第四百八十八話 煌めく(四)
「蒼雷真流撃!」
香織が放った雷光の奔流は、一心不乱に統魔へと向かっていくトロールの背中に直撃すると、拡散しながらその周囲の幻魔たちをも巻き込み、打ち上げていった。トロールたちが怒号を上げながら雨のように降ってくる様は、異様としか言い様がないが。
「おお!?」
香織は、掲げていた両手を見て、すぐさまその場を飛び離れる。トロールたちが反撃とばかりに製造機の残骸や床の破片を投げつけてきたからだが、しかし、わざわざ避けようとする必要はなかったらしい。
巨大な炎の壁が、香織の前方に展開していた。分厚く高密度の炎の壁は、トロールたちが次々と投擲してきた残骸や破片を弾き返し、あるいは灼き尽くしていった。
枝連の防型魔法だ。
「これは……」
「ね、凄いよね!?」
枝連も自分の身に起きている異変に気づいたらしく、香織は同意を求めながら、律像を練った。
味泥中隊の導士たちが、攻撃を開始したのは、統魔の星象現界によって包囲が解かれ、合流を果たすことができたからだ。
形勢逆転、とは、いかない。
戦力差は全く変わっていないのだ。
相変わらず、圧倒的に幻魔側のほうが上であり、消耗戦を強いられれば、負けるのはこっちのほうだった。
だから、一気呵成に攻め立てるべきだ、と、朝彦は結論づけた。
この状況を利用しない手はなかった。
全てのトロールの注意が統魔に向いている。統魔が圧倒的な魔素質量の塊だからであり、幻魔の本能を強く刺激したからだ。
もはや、トロールたちの目に味泥中隊は映っていない。
映っているのは、統魔だけだ。
ただし、生半可な攻撃では、先程のように反撃を受ける。
どれだけ魔素質量に引っ張られようとも、攻撃してくる相手を無視することはないのだから。
「これが、彼の星象現界ってわけかい」
「だとしたら、とんでもないわね」
緑と英理子は、隊員たちの攻型魔法がトロールに強烈な一撃を与えていく様を認め、また、自分たちの力が充溢していくのも感じていた。
この黄金色の神殿染みた結界の中にいるからだろう。
力が湧き上がってくるような感覚が、導士たちにあった。
そして、その感覚通りの結果が、トロールへの攻撃や防御の形となって現れている。
普段通りの感覚で放った攻型魔法が、想像以上の威力を発揮し、トロールに痛撃を与えているのだ。
通常では考えられないことが起きている。
「星象現界には、三種の形式がある。一つは、空間展開型。星神力で巨大な結界を作る奴やな。伊佐那軍団長の星象現界が空間展開型らしいけど、詳しいことはよくわからん。また、その際展開される結界は、星域とも呼ばれるな」
朝彦は、律像を形成しながら、それに耐えうるだけの力が充ち満ちていくという事実に震えるような気分で、説明を始めた。
「二つ目。武装顕現型。星神力でもって武器や防具を形成する奴や。代表的なんは、蒼秀はんの星象現界・八雷神やな。朱雀院軍団長とか、おれの秘剣・陽炎もこれに当たる。で、これらの武装は、星装と呼ばれとる」
朝彦は、既に精も根も尽き果てた状態に等しかった。星象現界を用いただけでなく、三田の猛攻から命を守るために全力を尽くす必要があったからだ。
「三つ目。化身具象型。星神力でもって分身を生み出す奴やな。いわゆる擬似召喚魔法の究極系というてもええ。その精度、威力、全てにおいて擬似召喚魔法を陵駕してるそれは、星霊とも呼ばれるんや」
だが、いまは星象現界に関する説明をしながら魔力を練成し、律像を形成できるまでに回復していた。この黄金の結界が、朝彦に力を供給してくれているようであり、事実その通りなのだろうという確信を持つ。
香織や南の魔法が一撃必殺に威力となってトロールを蹴散らす様は、本来ならばあり得ない光景だ。
それもこれも、この星象現界が生み出す結界の影響に違いない。
朝彦は、統魔を見遣る。
山のように群がりながら殺到してきたトロールを蹴散らして地面に降り立った統魔は、軽く腕を振っただけで無数の閃光を奔らせ、全周囲のトロールを細切れにした。
星象現界発動中の統魔は、トロール程度では群れを成しても相手にならないといわんばかりだ。
「皆代くんのあれは……なんや?」
「なにって……」
「三形式全部乗せの大盤振る舞いかいな。そんなん、ありなん?」
「わたしに聞かれましても」
「絶望的やな」
「希望ですが」
「いやいや、才能の差がやな」
