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第四百九十一話 煌めく(七)

 統魔とうまは、三田さんだ双眸そうぼうから光が失われただけでなく、彼の肉体に満ちていた魔素質量まそしつりょうが拡散していく様を肌で感じていた。

 魔素は、通常、目に見えない。目に見えるのは、高濃度に練り上げられた魔素――つまり、魔力だ。その魔力が三田の体から霧散していくのは、その肉体が魔力を引き留めている力を失ったからに他ならない。

 三田は、死んだ。

 統魔の星霊せいれいたちが放った無数の矢に貫かれ、第二の心臓たるDEMコアを破壊され、生命活動を停止したのだ。

 全身に漲っていた莫大ばくだいな力は、あっという間に失われ、さらに無数の矢が突き刺さり、針山のような有り様となって落下していく。

 その様を哀れだなどと思うほど、統魔は、感傷的にはなれなかった。同情もしない。

 三田は、確かにユーラによって支配され、操られていた被害者の一人だ。さらにマモンによって連れ去られた以上、抵抗することなどできなかったに違いない。有無を言わさず改造され、DEMコアや幻魔の細胞を埋め込まれたのだ。

 被害者だ。

 だが、しかし、統魔には、彼がその力に酔い痴れ、朝彦あさひこやルナに理不尽なまでの暴力を振るったことをこの目に焼き付けていたし、音も消えてなくなるほどの怒りを感じていたのだ。

 その怒りは、三田の死とともに消えた。

 三田の死体が、トロールの群れの真っ只中に落ちていく。トロールたちは、魔素を持たない死体になどまったく興味がないといわんばかりだ。大半が統魔に到達しようとし、他のトロールの上によじ登っては山のように積み上がっている。

 それは、いい。

 トロールたちが統魔に集中してくれているからこそ、朝彦率いる味泥みどろ中隊は、少数のトロールと戦うことができているのだ。

 全てのトロールが統魔の星神力せいしんりょくを求めて群がってくるのだが、さすがに攻撃されれば反撃に転じ、攻撃してきた相手に怒号とともに向かっていく。

 味泥中隊は、一点に固まることで要塞のような防御陣形を構築していて、一体、また一体とトロールを釣り出しては、集中攻撃を浴びせて撃破していた。

 トロールの数は、目に見えて減っている。

 味泥中隊と統魔、統魔の星霊たち、そして三田の攻撃によって、二百体以上は倒れただろうか。

 それでもまだまだ三百体近くのトロールがいて、暴れ回っている。

 幸いにもトロールは愚鈍ぐどんだ。本能の赴くままに行動するだけであって、そこに思慮しりょはなく、戦術もなにもあったものではない。手当たり次第に破壊しながら、もっとも強大な魔力を持つものに引き寄せられ、そこを狙い撃ちにできるのだから、楽な方だろう。

(とはいえ)

 統魔は、トロールの山に飲み込まれて沈んでいった三田の死体から、味泥小隊へとその視線を向けた。味泥中隊は、トロールを一体ずつ確実に仕留めるという戦術を展開しており、その周囲には、統魔の星霊たちがしっかりと守りを固めている。

 中隊の誰一人として失ってたまるものか、と、統魔は息巻いていたし、そのためにも意識を失うわけにはいかないとも思っていた。

 消耗が、凄まじい。

 星象現界せいしょうげんかいは、戦団魔法技術の最秘奥さいひおう窮極奥義きゅうきょくおうぎといっても過言ではない代物だ。

 誰もが容易たやすく身につけられるものでもなければ、身につけたとして、長時間発動し続けられるものでもない。

 星神力は、膨大な魔素から捻出した魔力を更に凝縮、昇華しょうかすることによって生まれる力だ。莫大な魔力を費やしても、生じる星神力はわずかばかりであり、長時間に渡って星象現界を維持しようとすれば、それだけ全身の魔素という魔素を絞り出さなければならなくなる。

 実際、統魔は、そうしていた。体中から魔素を絞り出すイメージ。そうして捻出ねんしゅつした魔素を瞬時に魔力に練成し、さらに星神力へと昇華し続けている。

 そうし続けることによって、ようやく、星象現界を維持しているのだ。

「三田をたおしたんやな! さすがやで、皆代みなしろくん! 我が弟弟子おとうとでしにして最高傑作や!」

「誰の最高傑作なんですか」

「もちろん、蒼秀そうしゅうはんやがな」

「よかったです」

「なにがや」

「さすがにそこまで厚かましくなかったな、と思いまして」

「……あのなあ、みなみくん。それはないで。いくらおれでも、師匠の顔くらい立てるわいな」

「ですよね」

 統魔は、遠方から聞こえてきた朝彦と南の漫才のようなやり取りに、なんともいえない安心感を覚えた。二人の様子からは悲壮感はない。追い詰められているようには感じられないのだ。

 が、一方で、三田がコード666を発動してからというもの、常に鳴り響いているこの工場全体を押し潰すかのような物音には違和感を抱く。

「これは……なんだ?」

 大地震の真っ只中にいるようだった。

 幻魔製造工場全体が縦に揺れ、横に震え、トロールの巨体が跳ね飛ばされるほどであり、打ち上げられた一体が統魔の眼前まで迫ってきたものだから、光の剣で真っ二つに切り裂いた。

