第四百九十四話 煌めく(十)
統魔の武装顕現型の星象現界から発動した十二体の星霊が、味泥中隊の導士たちに同化していく光景は、神秘的かつ幻想的だった。
その現象に驚きこそすれ、恐怖や不安を抱くものは一人としていなかったのは、それが統魔の能力だという認識があったからだろうし、信頼があったからにほかならない。
十二の星霊たちは、それぞれ異なる姿形をしており、男性形が六体、女性形が六体である。それぞれ特徴を備えており、武装化にもその特徴が現れている。
「なんだかとっても力が湧いてきたんだけど!」
香織は、全身を鎧う黄金色の衣と装甲、そして、右手に掴み取った長杖を振り回して見せた。全身、至る所に雷を連想させる意匠があり、長杖の先端には電光を帯びた球体のような飾りがあった。
まるで雷神を連想させる武装の数々だ。
「ああ……それも途方もない力だ」
枝連の全身を覆うのも、黄金色の甲冑である。香織のそれよりもより堅牢な鎧は、重装に近いが、動きにくくはない。甲冑の所々から火が噴き出していて、手にした金槌も燃え盛っていた。
二人は、己の身に変化が起きたそのときから、強大な力の脈動を感じ取っていた。自分が練り上げた魔力とは異なる、強大無比な力が無尽蔵に湧き上がってくるような感覚。まるで自分が神にでもなってしまったのではないかというような全能感。
この工場内の空間全てを支配してしまえるような昂揚感すらもが、二人の意識を席巻していた。
だから、だろう。
香織は、誰もが驚き、戸惑っている最中、真っ先に動いた。
統魔の包囲網から引き離したわずかばかりの獣級幻魔に向かって飛びかかり、長杖を振り下ろす。
「碧雷!」
香織の魔法が発動した瞬間、彼女は、目を見開くほどの驚きを覚えた。
碧雷は、香織が戦団式魔導戦術を元に編み出した雷属性の攻型魔法だ。対象の頭上から碧い雷を降らせ、打ちつけるという単純な魔法なのだが、単純故に想像も容易く、無意識的に行使できるくらい染みついている魔法だった。
威力は、込める魔力によって大きく上下するのだが、咄嗟に使った場合、込められる魔力にも限度があり、当然ながらその威力も知れたものになる。
だから、香織は、空中から飛来してくるカラドリウスの群れに対し、牽制程度に放ったつもりだったのだ。
しかし、実際に降り注いだのは、滝のような碧い雷光の帯であり、複数体のカラドリウスを飲み込み、一瞬にして蒸発させてしまったものだから、香織も瞠目してしまった。
「うっそ……あたし、星象現界を体得しちゃった……」
「んなわけないだろう」
枝連は、こんな状況でも軽口を叩く香織に呆れつつも、彼女に倣って敵陣に突っ込んでいった。枝連は防手である。防手は、敵の攻撃を一手に引き受けるのがその役割だ。攻手が攻撃をしやすいように、補手が回復や補助に専念できるように。
数多の敵の注目を浴び、攻撃を受け止めるのが、防手最大の役割であり、だからこそ、防型魔法を得意とする彼が皆代小隊の防手に選ばれたのだ。
だが、防手だからといって攻型魔法が使えないわけではない。
攻型魔法こそ、もっとも簡単かつ強烈に幻魔の敵意を引きつける手段だ。防型魔法だけでは、敵の攻撃を受け止めるのが精一杯であり、攻撃を引き寄せるというのは、難しい。
だからこそ、枝連も攻型魔法を学び、鍛え上げているのだ。
彼が先陣を切れば、前方に獣級幻魔の群れが殺到してきていた。
いや、違う。よく見れば、統魔絶対包囲網が大きく崩れようとしていた。
枝連は、瞬時に理解する。
「そういうことか」
幻魔の習性だ。
幻魔は、余程高位の幻魔に支配し、統制されない限り、本能の赴くままに行動する。本能とは、より強力な魔素質量に引き寄せられるように向かっていくということだ。
いま現在、この工場内でもっとも巨大な魔素質量といえば、統魔だ。星象現界を発動したことによって、統魔の全身には星神力が漲っている。魔力よりもさらに高濃度、高密度の魔素の塊。それが今の統魔だ。だからこそ、この空間に集まった四千体もの幻魔が統魔のみに集中し、味泥中隊の導士たちなど存在しないかのように黙殺していたのだ。
しかも、いずれかの妖級幻魔が幻魔の集団を指揮しており、その命令によって十重二十重の包囲網が形成されており、統魔を中心とする巨大な幻魔の竜巻が聳え立っているかのようだった。
それらを外周から引き剥がそうというのが味泥中隊の作戦だったのだが、どうやらその必要はなくなった。
