第四百九十三話 煌めく(九)
朝彦にとって、統魔は弟弟子に当たる。
麒麟寺蒼秀の最初の弟子が朝彦で、何人か後の弟子が、統魔である。蒼秀は何名もの導士を弟子とし、強力な導士に育て上げている。
彼の育成能力は頭抜けていて、だからこそ、弟子志願者が多く、競争率が高かった。
統魔は、そんな蒼秀が率先して弟子に取ろうとした数少ない人材だ。
星央魔導院に特例で入学した彼は、あっという間に様々な記録を塗り替え、飛び級で卒業してしまった。
彼が戦団の導士や軍団長からだけでなく、央都市民からも注目を浴びたのは、当然だろう。
凄まじい争奪戦の結果、第九軍団に入団した彼は、すぐさま蒼秀に弟子入りした。得意属性こそ違うものの、朝彦とという先例がいたこともあり、蒼秀にとって統魔を鍛え上げるのは難しくなかったのではないだろうか。
そして、朝彦が彼と接する機会を持つようになったのは、今回の衛星任務からだ。
それまでは、兄弟子として遠くから見守り、時折声をかける程度の関係だった。稀に任務で一緒になることもあったが、それくらいだ。
深く関わり過ぎると、情が移る。
情が移れば、任務に支障を来す。
たとえば、今回のように。
鳴動は、止んだ。
数千を超える大量の幻魔が、工場内に集結し、もはやだしがらもでないといわんばかりの状態であるらしかった。
この工場で製造されていた幻魔の全てが解放され、ここに集まったのだ。
それが、三田の言っていた地獄なのだとしたら、確かにその通りだ。否定しようがない。霊級、獣級下位程度ならばどれだけ群れていようともどうとでもなりそうなものだが、獣級上位や妖級が混じると、途端に困難な壁となって立ちはだかるのだ。
「煌光級の杖長が三人揃っていても、これだ」
「しかも一人は消耗し尽くし使い物にならないっていう、ね」
「味泥さんを馬鹿にしないで!」
「誰も馬鹿になんてしてないよ」
「ただ、この絶望的な状況に黄昏れているだけよ。ね、味泥中隊長殿?」
「ま、せやな。状況は絶望的や。おれはもうほとんど魔力が枯渇してるし、星象現界は使えん。頼みの綱は皆代くんやが、そう長くはもたんやろ。この数を殲滅できるとも思えんし」
朝彦の徹頭徹尾冷静な分析が、ルナには段々腹立たしく思えてきた。ルナの頭の中は、統魔で一杯だからだ。統魔のことしか考えられなかったし、統魔の無事だけを祈っている。
あれだけの数の幻魔に襲われて、無事で済むなどと考えられるわけもないのだが、そう願うしかない。
「じゃあ、どうするのよ!? 統魔は、統魔は、戦ってるんだよ!?」
「だったら、あたしたちも隊長の援護に行くっきゃないかな」
「それは無謀というものだが……しかし、ほかに道はないな」
「だよねー」
香織と枝連が囁き合うのを聞いて、ルナは、二人の間に顔を突っ込んだ。目を輝かせながら、頷く。
「うん、そうだよ。それしかないよ。統魔を助けるんだ!」
「少しは冷静になれや、皆代小隊。隊長命令は絶対やぞ」
朝彦が忠告するが、ルナには響かない。
「そんなの、統魔の命に比べたらなんてことないよ!」
「だね!」
「うむ」
香織と枝連も強く頷くと、そのつぎの瞬間には、三人が動き出していた。枝連が防型魔法を展開して先導し、その後を香織とルナの二人が続く。
その後ろ姿を見て、朝彦は頭を掻き毟った。
「……ったく、どないなっとんねん、皆代小隊。皆代くんの教育、悪すぎやで」
「それをいったら、中隊長殿の命令を無視したわたしたちにまで飛び火するんだけど」
「そうね」
「そういっとるんやけどな……しゃあない。おれらも行くか」
「行くんですか?」
「この状況、皆代くんと合流するのが、結局、一番生存率が高いかもしれんからな」
「それは……確かに」
そうかもしれない、と、南は、統魔の戦いぶりを見て思うのだった。次々と迫り来る幻魔の猛攻を軽々と捌きつつ、攻撃の手も止めない統魔の姿は、星象現界によって黄金色に輝いていることもあって、戦の神のように見えた。