 トロールが断末魔を上げることもできないまま絶命していく中、振動はさらに激しさを増す。

「なんやねん! これ!」

「地震?」

「空白地帯だもの。なにかしらの異変が起きたとしても、おかしくはないわ」

「ううん、そうじゃないの。そうじゃないのよ」

 杖長じょうちょうたちが鳴動に怪訝けげんな顔をする中で、ルナが大きく頭を振って主張した。

「大変だよ! 統魔!」

「ルナ?」

 統魔は、ルナが工場内の各所に視線を巡らせながら叫ぶ様を見ていた。ルナの視線の先には、工場の出入り口があった。複数の出入り口が施設内のどこに繋がっているのかはわからない。

 このダンジョン・大空洞は、未だ全容が解明されていない広大極まりない施設なのだ。それが幻魔の施設であり、幻魔製造工場だということが判明したのは、つい先程だが、しかし、この工場が最奥部とは断言できなかった。

 いくつもある出入り口が、大空洞内の様々な場所に繋がっていることは疑いようもない。

 統魔は、ルナに向かって大声を上げた。

「なにかが来るって言うのか? ルナ」

「来るんだよ! いっぱいいっぱい、来るんだよ!」

 ルナが必死に訴えかけてくる。その真に迫った表情からは、彼女がなにかを感じ取っていることが伝わってくる。彼女のそのような反応は、統魔は、これまで何度も見ている。

 幻魔に遭遇する直前の反応だ。

 しかし、任務中のルナのことをよく知らない朝彦たちには、彼女が突然喚きだしたものだから、怪訝な顔をするしかない。

「そんなん、なんでわかんねん、本荘ほんじょうくん!」

「わかんない!」

「わかんないって……」

「でもさ、ルナっちのそういう予言って、当たるんだよねー」

 香織かおりは、目の前の炎の壁に激突したトロールの巨体を得意の雷魔法でもって吹き飛ばしながら、いった。枝連しれんも、防壁を強化しながらうなずく。

「ああ、当たるな」

「当たるんかい」

 とはいったものの、朝彦は、ルナを疑っていたわけではない。彼女の迫真そのものの言動には、心を動かされるものがある。そもそも、この振動だ。工場を押し潰すかのような激震。なにかが起きているのは、間違いない。

「いっぱいくるって、なにが来るんだい?」

「幻魔だよ! 幻魔が、数え切れないくらいの幻魔が、こっちに向かってる……!」

「はあ!?」

「幻魔……なるほど」

 統魔は、納得しながら、眼下のトロールたちに向かって攻型魔法・撃光雨ブライトレインを放った。星象現界中に放つ魔法は、通常時の魔法とは比較にならないほどの威力を誇る。

 降り注ぐ光は、瀑布ばくふの如くとなり、凄まじい破壊の嵐が統魔の真下に巻き起こっていた。山のように積み上がったトロールたちが、光の瀑布に飲み込まれ、あっという間に肉片になっていったのだ。

 断末魔など、上げる暇もない。

「なにがなるほどやねん。一人で納得せんと、説明せんかい!」

「さっき、三田がいってたんです。本当の地獄を見せてやるとかなんとか。おれは最初、それがコード666のことかと思ったんですが、そうじゃなかった。そのときにこの鳴動は始まったんだ。この鳴動の正体が、あいつのいう地獄だった」

「地獄……地獄ねえ」

「ここは幻魔の製造工場だって話じゃないですか」

「三田がそういっとったわ」

 実際、五百体ものトロールが製造機の中で眠っていた姿を見れば、三田の説明を疑問視する理由はない。彼は真実を語っていて、そこに一切の嘘はなさそうだった。

「製造工場は、この大空洞内の様々な場所にあって、それぞれの工場で多様な幻魔が大量生産されていたとしたら、どうです?」

「……まあ、最悪やな」

「最悪どころじゃないですよ、隊長」

「三田は、この大空洞の全製造工場を解放したんだ。製造機に眠っていた全ての幻魔を覚醒させて、こちらに呼び寄せた。それで、数的優位を作ろうとしていた」

「せやけど、三田は、それまで持たんかった。皆代くんが強すぎて」

「おれには、三田が突然理性を失ったように見えました」

「ん?」

「三田は、コード666といった。コード666は、イクサに搭載されたDEMシステムの最終案全装置を解除するための暗号です。それを使った。マモンに危うくなったら使うようにいわれていたのか、絶対に使うように指示されていたのかはわかりませんが」

「後者やろうな。三田は実験体やろ」

「おれもそう思います。それで、コード666を発動した。コード666は、確かに三田の能力を飛躍的に向上させた。けれども、それはDEMコアの能力を解放する暗号であって、それはつまり――」

「幻魔化やな」

「幻魔細胞に全身を侵蝕された三田は、人間ではいられなくなってしまった。人間らしい理性も知性もなにもかも失って、ただ幻魔のように戦うだけの存在になり果てていた」

「確かに……そんな感じもあったかもな」

「なに落ち着いてるのよ! 二人とも! 来るよ! 来ちゃうんだよ!?」

 ルナが悲痛なまでの叫び声を上げたときだった。

 工場全体を包み込んでいた振動がさらに激しさを増すと、ありとあらゆる出入り口から、大量の幻魔が雪崩なだれ込んできたのだ。


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