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第四百九十五話 魔を統べるもの

「それにしたってやな……他人に星象現界せいしょうげんかいを分け与えるやなんて、聞いたこともないわ」

 朝彦あさひこは、統魔とうまの星象現界が引き起こしている現象を目の当たりにして、感心するのを通り越して呆れるほかないという気分だった。

 統魔の星象現界は、なにもかもが規格外きかくがいだ。

「三種特盛り自体、聞いたことありませんけど」

 みなみも、圧倒的後輩の圧倒的才能を目の当たりにして、もはやどのように感嘆かんたんの声を上げればいいものかと困り果てているような、そんな様子だった。

 さもありなん、と、朝彦は思うのだ。

 統魔の才能は、頭抜ずぬている。

 それそのものは、彼が子供のころに観測された魔力質量によって判明していたことなのだが、それにしても、と、思わざるを得ない。

 誰もを凌駕りょうがする才能に誰にも負けない努力、日夜研鑽(けんさん)鍛錬たんれんを忘れることのない精神性が合わさったことにより、統魔の魔法士としての実力は、同年代で圧倒的に突出しているといっていい。

 彼が周囲に期待され、将来戦団を背負うであろう超新星などと持てはやされるのも当然のように思うし、それだけのものを持っているのは、疑いようがなかった。

 そこへ、この星象現界だ。

 武装顕現型ぶそうけんげんがた空間展開型くうかんてんかいがた化身具象型けしんぐしょうがたという星象現界の三形式を網羅もうらしているという時点でも特筆に値するし、例外中の例外であり、規格外なのだが、さらに十二体もの星霊せいれいを具象しているというのも普通では考えられない。

 そして、それら十二体の星霊を他者に分け与え、星装せいそう化するなど、とてもではないが、ほかの誰にも真似のできないことなのではないか。

 少なくとも、これまで記録されたどの星象現界にも同様の性質を持つものはなかった。

 他者に星象現界を分け与える星象現界。

 そんなものがこの世に存在していたのか、と、この報告を聞いた誰もが耳を疑うだろう。

「……なんやねん」

 朝彦は、しかし、この体に充溢じゅういつする力が星象現界と全く同等のものだということを肌で理解していた。朝彦が星象現界・秘剣陽炎ひけんかげろうを発動している状態に等しいのだ。ただし、この場合、自分の魔素を一切消耗する必要がなかったし、その能力もこれまでの星霊の戦い方から想像すればいい。

 たとえば、朝彦だ。

 星霊との同化により、黄金の装束を身に纏った彼の左手には、神秘的な形状の弓が握られていた。背には炎のような光背こうはいが浮かんでおり、強烈な光を発している。

 朝彦は、背後に浮かぶ炎の輪に右手を伸ばすと、炎を掴み取った。すると、炎が矢の形に収斂しゅうれんしていき、彼の手の中に収まったのだ。

 星霊がそのような戦い方をしていたのを見ていたから、こうすればいいのだろうとわかったのだが。

「この矢をつがえて、やな」

 弓など使ったこともなければ、それが正しい持ち方なのかはわからなかったが、彼は、適当に弓に矢を番えて見せた。すると、彼の隣で、南も同様の構えを取っていた。

「こうですね」

 南もまた、星霊との同化によって、全身に黄金色の装束を纏っており、光の輪を負っていた。そして、左手に銀の弓を持ち、光輪から矢を取り出して、番えて見せたのだ。

 十二体の星霊の中で、弓を得物としていた星霊は二体いた。その二体が、朝彦と南に憑依ひょういし、星装と化したのだ。

「せや……しっかりと狙いを定めて……放つ!」

 二人は、同時に矢を放つ。

 金色の矢と銀色の矢は、弓を放たれた途端、極大の光芒こうぼうとなった。巨大な竜巻のような幻魔の群れを貫通し、風穴を開ける。金銀の光芒の通り道にいた幻魔は、ことごとく消滅したか、あるいは無惨極まりない死骸に成り果てて、周囲に散らばっていった。

「……なんやねん」

「なにが不満なんですか。凄いじゃないですか! これが……この力があれば、人類復興だって夢じゃないですよ!」

「いや、まあ、不満なんてこれっぽっちもあらへんねんけどな」

 朝彦は、興奮しながら次々と矢を番えては発射する南を横目に見ながら、金色の矢を光輪上の矢筒からから引っ張り出した。

 この星霊が武装化した代物が、武装顕現型の星象現界、いわゆる星装と同等のものだということは、その威力からも明らかだ。

 ただ星象現界の力を分け与えたのではない。星象現界そのものを与えている。

 そんな力が有るというのか。

「統魔……か。名は体を表すとは、このことやな」

「はい?」

「まさに、魔法を統べるもの、って感じや」

 朝彦は、幻魔の竜巻の中心にあって、大量の幻魔と激闘を繰り広げている。いや、違う。一方的な殺戮さつりくといっていい。幻魔の苛烈かれつな攻撃の数々は、統魔には一切通用せず、統魔が軽く放った魔法が多数の幻魔を消滅させていくのだ。

