第四百八十七話 煌めく(三)
「統魔……」
ルナは、呆気に取られるほかなかく、彼の名を発する以外に反応のしようがなかった。
三田の鳴雷の威力は、ルナほどその身を以て理解しているものはいないだろう。何度となく、その体の様々な場所に叩き込まれ、腕を吹き飛ばされ、足を打ち砕かれ、内臓を灼かれ、頭も破壊された。それでもなお生きているのだから、ルナは、自分が紛れもなく人間ではない化け物だと自認するしかないのだが、しかし、同時にその事実に感謝してもいた。
怪物だからこそ、人外の化け物だからこそ、あの瞬間、統魔たちの役に立てたのだ。
あのわずかばかりの時間、三田の攻撃はルナに集中した。苛烈で執拗な攻撃の数々は、味泥中隊にわずかばかりの時間的猶予を与えたはずだ。
ルナがあのとき飛び出したのは、衝動だが、同時にそのような考えが過ぎらなかったわけではない。
わずかでも時間を稼ぐことができれば、なにかしら状況を打開する方策が思いつくのではないか。朝彦たちならば、歴戦の杖長たちならば、なんとかしてくれるのではないか、と、ルナは、期待した。
ルナは、自分の魔法技量の低さを知っている。自分がいかに皆代小隊の足を引っ張る存在なのかも把握している。
戦団の導士になったばかりのルナにとって、この衛星任務の日々は、自分があまりにも無力だということを思い知る日々でもあった。だからこそ、なんとしてでも強くなろうとしてきたのだが、今回の任務には、間に合わなかった。
敵がトロールだけならば、まだ活躍の目は有ったかもしれない。少なくとも、皆代小隊の一員として、トロール撃破に一役買うくらいの役割は果たせただろう。
だが、三田弘道という改造人間の存在が、それを不可能にしてしまった。
しかも、このダンジョン・大空洞は、実は、トロールの大量生産工場だったらしく、想定以上のトロールが目覚めのときを待ち侘びていたのだ。
無論、三田がおらず、この工場を発見しただけであれば、この五百体に及ぶトロールたちと戦う羽目にはならなかったのだろうが。
ともかく、だ。
ルナは、杖長という軍団でも最高峰の導士たちならば、この苦境を打開する方法を練ってくれるのではないか、と考えたのだ。
そのために自分ができることは、一つだけだ。
囮になること。
人外の怪物である自分ならば、三田の攻撃にだって耐えられるし、それによって多少なりとも時間を稼ぐことだって出来るはずだった。
しかし、時間は、稼げなかった。
統魔が、飛び出してきたからだ。
そして、統魔が星象現界を発動させ、鳴雷を弾き飛ばしたのが、いま、彼女の目の前で起きた出来事だ。
統魔の背後から飛んできた光条が、莫大な光を放ちながら雷光弾を吹き飛ばしたかと想うと、人の形へと収束していった。
「これが統魔の星象現界……なの?」
「そう……なんだろうな」
統魔は、目の前で起きている現象がなんなのかわからないまま、頷く。
統魔が鳴雷を避けなかったのは、避ける必要がないという無意識の判断だった。すると、背後から光条が飛んできて、鳴雷を弾き飛ばした。鳴雷はトロールたちを攻撃し、その怒号がこちらに向けられている。
雲霞の如きトロールの群れは、けたたましい破壊音を鳴り響かせながら、一点へと向かっていた。
つまり、統魔の居場所へ、だ。
その結果、味泥中隊は、トロールの攻撃対象から外れ、中隊として纏まることができているようだった。
「それがどうした!」
三田が叫び、再び鳴雷を放つ。
すると、統魔の光背から別の光条が飛び出してきて、鳴雷を弾き飛ばした。雷光は遥か上方へと飛んでいき、壁に激突すると、地上に破片を降らせた。
光条は、またしても人の形に収斂していき、そのころには、最初の光条が完全に人型になっていた。統魔からはその後ろ姿しか見えないが、神々しい装束を纏い、まばゆい光を帯びたそれは、神話の存在のように神秘的であり、幻想的だ。
