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第四百九十二話 煌めく(八)

 トロール製造工場の各所の出入り口から雪崩なだれ込んできたのは、トロールではなかった。

 多種多様な幻魔げんまが、怒濤どとうの如く押し寄せてきて、工場内を瞬く間に埋め尽くしていった。

 何十体、何百体では足りない数の幻魔である。

 霊級れいきゅう獣級じゅうきゅう妖級ようきゅう――妖級以下の低級幻魔と呼ばれる幻魔たち。

 オニビ、スプライト、バンシー、ニンフ、ライジュウ、ユキメ、ウィスプ、スペクターと、下位霊級幻魔が勢揃いしていたし、獣級幻魔も下位から上位まで色々と取り揃えられていた。ガルムにフェンリル、ケットシーにカーシー、アーヴァンクといった見慣れた獣級幻魔もいれば、ケルベロスやカトブレパスのような上位獣級幻魔も多数、工場内に雪崩れ込んできている。

 妖級幻魔は、ゴブリン、オーガを始めとする下位ばかりだが、こんなところに上位妖級幻魔が大量に現れるなど、考えたくもなかった。

 いや、いまでさえ、考えたくもない状況だ。

 絶望的としかいいようがない。

 ただでさえ、数の上で圧倒されていたのだ。

 トロール数百体だって、まともに戦えば勝ち目はなかったし、統魔とうまが強力無比な星象現界せいしょうげんかいを発動したからこそ、なんとかなっていた。

「なんちゅう数や……」

「これが全部この大空洞に眠っていたってのかい」

「最悪だけど、不幸中の幸いって奴かしら」

「どこがですかねえ!?」

 枝連しれんの背中に捕まりながら悲鳴を上げたのは、香織かおりだ。

 味泥みどろ中隊は、高層と低層に分かれた工場内の低層部に固まっている。中隊全員で固まることにより、防型ぼうけい魔法を何重にも重ねることができるからであり、防御を万全にできるからだ。

