械型幻魔に用いられていたものよりも小型、軽量化したDEMユニットが発見された。DEMユニットは、DEMシステムの基盤であり、そこにDEMコアが内蔵されている。

 DEMコアには、幻魔の魔晶核が用いられており、つまり、三田には、幻魔の心臓が移植されていたというわけだ。

 三田は、一度、殺されている。

 味泥朝彦(あさひこ)の星象現界によって心臓を貫かれて死亡した彼は、DEMシステムの再起動により、DEMコアを心臓とする幻魔として蘇生したのだ。


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