「そんなの、最初からわかってたことでは?」
「えらい辛辣やなぁ、きみぃ。すねるで」
「すねるなら、まずこの状況を打開してからにしてくださいよ。そうしたら愚痴でもなんでも聞いてあげますから」
「お、言質取ったで」
「はい?」
南は、なんだか嫌な予感がしたが、しかし、こうなってしまった以上は致し方のないことだと諦めた。この戦況を覆すには、星象現界の使い手たちに奮起してもらう以外にはない。その内の一人が、朝彦なのだ。
朝彦が星象現界を使えるほどに回復すれば、この絶望的な状況を打開することは、決して不可能ではあるまい。
南にすらそう想わせるほど、戦況は一変している。
朝彦が、精緻極まる律像を形成しながら、大声を上げる。
「っちゅーこっちゃ、南におれの愚痴を聞かせるために気張れよ、味泥中隊!」
「やだよ、そんな理由で気張るのは」
「そうね。まったく嫌になるわ」
「なんでやねん! そこは乗りよく、やったるでっ! ってとこやろ!」
杖長たちの冷ややかな反応に対し、朝彦が声を張り上げると、香織が拳を振り上げた。
「やったるでー!」
「おう!」
「可愛いのは、皆代小隊だけやな」
「皆、なんだかんだで隊長に鍛えられてますから」
「せやな」
朝彦は、なんの慰めにもならない南の一言に頷きながら、中隊に進軍を命じた。
工場内のトロールは、一点に向かって動いている。五百体ものトロールがひしめき合いながら殺到する様は、どす黒い海流そのもののようであり、莫大な死が押し寄せているようですらあったが、その中心にあって、統魔には余裕すら感じられた。
雑にトロールを薙ぎ払って空間を作ると、ルナを床に下ろした。ルナはいやいやをしたが、仕方なく彼から離れ、上空に飛び上がる。
そこへ、雷撃が飛来した。三田の鳴雷。しかし、ルナには当たらない。統魔が振り翳した手の先に光が閃き、雷光を切り裂いたのだ。真っ二つに避けた雷光弾は、ルナの遥か後方の壁に激突して爆散し、壁材をばら撒いて終わる。
「行けよ」
「うん!」
統魔に強くうなずくと、ルナは全速力でその場を離れた。中隊に合流するためだ。光る花弁を撒き散らしながら急行するルナに対し、またしても三田が鳴雷を放ったが、今度は黄金の矢に貫かれて爆散した。
化身――星霊たちは、結界の構築を終えて、動き出している。
この場に満ちたトロールへの攻撃、中隊への援護、そして、三田への攻撃と、様々に役割分担をしながら、統魔の意思をくみ取った形で参戦しているのだ。
統魔は、唸りを上げて突進してきたトロールと片手で掴み上げると、その重量感たっぷりの巨躯を三田に向かって投げつけた。放物線を描いて飛んでいく幻魔の巨躯は、しかし、空中で軌道を変えた。
三田の鳴雷が弾いたのだ。さらに、三田の全身が雷光を帯びた。
雷身。
「はっ……ははっ、はははははっ!」
三田が、笑った。
笑いながら律像を形成しては霧散させる。
統魔は、軽く跳躍すると、トロールの渦の中から離れ、三田のいる高所に一足飛びに飛び移った。すると、当然のようにトロールの進路も変わる。大量のトロールが洪水の如く押し寄せてくるのだ。
そこへ様々な攻型魔法や補型魔法が叩き込まれ、トロールを一体、また一体と撃破していく。
さらに星霊たちの攻撃も、次第に苛烈さを増していた。
最大五百体いたトロールは、既に百体近くが撃破されていて、このまま殲滅することも不可能ではないのではないかとさえ思えた。
「観念したか」
統魔は、こちらが接近してもなお笑い続ける三田の様子に違和感を覚えた。三田は雷身を使い、全身に雷光を纏っており、その上でさらに魔法を使おうと律像を形成しているのだが、律像は、一向に完成しなかった。
そして、三田が笑うのを止めた。統魔が無意識に作り上げた光の剣で斬りかかると、彼は雷光そのものとなってその場から飛び離れる。
「……いや、失礼。きみたちが勝ち目を見出しているのがおかしくてたまらなかったんだ。きみにもあるだろう。そういうことくらい」
「たとえば、いまのあんたか」
「それはどういう意味かな?」
「あんたが、この状況を打開できる想っているのが滑稽だって、いっているのさ」
「……それこそ、滑稽だな」
三田は、空中で統魔を見下ろしながら、一笑に付した。
「本当の地獄へ、招待しよう。コード、666」
三田の双眸が、赤黒く禍々しい光を発するとともに工場そのものが激しく鳴動した。