 トロールは、統魔に夢中であり、その背後から攻撃を仕掛けるのは容易い。しかし、一撃で仕留められなければ、反撃に転じてくるのが幻魔という生き物だ。

 幻魔が反撃しないような相手というのは、余程魔素質量が少ないか、持っていない相手だけだろう。

 たとえば、皆代幸多みなしろこうたのような。

 もっとも、皆代幸多の場合であっても、最新兵器を用いて攻撃すれば、さすがに反撃されるだろうし、攻撃対象となることも判明している。

 最新装備が魔素の塊だからだが。

「凄い数だよ……!? どうしよう!?」

「どうするもこうするも……」

 ルナが悲鳴を上げる中、枝連も顔をしかめた。

 凄まじい数の幻魔が、この広大な工場の空間を埋め尽くすようだった。地上は陸生型の幻魔が充ち満ちていて、空中には飛行能力を持った幻魔が溢れんばかりだった。

 見る限りどこもかしこも幻魔がいて、そのほとんど全てが味泥中隊を黙殺し、工場内の一点を目指している。

 統魔だ。

 星象現界を発動したままの統魔こそ、全ての幻魔の目標となっていた。

 彼が発する膨大な魔素――星神力せいしんりょくが、幻魔たちを引き寄せているのだ。

「まるで誘蛾灯ゆうがとうのようやな」

「そんなこといってる場合ですか」

「せやけど、おかげでおれらは助かっとるんや。皆代くんには感謝せなあかんで」

「してますけど!」

 みなみが強い口調で叫んでくるのは、状況が状況だからだろう。普段ならば冷めた言葉を突きつけてくる彼女も、これほどの事態ともなると気も動転してしまうのだろう。

 朝彦も、度肝を抜かれていた。

 何百、何千という数の幻魔が、この工場内に集まっている。

 工場が広いからこそなんとかなっているものの、もし二回りくらい狭ければ、大量の幻魔によって押し潰されて死んでしまっていたのではないか。

「考え得る限り最悪の死に方やな」

「なにがですか!」

「こっちの話や、気にせんでええ」

「気にしますよ!」

「ああ、もう、うっさいな」

 朝彦は、さすがに南の剣幕けんまくに怒鳴りつけたくなりながらも、極力声を抑えた。

 幻魔の大群は、全て統魔に向かっていて、着々と統魔の包囲網が構築されていた。十重二十重とえはたえの包囲網。地上と空中から統魔を攻撃するために陣形が組まれている。

 霊級や獣級の幻魔だけでは、中々見られない光景だ。しかし、妖級幻魔がいるおかげか、幻魔の統率が取れているようだった。

 幻魔の世界は、力こそが全てだ。

 上級、上位の幻魔には、下級、下位の幻魔は、為す術もなく従うものだと考えられていたし、それが幻魔の生態、習性であるというのが定説だった。

 妖級以下の幻魔が鬼級おにきゅう幻魔に従うのも、その習性故であるらしい。

 そして、この工場内には、伝令のように飛び回る妖級幻魔の姿が確認されており、それがこれまで本能の赴くままに動いていたトロールたちをも制御しているようだった。

 下位妖級幻魔フェアリーたちである。美しい妖精そのものの姿をした幻魔たちは、透明なはねから有害極まりない鱗粉を撒き散らしながら飛び回り、それによって下級の幻魔たちに指示を与えているようだった。

 そうして、統魔包囲網が完成していくのだ。

 一方、味泥中隊は、黙殺された。

 工場を満たす膨大な量の幻魔たちは、統魔だけに意識を割いているのだ。

「でも、どうするんだい? この状況……」

「地上からの援軍も期待できないわよ」

「せやな……どうしよか」

「中隊長がなげやりになってどうするんですか!?」

「そうだよ! 味泥さん! なんとかしてよ!」

「おうおう、皆しておれに期待しすぎちゃうか。おれかて星象現界が使えるもんなら使うとるけどな、もうあかんねん」

 朝彦は、統魔の星象現界のおかげで全身に力が漲っていることは認めてはいたが、本音としては、それだった。

「隊長が泣き言をいうのはどうなんだい?」

「泣き言やない。極めて冷静な現状分析と状況判断や」

「絶望的ってことなのかしら?」

「まあ、そういうことやな」

 朝彦は、同僚たちになじられながら、静かにうなずいた。

 彼我ひがの戦力差は圧倒的だ。

 敵の数は、千を遥かに超えていて、こちらは十四名。そのうち一人は星象現界でもって力を使い果たし、もう一人も、そのうちに力尽きるだろう。

 朝彦は、楽観主義者ではないし、夢想家でもない。だからこそ、この状況を打開する方法を模索するのだが、しかし、なにも思いつかない。

 幻魔は、統魔に引き寄せられている。統魔以外の誰一人として、幻魔の注目を浴びていない。つまり、統魔を残していけば、十三人は助かることができるだろう。

 それは、最終最後の手段だが、しかし、そのように冷酷な計算もしなければならないのが、隊長の役割だ。

(そんなもん、万にひとつもありえへんけどな)

 朝彦は、脳裏のうりに過った考えを一笑に付した。

 統魔は、類い希な才能の持ち主だった。子供のころから神童とうたわれ、魔法士としての素養を開花させ、伸ばしていった。星央魔導院せいおうまどういん時代には、どこの軍団が彼を引き受けるかで凄まじい争奪戦が繰り広げられたほどだ。

 そして、それだけの価値があったことは、朝彦にもはっきりとわかった。

 統魔の星象現界は、唯一無二といっても過言ではないものだった。

 星象現界には三つの形式があり、星象現界ごとに固定されているというのが定説だった。

 たとえば、伊佐那美由理いざなみゆりの星象現界は、空間展開型くうかんてんかいがたで固定されていて、それ以外の形式で発現することができないし、麒麟寺蒼秀きりんじそうしゅうの星象現界は武装顕現型ぶそうけんげんがたとしてしか発動することができない。

 それが星象現界の理だと考えられていたし、その理を覆したものは、いまのいままで一人としていなかった。

 皆代統魔が星象現界を発動するまで。

 統魔の星象現界は、空間展開型、武装顕現型、化身具象型けしんぐしょうがたという三形式全てを同時に発動するというものだった。

 それを特別な才能と呼ばずになんと呼ぶのか。

 彼を失うわけにはいかない。

 彼は、戦団の未来を担う人材だ。

 彼だけは、なんとしてでも助けなければならない。

 朝彦は、そのためならば、なんだってしよう、と覚悟を決めた。


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