第四百九十話 煌めく(六)
黒き異形の姿に変身した三田だが、攻撃手段は、同時発射数の増えた鳴雷だけのようだった。
しかも、鳴雷を放つためには、虚空を蹴る必要がある。予備動作から丸わかりだということもあって、極めて避けやすく、対処も難しくなかった。
速度、威力、精度――いずれもが格段に向上しており、直撃を喰らえばただでは済まないことは、流れ弾を喰らったトロールの巨躯が爆砕したことからもわかるのだが。
貫通力の極めて高い超長距離射程の攻型魔法が鳴雷だが、コード666によって能力の向上した三田の放つ鳴雷は、さらに凄まじい破壊力を得たのだ。
ただし、その破壊力も、当たらなければ意味がない。
統魔は、空中を超高速で飛び回りながら鳴雷を乱射してくる三田に対し、自身もまた、飛び回ることで対応した。
三田の狙いは、統魔だけだったからだ。
統魔は、三田の攻撃を回避することに専念した。それによってどれだけ高威力、超高速の鳴雷であろうと、直撃を喰らうことがなかった。
ただし、攻撃される際の位置や角度、方向については、しっかりと考えなければならない。
地上では、味泥中隊が戦っている。
統魔が避けた結果、鳴雷が味泥中隊に直撃するようなことになっては、目も当てられない。
無論、味泥中隊は、防型魔法を幾重にも張り巡らせていて、トロールの猛攻を耐え凌いでいるし、統魔の星霊たちも支援しているため、仮に流れ弾が飛んでいったとしても、最悪の事態にはならないだろうが。
それにしたって、注意しておくに越したことはない。
「逃げ回るるるだけけけでではははは、おれれれににには、勝てててなななない!」
「とっくにぶっ壊れてるじゃねえかよ!」
統魔は、頭上から降り注いできた鳴雷の雨を躱すと、地上から断末魔の叫び声が上がってくるのを聞いた。トロールが何体か絶命したらしい。
トロールは全て、統魔の魔力質量に引き寄せられている。故に、統魔の遥か眼下には、トロールが山のように積み重なっており、統魔に辿り着こうと必死になっていた。中には、床に散らばった機材の破片などと統魔に向かって投げつけてくるものもいたが、光輪が自動的に守ってくれるため、問題はない。
味泥中隊が戦っているトロールは、中隊側が攻撃を仕掛けたトロールだけだ。幻魔の習性が、ここにきて統魔たちにとって有効的に機能している。
そして、統魔と三田の戦闘は、といえば、三田の一方的な攻撃を耐え凌いでいるように見えるが、実際にはそうではなかった。
統魔は、三田の攻撃を完全に見切っていたのだ。
三田は、確かに大幅に力を引き上げた。
コード666がイクサのそれと同じならば、全身を幻魔細胞によって覆い尽くしているはずだ。彼の全身を包み込む黒く禍々しい装甲は、幻魔の細胞――魔晶体なのだ。まだ人間だった頃よりも圧倒的な力を発揮しているのも道理だろう。
だが、それでも、統魔には届かない。
星象現界を発動した統魔には、三田の行動の全てが緩慢に見えていた。乱射される鳴雷の一つ一つが、強烈な雷光を帯びた魔力体として映っていたし、それらを回避するのに余計な力を必要としなかった。
鳴雷をわずかな動作で避け、流れ弾がトロールを少しでも撃破してくれるのを期待する。実際、何体ものトロールが三田の攻撃によって死んでいるのだ。
とはいえ、いつまでもそのような戦い方をしているわけにはいかない。
星象現界は、発動者への負担が極めて大きいものだという。
統魔は、いま、凄まじいまでの昂揚感に包まれていて、全能感すらも覚えているものだから、自分が力を消耗しているという感覚がなかった。むしろ、力が益々増大していくような感覚があって、その感覚が三田との戦いを長引かせてさえいた。
三田を殺すのは、簡単だ。
しかし、それで終わって良いのか、と、考えてしまう。