なぜならば、包囲網の外部に高濃度、高密度の魔素質量が大量に出現したからだ。
幻魔たちは、統魔のみならず、外部に出現した新たな魔素質量に対応しなければならなくなってしまった。
陣形は、崩壊し始めた。
フェンリルの群れが氷の息を吐き散らしながら肉迫してくるのを目の当たりにして、枝連は、燃え盛る金槌で以て殴りつける。
「焔王轟烈破!」
さらに魔法を発動すると、爆炎が連鎖しながらフェンリルの群れを飲み込み、有無を言わせず蒸発させていった。
圧倒的な力だ。
これほど強大な力は、幻想訓練の設定をいじっても体感できないのではないか。
さらにガルムが飛びかかってきたので、金槌で殴りつけると、一撃でその巨躯が木っ端微塵になった。枝連は、あまりの威力に呆気に取られた。
香織と枝連が幻魔を圧倒したことによって、味泥中隊の導士たちも、次々と参戦していった。
薬師小隊の土山海土は、本来、補手である。しかし、黄金の甲冑に身を纏い、巨大な剣を両手に握り締めた彼は、突貫し、カーシーの群れを薙ぎ払って見せた。
同じく薬師小隊の中山千里は、黄金の装束を纏った上で、羽の生えた靴を履き、複雑な形状の杖を手にしていた。空中を自由自在に飛び回りながら、得意の風魔法を撃ち放ち、その威力の凄まじさに混乱する。
西山祐希も、星霊との同化によって生じた変化に戸惑いながらも、前線に合流し、幻魔を圧倒する力に振り回されていた。全身を覆う黄金の甲冑と盾は、防型魔法を増幅し、さらに手にした槍が防型魔法を攻撃に転じてくれている。
当然、六甲小隊も、最前線への合流を果たしている。
朝日桜は、風属性ばかりの六甲小隊において唯一光属性を得意とする魔法士だが、彼女が身に纏っているのは、やはり黄金色の装束である。百合が花開いたかのような光背を負うそれを纏うだけで莫大な力が湧き上がってくるものだから、軽く魔法を使うだけで幻魔を撃破出来た。
養老哮は、六甲小隊の例に漏れず、風魔法を得意とする導士だ。黄金色の武装を全身に纏うと、その手には三叉の大槍を握り、振り回すと得意属性とは全く異なる水属性の魔法が発動したものだから、大いに驚きつつも、その威力の強烈さに感嘆の声を上げた。
別府奏も、六甲小隊の風魔法使いだ。
なぜこうまで風魔法の使い手が揃ったのかと言えば、小隊長であり杖長である六甲緑の弟子だからに他ならない。得意属性が同じ導士に弟子入り志願するのが通例だったし、緑は来る者拒まずに引き受けたから、結果としてこうなっているのだ。
そんな緑の弟子の別府奏も、星霊との同化によって強大な力を得ていた。それも得意属性とは異なる上、双極属性である地属性の力である。黄金色の装束を纏う彼の一撃は、工場の床を割り、幻魔たちを飲み込んでその大口を塞いだ。幻魔が断末魔を上げる間もない。
そんな部下たちの活躍を目の当たりにしながら、朝彦は大声を上げた。
「なんやねん! いったいどないなっとんねん! 皆代くん! きみはなんや! なんでもありか! なんでもありなんか!?」
「いまさらじゃない? 彼がなんでもありなの」
英理子は、全身を黄金色の装束に包み込まれ、溢れる力の膨大さになんともいえない気分になっていた。これが星象現界の力だとでもいうのだろうか。英理子の背後には炎のような光背があり、彼女が手を翳すと、膨大な熱気が凝縮して、巨大な火球となった。
想像した以上の魔法が発動したのだ。
そのまま手を振り下ろせば、火球は、こちらに向かってきていた霊級幻魔の群れの中へと突っ込んでいき、その尽くを消滅させていく。塵も残さない。
圧倒的だった。
もはや、敵などいないのではないかというような感覚が、英理子の中に生じる。
「そうだね。彼の星象現界は、三種の形式の盛り合わせだったし、なにが出来たって不思議じゃあないね」
緑も、星霊との同化によって生じた変化を全身で感じ取っていた。星霊の武装化。それがさながら武装顕現型の星象現界のようだということは、一目でわかる。全員が同系統の黄金色の武装を纏い、それぞれ異なる属性、異なる得物などを手にしていて、さらに超絶的な力を発揮していた。
緑の弟子たちが、普段とは比較にならない破壊力の魔法を撃ち放つ様を見れば、統魔の星象現界の凄まじさに唸るしかない。
緑自身、その装束から伸びる帯で以て、獣級幻魔の群れを一掃したことによって、その圧倒的な力を体感した。