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第四百八十九話 煌めく(五)

「なんだい?」

「なにが起きたのかしら?」

皆代みなしろくん! 話し込んでないで、さっさとやったらんかい!」

「隊長がいっても説得力絶無(ぜつむ)です!」

「んなもん、おれが一番よーわかっとるわ!」

 みなみの茶々《ちゃちゃ》入れに精一杯言い返しながらも、朝彦あさひこは、工場全体を震撼しんかんさせるような鳴動に不安を覚えずにはいられなかった。

 この鳴動は、三田さんだが発する魔力によって生じているわけではない。

 このトロール製造工場に強い外圧がかかっていて、それによって建物全体が激しく揺れている、そんな感覚だった。

 そんな状況にあっても、トロールたちは、一心不乱に統魔とうまに向かっていく。

 その隙だらけの背中を狙い撃ちにするのが味泥みどろ中隊の導士たちなのだが、さすがに数が数だ。どれだけ攻撃しても、一向に減る気配がなかった。

 統魔の星象現界せいしょうげんかいによって具現した十二の化身も戦闘に参加し、強烈な星神力せいしんりょくの一撃を叩き込むのだが、それでもトロールの数は圧倒的だ。

 減ってはいる。

 一体一体、着実に絶命ぜつめいし、統魔に押し寄せるトロールの洪水の圧力も弱くなってきている。

 それなのに、異様な不安があった。

 統魔が、空中に浮かび上がる。背後の光輪のおかげなのか、星象現界の能力なのか、統魔は、飛行魔法を常時発動しているのと同じような状態であるらしい。

 三田との距離を詰めながら、右手に握りしめた光の剣を振り上げる。剣閃けんせんが走り、斬撃が虚空こくうを駆け抜ける。が、強烈な雷光が星神力の刃を吹き飛ばした。

 統魔は、空中で反転すると、背後の光輪を前方に展開することで盾とした。三田が発する、今までよりも遥かに強烈な雷光を受け流しながら、その先で起きている変化を認める。

「コード666といったな」

 三田が発したその言葉には、聞き覚えがあった。

「皆代くん! なにやってんねん!」

「隊長が言えたことじゃないです!」

「うっさいわい!」

 朝彦と南が言い合いながらもトロール退治に専念していることは、統魔にも把握はあくできている。二人だけではない。味泥中隊の誰もが、この苦境くきょうを脱するために全力を上げてトロールの殲滅せんめつに全力を注いでいる。

 この統魔の星象現界によって生じた星神力の結界の中で、導士たちが力の限り戦っているのだ。

 だからこそ、統魔は、一刻も早く三田をたおし、状況を好転させなければならなかった。

 三田がいるかいないか、それだけで戦況は大きく変わる。三田の鳴雷なるいかずちは超長距離射程の攻型こうけい魔法であり、強力無比だ。放っておけば、統魔以外の誰もがその攻撃の的になりかねない。

 まずは、三田。

 トロールは、それからでいい。

 そう考えていた矢先、三田が唱えた言葉。

 コード666。

 統魔の記憶の奥底に沈んでいたその言葉は、天輪てんりんスキャンダルにおいて、人型魔導戦術機ひとがたまどうせんじゅつきイクサが変貌を遂げる際に使用されたものだった。イクサがその本性を現すために使用され、鉄の巨人が幻魔そのものの如く変わり果てていく映像は、何度も見ている。

 そして、その言葉を発した三田もまた、イクサ同様に姿形を変貌させていたのだ。

 それによって理解するのは、三田が発した膨大な雷光は、変身を邪魔されないための障壁のようなものだったのだろう、ということだ。

 変身を終えたことによって、雷光が彼自身に収斂しゅうれんし、体内に収まっていった。そして、その異形化した姿が明らかになる。

 全身を漆黒の装甲に覆われた人型の怪物というべきか。目は二つ。赤黒い光を発するだけのそれを目と呼んでいいものかどうか、意見のわかれるところかもしれない。眼球は見当たらず、眼孔がんこうだけがあり、そこから赤黒い光が漏れているのだ。

 赤黒い光は、なにも眼孔のみが発しているわけではない。全身を覆う禍々しい異形の装甲の表面を無数の光線が走っていて、それが赤黒く明滅しているのだ。まるで血管のような光線は、右膝に輝く結晶体から全身の隅々にまで力を行き渡らせるようにして、流れているようだった。

 そこが力の源だといわんばかりに主張している。

(あれがDEMコアか?)