 さらに、その外側から味泥みどろ中隊の猛攻が幻魔たちを襲っている。

 何千体もの幻魔との戦いは、死闘になるはずだった。いや、死闘と呼べるほどのものにすらならず、数で圧倒され、蹂躙じゅうりんされ、殺戮されてしかるべきだった。

 それほどの戦力差があった――はずだ。

 いくら統魔が星象現界を発動していたとはいっても、勝てる見込みなど一切なかった。

 だが、現実はどうだ。

 状況は、一変した。

 大量の幻魔がこの工場内に雪崩れ込んできたときの絶望感が、嘘のように吹き飛んでしまっていた。

 味泥中隊の誰もが、星霊のもたらす強大な力に酔い痴れながら、幻魔を蹴散らしていく。

 そんな中にあって、一人だけ蚊帳の外に置かれているものがいた。

「なんでわたしだけ仲間外れなのよーっ!」

 ルナである。

 彼女は、星霊を身に纏い、幻魔を圧倒する仲間たちの戦いぶりにやきもきしていた。統魔が皆に力を与え、その力によって苦境を脱しようとしていることは理解しているのだが、自分だけが統魔に認識されていないかのようなこの現状には納得がいかなかった。

 憤懣やるかたないとはこのことだ。

「仕方ないよ、ルナっち」

「うむ、仕方がないな、こればかりは」

「なんで……」

「だって、たいちょの星霊、十二体しかいなかったし」

「隊長以外に割り振るとなると、な」

 香織かおり枝連しれんは、迫り来る獣級幻魔を吹き飛ばしながら、ルナが顔を真っ赤にしている様を見遣り、同情を禁じ得なかった。

 大空洞に突入した味泥中隊は、統魔を含め総勢十四人である。そのうち、星象現界の発動者である統魔を除くと、十三人。

 十二体の星霊を振り分けるのであれば、ルナ以外を選ぶのは無理からぬことではないか。

 ルナの超人的な生命力を考慮した上で、統魔がそう判断を下したのだ。

「十二体でも多過ぎんねんけどな! 普通、星霊は一人に一体が相場なんやで!」

「だったらもう一体くらいついでに頂戴ちょうだいよ!」

「んなもん、皆代みなしろくんにいえや!」

「むううううう!」

 幻魔討伐に忙しい朝彦に怒鳴られて、ルナは、唸るほかなかった。統魔にいっても、だれにいっても、どうしようもないのだろう、と、彼女にもわかっている。わかっているからこそ、このやり場のない不満をどうすればいいのかと考え込むのだ。

 統魔を見る。

 彼は、太陽のように燦たる輝きを放ち、膨大な数の幻魔を相手に一方的な戦いを続けていた。その光は、いつだって変わらない。

 ルナが彼に救われたときから、なにひとつ。

 そう、それはまるで。

「わかったわよ! わたしも星象現界を使えばいいんでしょ! 使ってやるわよ!」

 ルナは、そう息巻くと、統魔に向かって飛んでいった。背後の花飾りから花弁を撒き散らしながら、速度を上げて、幻魔の群れの中に突っ込んでいく。

 統魔が、ルナを見た。

「まったく、むちゃくちゃだな」

 統魔は、ルナが空を舞う獣級幻魔の群れを莫大な魔力の光によって弾き飛ばしていく様に呆れる思いがした。

 ルナの全身から迸るのは、超密度の魔力であり、瞬く間に練り上げられ、変質し、昇華されていく。ルナの紅い瞳の奥底に光が走った。その光こそ、〈星〉なのだ、と、統魔は知っている。

 〈星〉が瞬き、星象現界が発動する。

 ルナの全身から溢れていた魔力は、白銀の星神力せいしんりょくへと昇華され、体中を覆い尽くしていった。

 一瞬。

 その一瞬にして、変身は終わる。

 光が消えると、彼女は、露出度は相変わらずに激しいものの、鎧めいた意匠が目立つ白銀の武装を身に纏っていた。赤と黒の混じる長い髪が猛る星神力の嵐に揺らめき、白銀の髪飾りがその存在を主張する。背後には、白銀の三日月が浮かんでいて、神々しい光を放っていた。

「どう? これで文句ないわよね!」

 ルナは、統魔の目の前に辿り着くと、胸を張って言ってきたのだから、統魔は、どういう表情をすればいいものかわからなかった。

「どういうことやねん」

 遥か地上から、朝彦の声が聞こえてきたのだが、統魔は、強く同意したい気分だった。



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