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第四百八十六話 煌めく(二)

星象現界せいしょうげんかいや」

 朝彦あさひこは、いまにも叫びだしたくなるような興奮を抑え、つとめて冷静につぶやいた。

 黄金色こがねいろに輝く統魔とうまの姿は、神々しいとしか言い様がなく、この場にいる誰もが注目するのも無理からぬことだと想った。

 もっとも、トロールたちが統魔に注目するのは、彼がこの場でもっとも膨大な魔力を内包しているからにほかならない。

 幻魔の習性であり、本能である。

 幻魔は、魔素質量の多寡によって、攻撃対象の優先順位を決める。

 その上で、自分との距離感や攻撃頻度などの様々な条件が絡み合って、攻撃対象を選ぶ生態があるらしい。

 とにかく、幻魔が最初に注目するのは、魔素質量、つまり、魔力の総量である。

 統魔がトロールたちに注目を浴びるのは、星象現界を発動したことによって、その全身に満ちた魔力が星神力せいしんりょくへと昇華しょうかされているからであり、魔素質量がこの場にいる誰とも比較にならないほどに強大だからだ。

 三田さんだ以上に。

 いや、そもそも、三田は、朝彦たちと比べものにならない魔素質量を内包していたはずだが、トロールの攻撃対象にはなっていなかった。

 トロールを制御しているのか、それとも、別の理由があるのか。

 そんなことまで考えている自分に苦笑して、彼は、かぶりを振った。

 いま、意識を向けるべきは、統魔だ。

 魔力を星神力へと昇華したことによって、星象現界の発動へと至った彼は、神々しいまでの光を放っていた。その光は、この広大な工場全体を照らし、この場にいる全てのものの耳目じもくを集めるに至っている。

 誰もが彼に注目し、その姿の変化を見ていた。

 変化。

 統魔は、ただ全身から金色の光を放っていたわけではなかった。その鍛え上げられた肢体を黄金色の光を帯びた幻想的な装束が覆っていたのだ。そして、その背後には、日輪を想起させる光の輪があり、光の輪からは放射状に何本もの光が伸びている。

 まさに太陽のようだった。

 この絶望的な状況を照らす、太陽。

「あれが隊長の星象現界……」

「たいちょ……凄い……」

 枝連しれん香織かおりも、統魔の星象現界の神々しさに見惚みとれるしかなかったし、改めて、惚れ直すような気分だった。

 元より、隊長として、導士として、魔法士として、さらにいえば、人間として、統魔に惚れ込んでいるのが皆代みなしろ小隊の隊員たちだったが、統魔が、この短期間で星象現界の発動に至ったという事実には、心の奥底から震えるような感動を覚えるのだ。

 日夜、朝彦による猛特訓の成果が出た、というべきだ、と、枝連も香織も想うしかなかった。

「さすがは希望の星、超新星といったところだね」

「まさか、こんなに簡単に追い抜かれるなんてね」

 みどり英理子えりこは、統魔の星象現界の輝きに、多少の嫉妬しっとすら覚えるほどだった。

 煌光級こうこうきゅうにまで昇進し、杖長じょうちょうに任命されながらも星象現界を体得していない二人にしてみれば、若くしてその才能を発揮し、戦団の歴史を塗り替える速度で昇進してきた彼が、星象現界までも発現したという事実には、言葉を失うしかない。

 若い才能が伸びていくことそのものは喜ばしいことだったし、この苦境を打破するには、このような事態でも起きなければならないことは理解しているが、それはそれとして、導士としての、魔法士としての自負、自尊心が揺るぎかねない出来事ではあった。

 それでも、統魔がその星象現界を全身に帯び、太陽のように輝く様には、目を奪われるしかないのだ。

 圧倒的だった。

 圧倒的な魔素質量がそこにあり、だからこそ、トロールたちが次々と咆哮ほうこうし、地団駄を踏み、拳を振り上げて、動き出したのだ。

 味泥中隊の包囲が、解かれていく。

 朝彦は、すぐさま中隊に合流するように促しながら、意識は統魔に向けていた。

 統魔は、ルナを抱き抱えた状態で、空中に浮かび、三田弘道(ひろみち)と睨み合ったままだ。

「統魔……?」

 ルナは、統魔の全身が黄金色に輝いていることよりも、自分自身を包み込む光の温かさにこそ、感動を覚えていた。見る見るうちに、ルナの全身の傷という傷が塞がり、失った体の部位も復元していく。