 だとすれば、いくらなんでもわかりやすすぎやしないか、と、統魔はいぶかしむ。だが、三田の能力を考えれば、それもありえる話なのがややこしい。

 三田は、右足に鳴雷を宿していた。

 その鳴雷の力の源がDEMコアなのだとしても、なんら不思議ではない。

「ここれれががが……おれののの力ららら……!」

 呂律ろれつが回っていないのか、それとも、まともに言葉を発することができなくなってしまったのか、変わり果てた三田がえ、全身に雷光を帯びた。間違いなくそれは蒼秀そうしゅうの魔法・雷身らいしんだが、先程までのそれよりも遥かに出力が向上していた。

 三田が、右足を振り、虚空を蹴る。瞬間、強烈な雷光が生じ、轟音とともに統魔に殺到した。鳴雷。それも一発ではない。数発の鳴雷が、一度の動作で発生し、襲いかかってきたのだ。

 統魔は、しかし、回避しようともしなかった。前面に展開した光輪で全ての雷光弾を受け止めて見せると、爆圧をも耐え抜いた。轟音と爆煙だけはどうしようもない。

 だが、視界が悪化してもなんの問題もなかった。

 三田は、明らかに力を増していた。コード666による変身は、三田の能力を大幅に引き上げ、彼自身の魔素質量を何倍にも引き上げたのだ。その結果、爆煙が統魔の視界を覆い隠そうとも、三田の位置が手に取るようにわかったのは、皮肉というべきか。

 統魔の反撃から逃れるべく、上空を超高速で移動していることも、はっきりとわかる。

 いまならば、なんだって理解できる気がしたし、負ける気がしなかった。

 圧倒的な万能感が、統魔の意識を塗り潰している。

 〈星〉をた。

 それは、外に視るものではなかった。自分の内側、心の奥底、魂の深部にこそ瞬くものであり、それを視た瞬間、力が爆発した。

 この星象現界がどういった能力なのかは、わからない。ただ、三種の形式があるという星象現界のいずれの特徴も兼ね備えていることは、なんとはなしに把握できている。だからこそ、三田との戦いに専念できるというものだったし、三田を追いかけるために光輪を背後に戻し、速度を上げた。

 爆煙の中を突っ切ると、遥か上空から鳴雷が雨のように降ってきた。さらに速度を上げることで回避すると、地上に降り注いだ落雷が、統魔の真下に山のように積み上がっていたトロールの群れを打ち据えていった。トロールたちが吼え猛り、怒りを露わにするが、しかし、トロールの敵意が向くのは統魔や味泥小隊である。

 トロールは、三田を敵視していない。

「あいつ、身も心も幻魔になりよったな」

「どういうことです?」

「よくよく考えてみたら、おかしな話やったんや。この工場のトロール全部が、おれらだけに殺到してくるっちゅうんは、理屈にあわん」

「確かにね」

「あの段階で真っ先に狙うのはあいつよね」

「せや」

「なーるほど!」

 香織かおりが力強くうなずきながら、飛びかかってきたトロールの顎に回し蹴りを叩き込んだ。雷光を帯びた打撃が、トロールの強靭な魔晶体を撃ち抜き、顎を吹き飛ばす。そこへ、巨大な炎の拳が追撃を浴びせ、トロールの巨躯を空高く打ち上げた。

「本当にわかっているのか?」

「わかってるよーん、幻魔の習性っしょ」

 香織は、枝連しれんとの連携に満足しつつも、それでも倒れないトロールの生命力にうんざりした。

 トロールの数は、少しずつだが確実に減ってはいる。だが、それでもあまりにも多いのだ。

 統魔の星象現界が香織たちに大きな力を与えてくれているからこそ、対等以上に戦えているし、星霊たちの攻撃や支援があるからこそ、こちらが防戦一方になるようなことはないのだが、それにしたって、と、想わなくはない。

「幻魔が真っ先に襲うんは、基本的には幻魔以外の生物、それも魔素質量の高い、な。っちゅーことは、や。人間の魔法士は、格好の餌っちゅうこっちゃな」

「なのに、あいつはトロールに狙われる気配すらなかった」

「最初から、人間なんかじゃなかったってことね」

「悪魔に魂を売って改造人間に変わり果て、身も心も幻魔に成り果てたあいつと、おれらのために命をなげうってまで戦ってくれる本荘ほんじょうくん。どっちが人間かは、一目瞭然やな」

「まったくもって、同意しますよ。それだけは」

「それだけってなんやねん。かっこうつかんやんけ」

 朝彦は、一言多い腹心に対し苦笑しつつも、本荘ルナが中隊に合流し、トロールを相手に戦っている様を一瞥いちべつした。

 彼女の献身的かつ自己犠牲的な在り様を目の当たりにすれば、誰だってほだされるに違いなかったし、彼女を信用に値すると感じるはずだった。

 朝彦は、いまやルナを心底信用していたし、だからこそ、彼女と三田の対比が凄まじく感じられるのだ。

 人外の怪物でありながら人間として、人類の味方としてあろうとする本荘ルナと、人間に生まれながら悪魔にすがり、人類の敵となった三田弘道(ひろみち)

 朝彦は、激しい空中戦を繰り広げる統魔と三田を見遣りながら、目の前のトロールを一刀の元に切り捨てた。

 鳴動は、続いている。


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