第四十九話 初日が終わる
閃球の一日目第四試合は、御影高校対星桜高校である。
御影高校は、初戦の大敗の悪い印象が強く、それもあってか大声援で会場に迎えられていた。
対抗戦の決勝会場に集まる観客というのは、大抵が、決勝進出校となんらかの関係を持つものだ。その学校の生徒だったり、教師だったり、家族親類縁者、出身者等々。当然、そうした観客が応援するのは、関係の深い学校であり、学校のために奮戦する生徒たちに熱い声援や拍手を送るのが普通だ。
しかし、時と場合によっては、まったく関係のない、敵とさえいえる学校に声援を送ることもあるのだ。
それがいまだ。
天燎高校に歴史的大敗を喫したことは、御影高校に対するある種の同情心を呼び起こさせ、星桜高校関係者以外の観客の多くが、御影高校を応援するという状況が生まれていた。
試合開始直前、御影高校と星桜高校の選手たちが戦場に現れ、布陣する。
観客の声援が熱を帯び、熱気が渦を巻き、戦場を包み込んでいた。
「なんかさ、わたしたちが悪者になってる気がするんだけど」
「仕方ねえよ、あんだけ点数取ってボコったんじゃあな」
「でもさ、元々ぼくたちに対する扱いって、とてつもなく酷くなかった?」
「それも仕方がねえ。万年予選敗退、最下位常連だったからな。常勝ならぬ、常敗高校だぜ、天燎は」
「うーん……」
圭悟の自嘲というよりは多分に過去の天燎高校を馬鹿にしたような発言に対し、真弥と蘭が納得できないといった表情を浮かべた。
だったら御影高校程度とはいわずとも、もう少し同情的になってくれてもいいのではないか、というのが、二人の意見なのだろうが。
予選免除権で決勝大会に出場している高校が、圧倒的大勝をしたというのであれば、同情心など集められようもない。
幸多は、法子の凝り固まった筋肉を丹念にほぐしながら、幻板を見ている。
幻板に映し出された戦場では、いままさに試合が始まろうとしていた。
中心円に星球が落ちてきて、試合開始の合図が鳴り響く。
両校、ともに動いた。
『試合終了! 五対四! 勝ったのは、御影! 御影高校が、激戦の末に勝利を決めました!』
『いやあ、素晴らしい熱戦でしたね。これほど白熱した試合は、そうそうあるものではありませんよ。歴史に名を刻むのではないでしょうか』
「適当いいすぎだろ、この解説」
試合終了の合図とともに流れてきたネットテレビ局の実況と解説に対し、圭悟が口を歪めながらいった。彼は、控え室の椅子に寝そべりながら、じっくりと試合を見ていた。
控え室内の誰もが各々好き勝手に過ごしていて、仲でも自由なのが圭悟だ。そんな圭悟を窘めるように口を尖らせたのが、蘭だ。
「元プロに失礼だよ」
「失礼もくそもあるかよ。この程度で歴史に残るなら、おれらの試合はどうなんだよ。神話にでもなるってのかよ」
「なるかもよ!」
「なるかよ」
明らかに冗談交じりの真弥に向かって、圭悟が半笑いでいった。
ともかく、御影対星桜は、大方の予想を裏切り、御影の勝利で幕を閉じた。
初戦で大敗を喫した御影は、戦術そのものを大きく見直したようであり、選手たち個人個人が考え方さえも変えているような動きを見せていた。
元々、御影高校の選手個人の能力は、極めて高いと評判であり、法子のお墨付きでもあった。
そんな選手たちが協力し、丁寧に連携するようになれば、初戦とはまったく異なる動きになるのは必然といえた。
対する星桜高校は、御影高校対策をばっちり行っていたのだ。それはつまり、初戦における御影高校の動きを見て、その穴だらけの戦術、陣形を攻略するための作戦を組み立てたというわけであり、前半戦、御影が星桜を蹂躙したのは、そういう理由からだろう。
御影は、前半だけで三点をもぎ取っている。
後半に入ると、星桜は見違えるような動きを見せた。たった十分の休憩時間で御影の動きを分析し、それら情報を選手間で共有、作戦に反映させたのだ。
「さすがは常勝校だな」
後半戦開始直後、星桜の菖蒲坂隆司が一点を取ったとき、その動きの変わり方を見て、圭悟が呻くようにいった。
星桜高校は、前半戦がなんだったのかと思うような怒濤の如き攻勢でもって、さらに二点を追加、三対三にもつれ込んだ。
最終的には、御影高校の金田友美がこの試合二得点目となる得点を取り、これが御影の五点目であり、決勝点となった。
御影高校は、勝利し、一戦目の大敗を帳消しにとはいかないまでも、多少なりとも払拭できたことだろう。
一方、星桜高校は惜敗し、これで二試合連続の敗戦となった。控え室に引き上げる選手たちの足取りは重い。
「つぎが今日の最終戦か」
「天神対叢雲だね」
「紗江子はどっちが勝つと思う?」
「叢雲高校かと……」
「だよねえ」
紗江子の返答には、真弥も同意見だといわんばかりに大きく頷く。それ以外考えられないとでもいうかのようだった。
実際、天燎高校の控え室にいるだれもが、叢雲高校の勝利を疑っていなかった。