三田は、朝彦をいたぶり、ルナをいたぶった。不必要なまでに傷つけ、痛めつけ、嬲り、蹂躙した。朝彦の苦痛に満ちた声、ルナの絶叫が、脳裏を離れない。
怒り。
そう、怒りだ。
この圧倒的な力は、怒りを表現するためにあるのではないか。
統魔は、三田が壊れた咆哮とともに振り下ろした足から発射された無数の鳴雷に対し、軽く右手を掲げて見せた。背後の光輪が前方に展開し、降り注ぐ雷光の雨を軽々と受け止めて見せる。
「こんなものかよ」
吐き捨て、鳴雷を弾き返すと、雷光弾は四方八方に飛び散った。流星のように降り注ぐ雷光弾が山のようなトロールの群れを打ち据え、吹き飛ばし、無数の爆発が起きる。
トロールたちの怒号は、微風のように感じられた。
「おおおおおおおおおおおおっ」
「完全に壊れたか」
統魔は、三田がもはや叫ぶことしかできなくなっていることに気づき、それがなにを意味しているのかを理解した。
彼は、幻魔化した。
マモンによってイクサと同様の機能を埋め込まれたのであれば、彼の体内にはDEMコア、DEMユニットが内蔵されており、DEMシステムが搭載されているはずだ。そして、朝彦に心臓が潰された彼は、DEMコアによって蘇生した。
おそらくそれが、幻魔化の第一段階。
DEMコアには、幻魔の心臓・魔晶核が用いられているという話だった。DEMコアを心臓の代替品として使うということは、幻魔の心臓によって、幻魔として蘇ったということにほかならない。
ただ、その時点では、まだ彼の中の人間性が多分に残っていたのだろう。
本来、人体に幻魔の細胞を取り込むなど、自殺行為にほかならない。
生物として、人間と幻魔は相反する存在だ。
ルナがその存在を疑問視されたのは、彼女の肉体を構成する要素の大半が幻魔と同質のものであり、人間と同じ要素がわずかばかりに有ったからだ。
人間と幻魔が一つの肉体に共存することは、ありえない――とされている。
幻魔成分があまりにも強すぎて、人間成分を殺し尽くしてしまうから、らしい。
それが、いままさに統魔の目の前で起きている現象ではないか。
コード666の発動によって、三田弘道は、DEMシステムの全力を解放した。それがなにを意味するのか、彼が知っていたのか、どうか。
彼に起きた変化は、外見的なものだけではない。全身が大量の幻魔細胞に覆い尽くされ、魔晶体と化したのだ。それは紛れもなく幻魔そのものであり、彼の人間としての意識や自我が失われていくまでに時間はかからなかったのではないか。
今や、三田は、ただの幻魔だ。
それも上位妖級幻魔以上の魔素質量を誇る幻魔だということは、統魔にもはっきりとわかる。
敵ではない、ということも。
だからといって、哀れみはしなかった。
統魔にそのような余裕はない。この全能感をもってしても、三田に同情するような感覚は生まれなかった。そんなものは、持ち合わせていない。
むしろ、怒りこそ、統魔を突き動かす。
三田が、吼えた。またしても虚空を蹴り、鳴雷を放つ。無数の雷光弾が、様々な軌道を描きながら統魔に殺到する。
統魔は、動かない。前方に光輪を展開したまま、全ての雷光弾を受け止めるつもりだった。
すると、三田の全身が眩い雷光を発した。雷身を最大限に発揮することによって速度を底上げしようというのだろう。
全ての鳴雷が光輪によって受け止められると、それを見越したかのように三田の姿が消えた。統魔でも視認できないほどの速度。だが、目に見えずとも、その強大な魔素質量は隠しきれない。
三田が統魔の眼前で右足を振りかぶった状態で、動きを止めていた。
見れば、三田の全身に無数の矢が突き刺さっている。何十本もの白銀の矢と黄金の矢が、三田の体中、あらゆる部位を突き破っていて、右膝の結晶体をも粉砕していた。
統魔の狙い通りに星霊が放った矢だ。
三田の双眸から、光が消えた。
鳴動は、さらに激しさを増した。