「温かい……統魔の体温みたい」

「変なことをいうんじゃない」

「変なことって?」

「えーと……」

 統魔は、ルナがべったりくっついて離れようとしないどころか、全力甘え状態に移行した事実を認めた。なにか大きなことがあった後は、大抵、香織がそう命名した状態になって、統魔から離れなくなるのだ。

 だが、今回ばかりは仕方がない、と、統魔は想った。あれだけの攻撃を受け続けたのだ。全身、どれだけ破壊されたのか、わかったものではない。人間ならばとっくに死んでいて、原型すら残っていないだろう。消し炭になっているはずだ。

 しかし、ルナは生き残った。

 鳴雷なるいかずちの連打を受けてずたぼろだった彼女の肉体があっという間に回復したことは、彼女の生命力、再生力もあるのだが、統魔の星象現界の影響も大いにあるようだった。

 ルナの全身を黄金色の光が包み込んでいて、それが彼女の肉体の回復を加速させている。

 統魔は、そんな彼女の全身の傷が塞がっていく様を見て、三田に視線を戻した。ルナをあのような目にわせたのは、三田だ。三田の苛烈なまでの攻撃は、人を人とも想わないものであり、理不尽極まりないものだ。

「命令無視なんてするからだ」

「だって、わたしにできることなんて、それしかないんだもん」

 ルナは、統魔の体にしがみつきながら、言い返す。

「わたしは統魔たちのように上手く戦えないもん。だから……」

「だからって……」

「それに、味泥さんを馬鹿にしたのが許せなかったの。あんなに強くて優しくて面白くて、なんでもできる最高の人なのに、あんな奴に馬鹿にされるなんて、考えられないでしょ」

「……そうだな」

 統魔は、ルナの意見に静かに同意した。

 朝彦は、統魔にとって兄弟子に当たる人物だ。麒麟寺蒼秀きりんじそうしゅうに最初に弟子入りした導士であり、年下の蒼秀に弟子入りすることを躊躇ためらわなかった人物でもある。年下であろうとも、導士として格上ならば、魔法士として自分より優秀ならば、学ぶことがあるに違いないと冷静に判断できる人物だったということだ。

 そんな朝彦と本格的に関わりを持つようになったのは、この八月からだ。

 それまでも何度か手解きを受けたり、様々な任務で一緒になったりしたが、ここまで猛特訓を受けたのは、今回の衛星任務が初めてだった。それによって朝彦のひととなりがより深く理解できるようになったし、ルナが彼を好きになったのもよくわかるのだ。

 統魔も、朝彦が嫌いじゃなかった。

 そんな朝彦と、そしてルナを、徹底的に傷つけ、殺そうとした三田を、統魔が許す道理はなかった。

 そもそも三田は、幻魔に魂を売り、人外の怪物と成り果てた存在だ。

「星象現界……戦団魔法技術の最秘奥さいひおう……魔法の極致きょくち……か」

 三田は、統魔に起きた変化を目の当たりにし、多少の驚きこそ覚えたものの、脳内を巡る膨大な情報によって冷静さを取り戻していた。

 皆代統魔の全身が、黄金色に輝き、身に纏っていた導衣に変化が生じている。黄金の衣に日輪の如き光背こうはい。光輪から伸びた十二本の光条は、さながら後光のようだ。

 まさに太陽だ。

 この地獄のような戦場を照らす、太陽。

「だが、そんなものでこの状況が覆せるとでもいうのか?」

 三田は、嘲笑あざわらい、右足でもって虚空こくうを蹴った。瞬間、強烈な雷光が彼の右足に生じ、弾丸となって放たれる。閃光とまさに雷鳴そのもののような轟音が響き渡り、虚空を引き裂いて皆代統魔へと殺到する。

 統魔は、避けようともしない。

「統魔!?」

 ルナが悲鳴を上げるのも無理からぬことだったが、統魔は、彼女を抱えているため、両腕が塞がっていた。もっとも、だから避けなかったのではない。

 避ける必要がなかったのだ。

 いまにも鳴雷が統魔たちに直撃しようとした瞬間、光背から光条が放たれると、鳴雷を弾き飛ばした。雷光弾は、あらぬ方向に飛んでいき、雲霞の如きトロールの群れを吹き飛ばす。

 トロールの怒号が、工場内を激しく揺らした。


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