しかし、彼の周囲には、星霊の姿がない。十二体の星霊は、常に味泥中隊とともにあり、その内二体がルナたちに同行している。
つまり、残り十体が朝彦たちの周囲にいるのだが。
「統魔ああああああああ! いまいくからねええええええ!」
「たいちょおおおおおおおお! 愛してるよおおおおおおお!」
「待ってろよおおおおおお!」
「香織ちゃん、どさくさに紛れてなにいってんのよ!」
「だって、本当のことだし」
「むむ……わたしのほうが愛してるよおおおおおお!」
「なに張り合ってんだか」
統魔は、工場内で蠢く幻魔たちが発する音すら吹き飛ばすようなルナたちの大音声に苦笑するほかなかった。
この場に集まった幻魔は、四千体あまり。
霊級が一千体、獣級が二千体、妖級がトロールを含めて約千体。
とてつもない数としか言い様がない。
鬼級幻魔同士の戦争に動員される戦力と遜色ないのではないかと思えるほどだ。
その全てを殲滅するには、統魔一人では不可能だ。それは、統魔自身が一番よくわかっている。妖級幻魔すら一蹴する星象現界だが、この場にいる幻魔を殲滅するまでにかかる時間を考慮すれば、できるわけがなかった。
ただしそれは、統魔一人ならば、だ。
統魔は、ようやく自分の星象現界の使い方がわかってきたのだ。
統魔を取り巻くのは、四千体の幻魔の群れだ。それも統率が取れていて、十重二十重に統魔を包囲し、布陣している。攻撃の連携も取れていて、防御も硬い。ある幻魔が攻撃に専念すれば、別の幻魔は防御に力を注いでいるという有り様なのだ。
そんな渦中へと突っ込もうとするルナたちの姿も、味泥中隊の姿も、統魔にははっきりと見えていたが、止めようがなかった。
特にルナたちは、統魔の命令も朝彦の命令も無視して突っ込んできているのだ。暴走している。
「まあ、それがルナだもんな」
彼女は、感情の昂ぶりを抑えられないのだろう。感情の、本能の赴くままに行動してしまう。それを彼女の良さと受け取るか、弱点と受け取るかは、状況次第だ。
(ま、どっちでもいいさ)
統魔は、多少、楽観を込めて、つぶやいた。
幻魔たちの集中砲火の中心にあって、統魔は微動だにしない。全身に纏う光の衣が、敵の攻撃魔法に対し絶大な防御力を発揮しているからだ。しかし、それも星象現界が維持できている間だけのことだ。星神力が尽き、星象現界が解除された瞬間、この集中砲火は統魔の肉体を徹底的に破壊し、統魔を絶命させるだろう。
しかし、統魔は、幸いにも一人ではない。
味泥中隊の皆がいて、こちらに向かってきてくれている。香織とルナの攻型魔法が外周部の幻魔たちの意識を統魔から引き剥がせば、さらに後方からの無数の魔法攻撃が幻魔たちを引き寄せ始めている。
包囲網が崩れるにはまだまだ足りないが、統魔はそれだけで力が湧くような気がした。
一人ではない。
ただそれだけのことが、これほど心強く感じるのは、とっくの昔にわかりきっていたことではあるのだが。
だから、統魔は、光輪でもって幻魔の攻撃を受け止めながら、右腕を翳す。
十二体もの星霊が、統魔の意思に応じて、空を舞う。皆代小隊、味泥中隊に殺到し始めた幻魔たちを様々な攻撃手段で牽制しながら、一体一体が、導士一人一人の元へと舞い降りていく。
「え? なになに? なんなのお!?」
「これは?」
香織は、神々しい杖を手にした男性形の星霊が自分に向かって舞い降りてくるのを驚きながら見ていたし、枝連もまた、巨大な金槌を持ち、燃え盛る髪の星霊が自分自身に重なってくる感覚に困惑していた。
同じような現象が、ルナを除く味泥中隊の全員に起きている。
十二体の星霊が、十二人の導士たちに降りてきて、その全身を鎧うように変化していく。
まるで、全員が武装顕現型の星象現界を発動したかのような光景であり、ただ一人取り残されたルナは、呆気に取られるほかなかったのだ。