天神高校は、つい先程天燎高校と戦った相手だ。弱くはなかったが、強すぎるということもなかった。
一方、叢雲高校は、蘭が要注意と名指ししただけでなく、強豪校たる星桜に圧勝したという事実があった。予選とはまったく異なる布陣、戦術によって、星桜を軽々と叩きのめしたのだ。
そうした観点から見れば、天神よりも叢雲に分があるように見えた。
幸多は、ようやく指圧師としての職務を終え、試合に集中できる環境になった。
幸多の指圧を終えた法子と雷智は、控え室の真ん中に陣取っている。そして法子は、雷智の太腿を枕代わりにして、横になっていた。
やがて戦場の整備が終わり、初日第五試合目が始まった。
天神高校と叢雲高校の選手たちが戦場に姿を現せば、観客の声援が会場を埋め尽くした。
これまでの試合が、会場の熱気を最高潮に高めている。
『いよいよ本日最後の試合となりました! 閃球第五試合、天神高校対叢雲高校! 勝つのはどちらか! 星球が輝くのは、どちらの頭上か!』
『星桜高校に圧勝した叢雲高校か、それとも、あの天燎高校に引き分けた天神高校か。これはまったくわかりませんね』
『そうですね! どちらが勝利してもおかしくありません! 素晴らしい試合が期待できそうです!』
「なるほど、そういう味方もできるわけか」
圭悟が感心するようにいう。
「そりゃそうよね、誰もうちらの作戦なんて知らないんだから」
「なにも知らない方々からすれば、防戦一方に見えたでしょうね」
「守り抜くのも大変だったから、それも間違いじゃないんだけどね」
幸多は、真弥と紗江子の発言を聞いて、苦笑気味にいった。
天神高校との試合において、幸多も懸命に走り回ったものだ。護りに徹する以上、敵陣に食い込む必要はなく、動く範囲は自陣に限られている。とはいえ、飛び回る相手闘手に対応するには、やはり全周囲に気を張り、目を配り、常に動き回っていなければならなかった。
特に幸多は、魔法が使えないのだ。他の皆が魔法でできる部分を身体能力で補わなければならない。より早く動き、より高く飛ぶ。それができなければ、足を引っ張るだけになる。
が、幸いにも、幸多が足を引っ張るような展開にはならなかった。
相手は、高校生だ。
どれだけ魔法の訓練を積み、研鑽を重ねようとも、幸多の母のような実戦経験も豊富な魔法士とは比較にならない。
幸多の身体能力だけでも十二分に対応できていた。
さて、天神対叢雲の試合はといえば、実況解説の想像とはまったく異なる、しかし、幸多たち天燎高校の皆の想定通りの結果となった。
前半、叢雲が三点を取って終わった。得点は、いずれも草薙真が上げている。
後半戦に入ると、天神は守備を固めた。これ以上得点を上げるつもりはないという意志表示であり、叢雲の大勝利だけはなんとしても防いでやるという意気込みだった。
が、それでは天神の勝ち目がまったく見えない。
実際、天神は一点も取れなかった。
逆に叢雲は、さらに一点を挙げ、合計四点で大勝利を収めた。
『戦場に試合終了の合図が鳴り響きます! 結果は、四対零! 叢雲高校の勝利です!』
『叢雲高校は、攻撃を草薙真闘手一人に任せていますが、たった一人であれだけの点数を上げられるというのは、見事というほかありませんね』
『はい、まったくですね!』
『そして、攻撃役を一人に委ねた結果、守備に四人を割り当てることができるため、点を取られるということがありませんでした。これは強者の戦い方ですよ』
『本当に、見事としか言い様がありませんね!』
「うーむ」
圭悟は、実況と解説に対して茶々を入れるのを諦めたように唸った。
天神対叢雲の試合経過は、終始叢雲が支配的であり、圧倒的といって良かった。
そして、叢雲には、余裕さえ見られた。無理に攻め込まず、無駄な消耗を避けているようだった。
「叢雲の奴ら、幻闘も視野に入れてるな」
「そりゃそうでしょ。ぼくたちだってそうしてるんだから」
他校だってそうするに決まっている、という蘭の意見はもっともだった。天燎高校だけが先を見据えて行動するわけもない。
他校もまた、優勝を目指しているのだ。
対抗戦を優勝する上でもっとも重要視されるのは、幻闘だ。
幻闘の結果次第では、現在最下位の高校が優勝することだってありうるのだ。
そのために現段階で全力を出し切るのは、得策ではない。力を温存し、明日の最終決戦に備えるというのは、だれもが当然のように考えることであり、故にこそ、徹底しなければならない。
「だから、間違いじゃなかったってことだね」
「そういうこった。無理に得点を取りに行こうとするよりは、な」
圭悟は、会場が大写しにされた会場を睨み据えながら、いった。
対抗戦決勝大会の初日は、閃球の五試合目が終わったことで幕を閉じる。
そうしているうちに、音声案内が競技場内各所に響き渡り、本日の全試合日程が終了したことが伝えられた。