三田によって鳴雷が放たれるたびに別の光条が、雷光弾を弾き飛ばし、同時に人型に収斂していく。
やがて、統魔の周囲に十二体もの光の化身が現れたのだ。
それぞれ異なる外見をしていることは、後ろ姿からでもはっきりとわかる。男性形のものもいれば、女性形のものもいる。それぞれが様々な得物を手にしており、異なる形状の光背を負っていた。まさに後光そのもののように。
「これがおれの星象現界……」
統魔は、半ば茫然としながら、十二体の光の化身が動き出す様を見ていた。
化身は、様々な姿形をしている。人間に酷似してはいるが、雄々しい大男もいれば、麗しい美貌の女性もいる。全身を武装した戦士もいれば、優美な衣を纏っただけの美女もいる。いずれもが神々しく、神話の中に迷い込んだかのような錯覚すら抱いた。
しかもそれが自分の星象現界――つまり、魔法によるものだというのだから、統魔が興奮さえも覚えるのは当然だったかもしれない。
十二体の光の化身は、それぞれが独立した意志をもっているかのように空中を飛び回りながら、飛来する鳴雷を尽く撃ち落としていく。
ある化身は雷撃を放ち、ある化身は炎を生み出した。別の化身は金の弓に番えた矢を放ち、別の化身は銀の弓矢を用いた。巨大な剣を振り抜き、剣風でもって鳴雷を弾き返す大男に、三叉の槍から水流を生み出し、雷撃を受け流す大男――様々な化身たちの活躍によって、三田の攻撃は無力化されるだけでなく、数百体のトロールが統魔に意識を集中させていた。
戦況は、一変した。
さらに十二体の化身が三田の攻撃の隙を見て布陣すると、工場内全域に光を放った。眩く神々しい光が四方八方から降り注ぎ、トロールたちが目を瞑り、三田も顔をしかめた。視界が黄金色に染まり、目の前が見えなくなる。
三田は、すぐさまその場を飛び退くことで、統魔とその星象現界の攻撃から逃れようとしたが、そんなことをする必要はなかった。
それは、攻撃ではなかったからだ。
「これは……」
三田は、十二体の光の化身が放った光によって構築された巨大な結界を目の当たりにし、絶句した。複雑極まりない無数の紋様が繋がりあって紡ぎ上げられた光の結界。巨大な黄金の像が立ち並ぶその様は、荘厳なる神殿の如き有り様だった。
そしてそれは、外からの攻撃を防ぐための防型魔法などではない。
内側にいる敵を絶対に逃がさないという、光の檻。
「こんな……こんなものっ!」
三田は、吼え、上空に浮かんだままの統魔に向かって蹴りを放った。虚空を撃つ蹴りは、雷光を帯び、鳴雷を放つ。閃光と轟音。なにかに直撃した証拠。だが、統魔に届くには早すぎる。
見れば、統魔は、ゆっくりと地上に降下している最中だった。眼下には大量のトロールが、涎を垂らしながら待ち受けているかのように、山のように積み重なっている。
どのトロールも統魔を殺したがっていた。統魔を殺し、その膨大な星神力を喰らおうとしているのだ。幻魔の本能が、トロールの全てを突き動かしている。
三田にトロールを制御することはできない。
幻魔を支配するのは、より強力な幻魔だけだ。
「月華乱咲!」
統魔の腕の中で、ルナが魔法を放った。無数の剣閃が奔り、眼下に殺到するトロールの群れ軽々と吹き飛ばす。
「嘘!?」
「どうした?」
「信じらんないんだけど!?」
ルナが統魔の中で愕然としたのは、想像とは全く異なる結果になったからだ。
ルナの放った魔法は、月華烈風よりも広範囲の敵を攻撃する攻型魔法だ。その分、威力は、月華烈風より低くなっているはずなのだが、十体以上ものトロールの巨体が空中高く跳ね飛んでいく様は、その一撃一撃が、月華烈風以上の威力を発揮したことを示していた。
なぜか、力が湧き上がっている。